悪役令嬢からは逃げられない
私、花堂呉羽がこのトリエステ・スゴンダの姿になって、このヴァルミュルブール国に来てから、この運命が決まっていたものだった。
「ま、松明よね……?」
「お姉ちゃん……だよね?」
一緒にこの国に来させられて、私と松明がそれぞれの姿、トリエステとアンダイエ・シュティの姿になっていた。
別人のように思える松明のその姿。でもまだはっきりと、松明って認識出来ていた。
このままどうなるのかという不安があったが、同時に抗いたい思いがあった。
異世界転生のような事に私たちが巻き込まれた。
しかも私が悪役令嬢に。おまけにあのゲームで気になっていた令嬢の姿。松明は別のライトノベルだけれども。
最初夢だと思っていた。あの時、夜中だったから。
前にも見たことがあったし、そんな夢を。
私は気絶して、夢の中で起きているものだと思っていた。
だからこそ、花堂呉羽で居ようとした。
「トリエステお嬢様、こちらに。ここは危険です」
私を呼びかけたあのメイド。
知らない女性。なのにカトリーヌ・ウディネという名前が入ってきた。いや、知らない訳じゃない。
あのゲームに出てくる悪役令嬢のメイドだから……
「ううん、私はトリエステじゃない。私は花堂呉羽」
「お嬢様……?」
メイドが困惑している。
夢だから好きに出来るよね?
そんな思いが、私をトリエステではないと思わせた。
あのトリエステは破滅するから、どうせだったら自由にしたい。
トリエステが存在するっていう事は、ゲームみたいなものだから、滅茶苦茶やってみたい。
私は”正規ルート”を無視してみた。
「ご冗談はおやめください。テルミドールへ外出の最中に居なくなったと思いましたら、こんな危険な裏路地に……」
「カトリーヌ、スクリプト通りに喋っているの?」
「意味が分かりません。そろそろヴァンデミエールに戻らないと」
テルミドールにヴァンデミエール?
世界史の勉強をしすぎたのかしら、それもフランス革命の頃の歴史を。
「戻らないわ。そんな知らない場所か時間になんて」
「お嬢様……」
「そっちこそ、これは夢なんでしょ!?」
完全にこのメイドを言い合っていた。
騒ぎすぎかもしれないけれども、これくらい大丈夫よ。夢なんだし。
「お姉ちゃん……?」
松明が驚いていた。
滅茶苦茶な事でも言っちゃったのかしら。
「あれ?」
ポケットの中で何かが光っている。
開けてみると、石みたいだった。でも赤く光っていて、不気味な感じ。
「……プロスクリプティオですね」
するとメイドは私が分からなくなったかのように、どこかへ。
あっさりと状況が変わっちゃったけれども、大丈夫かな。ううん、大丈夫よね、目覚めたら朝になっているだろうし。
「さあ松明、遊ぼっか」
「……そうだね!」
松明はさっきまでのやりとりに驚いていて、ぽかんとしていたけれどもすぐに私と一緒に歩き出す。
姿が変わっちゃったけれども、大丈夫だよね。
「あれ?」
「どうしたの?」
景色がおかしい。看板の文字が歪んでいる。
人々がすれ違っても、まるで”背景”のように認識していない。
「誰も話しかけてこないね」
「大丈夫よ」
そう、大丈夫。これは夢だから。
私は自分に言い聞かせるように、動いていく。
「止まれ!」
と、誰かが話しかけてきた。
私は止まって、声の方向を見る。
そこには剣先を私たちに向けた、軍隊が。
「あ、あれ?」
「お姉ちゃん……?」
今まで体験したこと無いみたいで、怖さで松明はふるえていた。
「お前たちは共和国のスパイだと判明した! たった今を持って拘束する」
そのまま私たちは捕まってしまう。
何故かすぐ裁判になって、判決は死刑。
どこかのドッキリみたいに、刑がすぐに執行された。
「これは、夢のはず……」
首が飛ぶ前に私はそれだけをつぶやいていた。
私は目を覚ました。
でもベッドの上じゃなくて異世界の石畳の上で。
服はドレスで、手から腕にはレースの手袋が包まれている。
戻っていない、私は本当に異世界へ飛ばされたんだ。
石を見てみると、青く光っている。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ……」
目の前の女性が話しかけてきた。
松明……だよね?
「トリエステお嬢様、こちらに。ここは危険です」
「えっと……カトリーヌ・ウディネね」
またメイド……カトリーヌが話しかけてきた。
もしかして、これは従わないといけないのかな?
さっきは刃向かって、変なことになったし。
「あちらに馬車を回しましたので、行きましょう」
「助かるわ」
「と、とり……お姉ちゃん……?」
「ま、松明……一緒に行きましょ」
「うん!」
私は松明と一緒に、馬車に乗ろうとする。
何故か……松明が言いづらいし、ぼんやりとするけれども。
「お嬢様、いけません。身元の知らない女性と一緒に居るのは」
「大丈夫よ。この人は私の……弟だから」
「お姉ちゃん……!」
途端に石が赤く光った。
何故このタイミングで赤く光るのかな?
「問題ないよね?」
そう言い聞かせたものの、すぐに破滅した。
今度は馬車を降りた途端に、殺された私も……松明も。
知らない人物に。
「またなの……」
「おね……と、トリエステ?」
気がついたら、またあの場所。
石は青く光っていた。
目の前の女性が心配そうに私を見ている。さっきまで見ていたはずなのに、名前が思い出せない。思い出せそうで消えていく。
「あ、貴女はまつあ……あ……アンダイエ・シュティ?」
ぼんやりと名前が浮かんできたけれども、初めて知るような名前。
どこかで聞いたことがあるような?
すると、カトリーヌがやってくる。
同じやりとりをして、行こうする。
「と、とり……お、お姉ちゃん……?」
女性が私を”お姉ちゃん”って言ってきた。
私に妹は……居るよね?
「無礼者。トリエステお嬢様へ何をしようとしているのです」
「で、でも……ぼくのお姉ちゃん……」
「知りませんわ」
狼狽えながら私を呼ぶ。でも、一緒に行って破滅しているから、私は拒絶した。
石は白く光っている。
「えっ……」
「虚言を言って近づこうとするなら、すぐに当局を呼びます」
カトリーヌが彼女を遠ざける。
そして私は、ヴァンデミエールへ。そこで、悪役令嬢としての役割を与えられた。
いや、とっくに与えられていたのが正しいかな。