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君が消える記録に、あたしが残す記憶

 この夜は、雨音すらなかった。


 記録室にあたしは泊まり込み、明日の朝を待っていた。明日は彼女の処刑が行われる。

 家に帰る気持ちにもなれず、ただ椅子に座り込む。

 どれだけ眠気が出やすい紅茶を飲んでも、手帳を開いても眠気は出てこなくて、ただ時間が過ぎていくだけ。

 だから、記録室の端に置かれた椅子に腰を下ろして、灯りの揺れを見つめ続けていた。


 そして、深夜零時を少し回った頃だった。


 下の階層にある看守詰所へ、警報が鳴った。


 異常事態。


 あたしは、胸を締め付けられるような直感に動かされて、手帳を放り出して駆けた。



 白壁の独房には、数人の看守と医務係が集まっていた。

 扉が開いており、中では彼女が床に倒れていた。


 手には、割られた食器の破片。


 食事皿の縁。陶器製で今日の夕食に使われたもの。

 着ているのは拘束衣ではないとはいえ、通常は危険を避けるために金属器は使用されないーーだが、それでも。


 彼女はそれを、自らの首筋に当てようとした。

 刃ではない。けれども、十分に鋭かった。

 致命傷には至らなかったが、出血はあった。応急処置で事なきを得たと、医師が告げた。


「ストラス……貴女も来たのね」


 彼女はあたしに気がついて声を出す。


「どうしてこんなバカな事を……」


「……やっぱり、わたくしは器用じゃないのね」


 そう呟いて、彼女は顔を上げた。その瞳は赤く潤んでいたけれども、意識ははっきりとしている。

 あたしは、ゆっくりと彼女に近づき、そっと跪いた。


「……君がいなくなるって記録されても、私は……全部、覚えてる」


 その言葉に、彼女はかすかに微笑んだ。


 彼女は陶器を握りしめていない方の手を開いた。

 その中にはーーあの白い石があった。白くて綺麗なままであり、彼女は凶器として使っていないのは明白。


「持っていて。これだけは、記録じゃないもの」


 差し出されたそれを、あたしは受け取った。

 結局彼女はこの石を一日も持っていなかったが、はっきりと彼女の温もりはあった。


「君の証。君の時間。……たしかに、受け取った」


 彼女の手は、石よりも冷たくなっていた。けれど、震えていなかった。


「……ありがとう。ねえ、ストラス。もしも……わたくしがいなくなったあと……」


 声が細くなる。けれど、確かに彼女は言った。


「……この石が、どこかで誰かの手に渡ったら……そのとき、きっと思い出してくれるよね。わたくしのこと」


 涙は落ちない。

 でも、それが確かに彼女の『最期の言葉』だった。



 この騒動によって、彼女の処刑時刻は大幅に繰り上げられることに。

 錯乱や自殺などで、処刑時刻までにその身体や精神が持たないと判断された場合には、処刑時刻を早める事が出来るとされている。

 そのため、朝の陽が登る前に彼女は”処刑”された。


 あたしはそれを記録した書類を上司に提出したのであった。

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