表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/48

演じきれない、私

「お嬢様、着きました」


 スゴンダ邸に着いたら、私はとても疲れが出てきていた。

 カトリーヌの声にも私はただ頷くだけ。

 馬車を降りて、屋敷の中へ。

 使用人たちが一礼しているけれども、私は無表情で通り過ぎた。

 部屋に戻ってからも、ただベッドで横になるだけ。

 少々疲れが取れても私はどうでも良かった。

 食事の献立も、予定された謁見も、貴族としての公務もーーすべて『自分には関係ない』とばかりに曖昧に返した。


「お嬢様、民権派の新興令嬢からお手紙が。新年舞踏会の事前挨拶かと……」


「……後で返しておいて」


「ですが、お嬢様ーー」


「いいから」


 どうでも良い、そう思いながら。

 石は淡いピンクをしていた。初めてみるけれど、何なのかな。

 大丈夫でしょう。


 そして……新年舞踏会の日。

 私は何も言わないし、誰とも関わらない。

 他の令嬢たちがそれぞれ立ち回る中、私は何も口を開かなかった。ドレスをまとい、ただ微笑みだけを張り付けて。

 誰かに話しかけられても、『ええ』とだけ答えて、その場を去る。

 それだけ。


 だって、私にはわからなかった。

 わからなくなった。

 夢だと思っていたのに、二回も死んで。普通だったら、それで目を覚ますはず。

 なのに”現実”と言わんばかりに、トリエステ・スゴンダであることを強制されている。

 そして、ここがどこかも。なぜ私があのゲームの世界みたくこの屋敷で暮らしているのかも、何もかも分からないまま、物語だけが勝手に進んでいた。

 石は赤く光っている。


 だったら、止まればいい。

 すぐに考えた結論がそれだった。

 私が動かなければ、きっとこの物語も止まるはずだと、そう思った。

 

 でもーー止まったのは私だけだった。


 舞踏会から三日後の夜だった。

 カトリーヌが珍しく私の部屋に来なかった夜。廊下も静かで、屋敷全体が妙に冷えていた。

 赤く光っている石は暖かさを出していない。


 ふと鏡を見てみた。

 そこには、私ではない”わたくし”が映っていた。


「貴女が動かないのなら、物語が進まないじゃない」


 鏡の中の”トリエステ”が、そう言った。

 まるで私を演じる”代役”のように、美しくでも空虚な目で私を見ていた。


「だから、貴女はここで終わるの。ちゃんと役を果たさなかった、貴女のままで」


 怖くて鏡から目を背ける。

 でも気づいた時には、無理矢理拘束されて廊下に引きずり出された。

 召使いも、執事も、誰一人として助けようとはしない。

 ただ静かに、私を引き渡していく。まるで”処理”のように。


「ヴァルミュルブール王宮法に基づき、貴女は貴族としての使命を放棄し、国益に反した」


「そんな法律、知らない……」


 私はフロレアールという街の最高裁判所で裁かれた。弁護してくれる人は居たが形だけで、判決は決まっていた。


 そして首が飛んだ。




 また、目を覚ます。

 あの石が青く光っていて、私はまたヴァンデミエールの屋敷に居る。

 そしてカトリーヌが部屋のドアをノックして言う。


「お嬢様、新年舞踏会の準備をーー」


 石はいつの間にか、淡いピンク色に光っていた。何でこの石はこんなにも色を変えるのだろうか。

 疑問に持ちながらも分からないまま私は、舞踏会へと向かった。


 シャンデリアが放つ金色の光が、天井の鏡に何重にも映っていた。


 まるで、それが”選択”を試す審判の目のように思えてならなかった。

 足元には絹と宝石の海。嗅ぎ慣れた香水と花の香りが渦巻き、仮面舞踏会で、誰もが本音を隠して笑っていた。


 ーーそして、私はその舞台の”悪役”として、立たされているはずだった。


「……ようこそ。お会いできて嬉しいわ、ティエール令嬢」


 平民出身の新興令嬢、ミュールズ・ティエール。

 私は彼女に手を差し出した。自分でも驚くくらい、自然に。


 彼女は私の視線を真正面に受け止めて、そしてわずかに戸惑った。


「あなたが……そのように仰るとは、驚きです」


「昔の私なら、ね。でも今は違うの。あなたの立場も、志も、理解しようと思って」


 私は優しく微笑む。


「……戯れですか?」


「いいえ。本心よ」


 その瞬間、空気が凍った。

 視線が集まって、周りの笑みが消える。

 まるで、舞台が崩れたかのような沈黙が会場全体を覆っていた。


 やがて、背後から年老いた声が突き刺さるように響いた。


「スゴンダ嬢、今の発言、貴族の品位に関わりますが……?」


 私は振り返らずに答えた。


「ただ……私は誤解を解きたかっただけ。正しいとか間違いとかではなく、ただ、歩み寄りたかったのです」


「それが侮辱になるのだ。言葉の重みを知れ」


 冷たい刃のような言葉だった。

 私の手が、ミュールズの手に触れる前に、何かに引き裂かれた。

 彼女は、何も言わなかった。

 ただ黙って視線を伏せ、私に背を向けた。


 その姿に、私の胸の奥がひどく冷たくなっていった。


 舞踏会が終わり、私はカトリーヌの手に引かれて馬車へと乗り込んだ。

 カトリーヌから何も言われなかった。

 誰からもそれ以上問いただされることも、叱責も、哀れみすらなかった。

 ただ、私の手はきつく握られたまま、私の屋敷へと戻った。


 寝室に着いた時、魔法石は赤く光っていた。


「……やっぱり、間違いだったのかしら」


 私はレースの手袋をそっと外して、石を手のひらに乗せる。


「ねえ、”わたくし”だったら、どうしていたと思う?」


 呟くと、誰もいない部屋の空気が少しだけ揺れた気がした。


 あの手を取っても、何も変わらなかった。

 優しさを選んでも救われなかった。

 それでも私は、あれでよかったと思っていた。


 そして、気分を落ち着かせるために机の上に置いてあった水を飲む。


「ぐはっ……」


 少しして、苦しくなって私は口から血を吐いた。

 ドレスが赤く染まり、痛みや苦しさで私が私でなくなるような気分。

 そして、その場に倒れて意識が飛んでいく。





 また、目を覚ます。

 あの石が青く光っていて、私はまたヴァンデミエールの屋敷に居る。

 そしてカトリーヌが部屋のドアをノックして言う。


「お嬢様、新年舞踏会の準備をーー」


 石はいつの間にか、淡いピンク色に光っていた。




 私、今度は動けるのだろうか?

 もしまた沈黙を選べば、また”物語”が私を破滅に導くだろう。

 けれど、動けば私は……”悪役令嬢”として振る舞わなければならない。

 そんな役を全う出来るのか?


 私は……わたくしは、誰なの?

 花堂呉羽? それとも、トリエステ・スゴンダ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ