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デイジー・キルヒベルク

 夕焼けの余韻がまだ残る街路に、アンダイエとストラスは並んで歩き出した。

 保衛委員会からの差し戻しにも対応し終わって、しばしの休息の時間。


「ねえストラス。いつも行っているあのお店、今日はやってるかな?」


「ん、たぶん。魚のグリルが美味い日だったはずだ。……あたしが覚えてるくらいだから、よっぽど印象的だったんだな」


 そう言って、ストラスは少し笑った。その笑みに、ほんの少しだけ翳りがあったのを、アンダイエは気づいていた。


「……でも今のストラスが、わたしは好きだよ」


 その言葉に、ストラスは少しだけ歩調を緩めた。

 目を伏せ、そして再び前を向く。


「ありがとう、アンダイエ。でも、あたしがあたしで居続けるためには、あの日々を忘れないことも必要なんだ。たとえ、苦しくてもな」


「うん……そうだね」


 二人はそのまま、灯りの点り始めた路地を歩き続けた。




 ーーそして、翌朝。


 熱月の風の編集部では、窓から差し込む柔らかな光が、床に影を落としていた。

 ストラスは机に向かい、アンダイエは隣で原稿の確認作業とタイプライターでの入力作業を行っている。


 そこへ、軽快な足音が編集部の廊下に響いた。


「おはようございますー!」


 元気な声とともに、現れたのは法学生の少女、デイジー・キルヒベルクだった。

 フロレアール出身の彼女は、明るくどこか理知的な雰囲気をまとっている。

 今日も教本の入った重そうな鞄を肩に掛けていた。


「おや、デイジー。また来たのか?」


 ストラスが軽く手を挙げる。


「はいっ、ここの空気好きなんです。あと、アンダイエさんの記事も楽しみにしてて!」


 アンダイエは少し驚いたように目を開いたが、すぐに照れたように微笑んだ。


「ありがと……でも、まだまだ見習いだから……」


「そんなことないですよ。先日の女学院での祝典の記事、すごく良かったです! ”虚飾の奥にある人間の真実を記す”って言葉、印象に残ってて」


「……えっ、あれ、読んでたの?」


「ええ。ちゃんと署名をチェックしました。アンダイエ・シュティって名前、もう覚えちゃいましたよ?」


 アンダイエは一瞬、照れ隠しのように目を逸らしながらも、小さく「ありがとう」と呟いた。


 ストラスはそのやり取りを見て、ふっと紅茶を一口。

 その目は穏やかで、どこか嬉しそうでもあった。


「さて、じゃあデイジー。今日も取材に同行するか? ただし、講義には遅れないようにな?」


「はい! それじゃあ、午前中だけ、お供しますっ!」


 朝の光のなかで、三人の影が編集部を抜けてゆく。

 記録と記憶が交差する街ーーテルミドール。

 その日もまた、混乱という風の中でも、静かに物語は刻まれていった。

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