表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/43

サン・キュロット広場での演説

 白い光が石畳を照らしていた。


 サン・キュロット広場はすでに人で埋め尽くされていた。

 政庁のバルコニーには、紅白の布が垂れ、中央には演説台。

 旗がゆっくりと風に揺れ、広場の南側では衛兵が整列していた。


 アンダイエはストラスと共に、群衆の中腹に立っていた。

 彼女の手にはいつもの手帳。そして、首元には新しく貸与された『報道腕章』がある。

 これもまた、彼女が書き手として”公式に見られている”という証なのだ。


 やがて、広場にざわめきが走る。


 演説台の奥から、ひときわ目を引く紫のドレスの女性が姿を現した。

 ティラナ・アレグリア、仮面のごとき笑みを携えながら、整然と歩を進める。

 その後ろから、黒に金糸の礼装を纏った男。首相のハバドゥール・サヴァルカール。


 ティラナが演説台の前に立ち、やや顎を上げた。


「皆さま……本日は、わたくしの言葉に耳を傾けていただき、感謝申し上げます」


 その声はよく通り、風すらも静まったように感じられた。


「ヴァルミュルブールは、王家の歴史と、民の力によって支えられてきました。そしてその間には、幾つもの記憶が記され、記録され、語り継がれてきたのです」


 アンダイエは無意識に、胸元で手帳を握りしめる。


「ですがーー時に記録は、歪みます。事実を捨て、情念だけが残されたとき、記録は”毒”に変わるのです」


 広場は少しざわついた。

ティラナは一歩、前に出る。


「かつて、王宮の扉の内側にいた者が、その”毒”を筆先に滲ませ、外へ漏らしたことがありました。名を呼ぶことは控えましょう。だが彼女の影は、未だに筆の間に潜み、真実を塗り替えようとしている」


 観衆の一部が、記者席に視線を向けた。


「我々はそれを許しません。真実は、選ばれた記者によって、守られねばなりません。今後、王宮、三権、そして貴族の名に関わる記録においては、適切な審査が必要とされます」


 そして、後方で控えていたハバドゥールが前に出る。

 鋭い眼光を放ちながら、法令文の書かれた巻物を手にして……


「本日付けで、以下の内容を新法令として発布する。本法令は記録保全法とし、王宮・三権・高位貴族に関わる一切の報道・出版・記録行為に関して、事前の登録と審査を義務づける」


 群衆が息を呑むが、徐々にざわめきが強くなってくる。

 一部の記者たちが呟いた。「検閲だ」、「記者狩りだ」と。


「なお法の詳細は準備でき次第、各都市では本日夕方までに、地方においては明日中に各市庁舎にて掲示される。施行は、即時とする」


 ハバドゥールが退くと、ティラナが最後に一言、付け加えた。


「わたくしたちは、記録に囚われません。記すべきものは、記されるべき姿をもって、選ばれるのです。そしてその選ばれた言葉こそが、ヴァルミュルブールの未来を築くのです」


 彼女は笑った。

 その笑みは、仮面としか形容できないほどに冷たく、美しかった。

 演説が終わると、群衆の中に緊張が走った。

 人々は何も言わず、ただその内容を胸に刻むようにして、広場を後にする。


「……記事、どうするつもりだ?」


 ストラスが隣で問う。

 アンダイエはしばらく答えず、ただ手帳を開く。


 最新のページに、今日の日付を記した。


『白紙の掟ーー記録は選ばれた者のものとなり、選ばれぬ記者は沈黙を強いられる』


 日付の下にその一行を書き込んだ。

 彼女の筆先は震えていたが、止まらなかった。


『わたしはまだ、記すことをやめない。記さなければ、何も残らないから』

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ