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保衛委員会のトリエステ・スゴンダ

 ニヴォーズ旧市街の北端、かつての修道院を改築した石造りの要塞。

 そこが保衛委員会の建物として使われていた。


 保衛委員会の応接間。

 重厚な扉をくぐった瞬間、あの女の声が聞こえた。


「ようこそ、トリエステ。いえ……”スゴンダ委員”とお呼びするべきかしら?」


 窓辺に立つティラナは、まるで舞台の脚本家のようだった。

 何もかも、最初から計算に入っているような口調。

 私は、嫌いだった。

 でも、否応なく彼女の前に立たされているという事実だけが、現実だった。


「……わたくしを、保衛委員に?」


 問いかけは、確認に過ぎなかった。

 彼女の微笑は、まるで答えそのものだった。


「当然の流れよ。貴女のおかげで、記録保全法は成立できた。それによって”記録保全法”に貴女は立役者として名を刻んだ。貴女の役割はすでに決まっていたのよ」


「……それは”役”であって、”私”じゃない。わたくしは……演じるためだけに、生きているわけじゃない」


 ティラナの笑みは深くなり、ゆっくりと近づいてくる。


「貴女が”舞台を壊した”あの時間軸では、助からなかった。貴女は自分でそう選んだのでしょう? でも今回は違う。今の貴女は”守るために役割を受け入れた”。ならば、舞台の中枢に加わりなさい。それが、アンダイエ・シュティを守る唯一の道よ」


 またもティラナはアンダイエの名前を出してきた。

 拒否できなくなるように。


「……っ、あなた……!」


「拒否してもいいわ。その代わり、彼女は”記録保全法違反”の容疑で拘束される。ほら、最近また”規定されていない記事”を下書きしていたそうじゃない? 王政と記録体制を揺るがすような内容らしいですわよーーまるで、あの”幻の宮廷”みたいなね」


 その言葉に、私は目を見開いた。

 ーー”幻の宮廷”。

 破滅した”かの時間”で、彼女が書いたもの。


 でもそれは、この世界では存在しないはず。

 誰にも記録されず、誰の記憶にも残らないはずなのに……。


「……あなた、まさか……破滅した”あの時間”の事を……」


「ふふ。記録に残らなくとも、”痕”は残るものよ。舞台に生きる者として、時間の歪みは感じ取れる。貴女もそうでしょう? 何度も時を渡った役者なのですもの」


「…………」


 私は、言葉を失った。

 アンダイエが、もしかするとまた舞台に触れようとしている。

 その行為が、彼女自身を焼く火種になると、私はよく知っている。


(”あの記事”は、今この世界には存在しない……でも彼女がそれを書く未来は、また来るかもしれない)


「……彼女には、何もしないで」


「なら、貴女が”加わる”のよ。保衛委員会に。その代わり、彼女には一切手を出さないと約束するわ」


 それは取引だった。

 私の自由と引き替えに、彼女の命を守る。

 ひどく、不公平で、ひどく……彼女らしいやり方。


 ならば私はーー


「……分かったわ。保衛委員会に入るわ、ティラナ。あの子を守る方法ならね」


「賢明な判断ですわ」


「ようこそ、”本当の舞台”へ。貴女の席は、最初から用意されていたのですから」


 ティラナはそう言って、微笑んだ。

 まるで、最初からその答えしかなかったかのように。


 帰宅後の夜、私は書斎で静かに封筒を取り出した。

 あの日、女王に託した詩文の控えーー”鍵”となる言葉。

 でもそれが開かれる日は、まだ遠い。


 私は机の引き出しにそれを戻すと、魔法石に目をやった。

 白く淡い光は、今も私の”役割”を確かに照らしている。


(この世界では、”幻”は記されていない。それでも……記されぬ真実を守るために、私は役を演じ続ける)


「さて……本当の舞台は、ここからよ」


 私は微笑んだ。

 心にわずかな痛みを抱えたまま。




 保衛委員会の建物、現在はニヴォーズに置かれている。かつての王宮保衛室はヴァンデミエールにあったらしいけれど、ニヴォーズへ保衛委員会として正式に設置されることになった。


 その内部へと、私は今、足を踏み入れようとしている。


(この場所に、自分の影が刻まれる日が来るなんて)


 再び見たけれども、建物の正面扉は、まるで古の聖堂の時から変わらないように重く、無言の拒絶のような存在感を放っていた。

 けれど、私は立ち止まらなかった。

 薄く微笑み、仮面を一枚……”トリエステ・スゴンダ”のものをーー心にかける。


「……スゴンダ委員、どうぞこちらへ」


 執務服に身を包んだ若い衛士が、私を『灰の控え室』へと案内した。

 かつては、戒律を破ったりした者などの懲罰聴取用の控え室だったらしいが、今は来客の待機用に使われているとのこと。


 しばらくして、別の扉が静かに開いた。

 そこから通されたのは、地下にある保衛委員会本会議室。


 天井が高く、より重厚な雰囲気を出している場所。地下にあるため光は届かないが、ランプなどで明るさは保たれていた。

 部屋の中央には、弧を描くように置かれた十脚ほどの椅子。

 すでに数名の委員たちが座っており、私が入った瞬間、その視線が一斉に向けられた。


(……ああ、この感じ)


 視られている。

 試されている。

 役割を演じる者としてのーー覚悟を。


 私は、背筋をまっすぐに保ったまま、指定された席へ静かに腰を下ろした。


 すぐ隣、中央よりの席には、ティラナ・アレグリアが居た。

 漆黒に紫が差すドレスをまとい、涼しげな微笑を浮かべながら、彼女は私の方をちらっと見る。


「いらっしゃい、スゴンダ嬢。ようこそ舞台の”外縁”へ」


「光栄ですわ、こうして”内側”の記録に触れられるのは」


 皮肉の応酬のようで、どちらも本気ではない。

 それでも、お互いの胸中にある剣先のような核心には触れている。


 ほどなくして、議長格と思わしき老齢の神官服の男が、開会を告げた。

 彼はサルチャク・テグジュペリという名前らしい。


「これより、保衛委員会会議を開きます。本日より新たに加わる委員、スゴンダ嬢は着席を」


 形式ばった紹介と、軽い拍手。


(この会議室に拍手の音が響くのは、どれほど稀なことなのかしら)


 議題はーー記録保全法の施行にあたっての記録定義と、統制運用の予備規定案。

 私があの時、可決させると決めた法。それを、今度は内側から支える番だ。


 議論が進む。

 私も口を開く。

 ヴァルミュルブール国内で発行される、新聞等の内容に関する議題……許可と不許可のボーダーや表現の指定など。

 検閲や統制が私の目の前で行われている。


(そう。私は”悪役令嬢”としてここにいる。それなら、その視点を徹底的に使いこなしてやる)


 この空間の言葉は、刃にも盾にもなる。

 だからこそ、誤魔化しも欺瞞も通じない。

 ティラナが隣で、少しだけ口元を緩めた。


「……やはり、あなたを入れて正解でしたわ」


 私はその言葉に返さず、ただ静かに視線を前へ戻した。


(ここで私は、”あの子”を守る。私自身を、呉羽を終わらせないために)


 会議が終わって、実務部分において見れば、明日発刊される予定の『葡萄日報』や『ル・プレノワール』、『市場の書』といった新聞の原稿があり、これに表現などが問題ないかを実務担当委員が確認していた。当然アンダイエの『熱月の風』だって例外ではない。

 もし委員会的に問題があれば、不許可にして修正させたり、削除させたりする。

 この法律によって、簡単に新聞の記事は作るのが難しくなった。


(でも大丈夫。これが守る唯一の方法なんだから)


 魔法石は白く光ったままであった。

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