彼女が居た白壁の庭
彼女とはある事件まで、色々と話し合うような仲であった。
思い出したくない、いや思い出すことは出来ないような事件。それがあたしと彼女を引き裂いた。
事件が起こる前のある日。
この日は珍しく、王宮保衛室の任務が早く終わった。
査問も無かったし、記録の修正も軽微であった。
たまにはこんな静かな日もあるものかと、あたしは記録帳を閉じて、そっと一階の裏庭に出た。
ヴァンデミエールの春は短い。
けれどその分、色彩が濃い。
白い壁に囲まれた王宮の裏庭は、外界の喧噪とは無縁の、小さな楽園だった。
彼女は、そこにいた。
いつも通りのドレスに身を包み、絹の手袋を外して、ベンチに腰をかけていた。
小さな本を腰に広げながら、少しだけ瞳を伏せて、でも声をかけると顔を上げて笑った。
「……やっぱり、来たんだ」
「そっちこそ、いつもここにいるじゃない」
あたしも隣に腰を下ろす。
近づきすぎず、離れすぎず、でもこの距離感が心地よかった。
彼女は花の話をした。
季節のこと、本のこと、今日の紅茶の味のこと。
あたしは仕事の話を少しだけ混ぜた。王宮内のうわさ話や、記録室で起こった小さな出来事。
彼女はそれを目を丸くして聞いては、くすくすと笑った。
「あなたって、ほんと真面目よね」
「そっちこそ、貴族のくせに自由すぎるだろ」
「だって、あなたには笑ってほしいもの」
不意に言われて、言葉が詰まった。
あたしは、彼女に心を許していた。
それは明白。
あの静かな庭で、名前を呼ばずとも、お互いに知っている感覚。
この白壁の内側では、立場も肩書きも関係なかった。
彼女は花びらを一枚手に取って、あたしの指先にそっと乗せた。
それだけで、あたしは何かを誓うと決めた。
彼女を守ると。
あたしはまだ、それが叶ってずっと一緒に居られるって思えた。
ーーだけど、あの誓いは叶わなかった。
あの春の光の中にいた彼女は、もういない。
過去に戻れるんだったら、この事件から彼女を守りたかった。
彼女の名前を今も呼びたかった。
でも、後悔したって戻れない。




