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彼女が書く新聞、私が読む記録

 ヴァンデミエールの王宮。

 白い大理石の広間は、シャンデリアで金色に輝いている。

 初めてだったら、驚いたり見とれてしまうかもしれない。

 でも私は初めてじゃない。


 私はまたここにいた。

 ーースゴンダ家の令嬢、トリエステ・スゴンダとして。


 肘上まである黒のシルクグローブ、腰まで流れる巻き髪。

 唇には紅、視線は鋭く、背筋は一分の隙もない。


(大丈夫……今度は、やれる)


 そう自分に言い聞かせる。


 この舞踏会で、私は”悪役”を演じなければいけない。

 毒を持ち、皮肉を吐き、誇り高き王政派で第二王子と婚約している貴族として、民権派や平民上がりの台頭など、嗤い飛ばさなければいけない。


「……やってやるわよ、誰よりも完璧に」


 ティエール令嬢が現れた。


(ここが……台詞のタイミング)


 彼女は平民上がりの新興令嬢。

 ーー本来なら、手を取りたいような存在。


 でもそれは”花堂呉羽”としての気持ち。

 今の私は……わたくしは違う。


「まあ……お召し物は、貴族風の模倣かしら?」


「いえ、そんな訳では……」


「わたくし、地方の流行には疎くて。今度、本物のドレスの仕立て方を教えてあげますわ」


 ざわめきが起こった。

 王政派の貴族たちが笑い、酒を進ませる。

 わたくしは彼女をさんざん嗤い、傷つける。


「夢見るヒロインなど、劇のヒロインで十分ですわ」


 彼らの”理想の悪役令嬢”として、私は見事に演じきった。


 ミュールズの瞳が一瞬だけ揺れた。


(ごめんね。でも……これが私の役目)


 心の中で謝罪するしか出来なかった。

 こうしないと、世界は動かない。私は生き残れない。


 ダンスが終わり、挨拶が終わり、貴族連合の長老たちから「見事な立ち回り」と声をかけられたとき、わたくしはほんの一瞬だけ笑ったーー演技の笑みを。


 けれど、心の奥に小さく沈むような何かがあった。


(これが……”生き延びる”ってことなの?)



 舞踏会が終わり、カトリーヌが馬車に私を導いたとき、彼女はこう言った。


「お嬢様、本日のお振る舞い、完璧でした」


(……ええ。完璧に、”台本通り”だったわ)


 屋敷に置いた魔法石は白く光っていた。

 おそらく、正規ルート。


 でも、冷たく感じるのは、どうしてだろうーー




 数日後、朝の光がカーテン越しに部屋へ差し込んでいる。

 私は重たいまぶたを開けて、深く息を吐いた。


「……昨日は、無事に終わったのよね」


 鏡台の前に腰をかけ、ふとサイドテーブルに視線を向ける。

 その上には、カトリーヌがそっと置いた朝刊があった。


 白いリボンでまとめられた数部の新聞ーー

 どの新聞も舞踏会の事が書かれている。『葡萄日報』などは、私を『高貴な振る舞い』や『由緒正しき貴族の所作』、『王政派の星』と報じていて、私の行動を正しいと示していた。


(……当然の内容ね。これが”正規ルート”といえるのね)


 けれど、心の奥に、少しだけ鈍い違和感があった。

 私の振る舞いは「賞賛されるべき役割」なのだと頭では理解しているのにーー


(これが、本当に正しかったのかしら?)


 今度は一番下にあった、『熱月の風』を開いた。

 少し違った視点が、この紙面にあった。


『スゴンダ家のトリエステ嬢、新年舞踏会にて”悪役令嬢”としての振る舞いを徹底』


『平民出身の新興令嬢に皮肉な言葉を浴びせる。王政派と貴族連合からは喝采、民権派からは冷笑』


(……これだけ本当に、書かれている)


 そこには、私がミュールズ・ティエール令嬢に向けた皮肉の言葉、周囲の笑い。”王政派の星”と評されるくだりまで、詳細に記されていた。


(あれは……演技だったのに)


 演じただけだった。

 正規ルートをなぞるため、壊れないために。

 でも、こうして文字になってしまうと、まるで”わたくしの本心”のように感じる。


 ふと別の記事を見てみると、大統領の演説に関する市民の反応という記事が。そこに書かれていた署名……”H・Sztyt”。

 この署名を目にした途端、胸の奥がじわりと熱く、そして痛くなった。


(アンダイエ……)


 あの子は確実に、私を”悪役令嬢”として振る舞っているって知っている。

 この新聞社に居るのだから。

 そして軽蔑するだろうか。


「……でも、仕方なかったのよ」


 私は誰に言うまでもなく呟いた。


 けれど、魔法石はーー白く光ったままだった。それは、”間違っていない”という証明。


(だったら……なんで、こんなに苦しいの?)


 部屋の静寂に、新聞の紙の音だけが響いていた。




 その夜、カーテンの隙間から月の光が差し込む。


(私はいつまで、”演じないと”いけないの?)


(いっそ違う道を選べたら、破滅してもよかったのかもーー)


 白く光る石を見つめながら、そんな危うい思いが心の奥に滲んでいた。

『正しいルート。生き残るための振る舞い。書かれた通りの、悪役令嬢』


 それがーーこんなにも冷たいものだったなんて。


「もう自由に振る舞いたい……」


 魔法石は淡いピンクに光った。

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