書き換えられる夜
数日後。
デジタル時計は二十三時を表示している。
まだまだ夏休みなので、夜更かしを叱る大人も今のところは居ない。
だからこそ、呉羽と松明はリビングで遊んでいた。
とはいえ、静寂かと思ったら違っていた。
この日、台風の影響で暴風雨の音が外から聞こえてくる。
それで二人が眠れなかったのもあるのだろう。気を紛らわすために、ゲームを操作していたり、ライトノベルを読んでいたりしていた。
「やっぱりこのルート、トリエステが救われない……」
呉羽は何とかトリエステが救われるルートを探そうとしていた。
でも何度も遊んでいた上、トリエステの事を想ったのか目元には少し涙が。
「このエンディングだと、ヒロインは幸せになるんだけれども、代わりに全てを背負う形で消えるんだよね……」
諦めみたいな気持ちで、エンディングを実況するみたくなっていた
「綺麗なんだよね……」
松明はページをめくりながら呟いた。
このページには一枚だけある、アンダイエの挿絵。前後には数少ないアンダイエが出ているシーン。
「どうしてもアンダイエ・シュティのイラストが頭の中に残っちゃうや」
ただのモブとも言える女性。
それが松明の脳裏に焼き付いていた。
台風が呼んだ偶然なのだろうか、二人はそれぞれの物語に深く沈んでいた。
だが、その『沈み』は現実との接点をふんわりと緩めてしまった。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
すぐ近くで雷が落ちる。光とほぼ同時に音が鳴ったからだ。
その衝撃で二人は驚いてしまう。
「凄いね……」
と、机の上に置いてあった先日呉羽が買った、独特なデザインをしたペンが光り出して音を出す。
まるで紙に記入するかのような音。それは徐々に大きくなる。
「何? この音……」
「ペンが光っているの!?」
そしてペンの発光は辺りを包み込んだ。
二人は当然、その光に包み込まれる。
「何が起きているの!?」
「お、お姉ちゃん……」
とさっきまで手にしていたゲームとライトノベルが浮かび上がる。
しかもゲーム画面と本のページが白く塗りつぶされていく。
「お、お姉ちゃん……なんか体が変……」
その台詞と共に、松明の体に異変が起こり始めた。
松明の声が徐々に高くなっていく。少年の声から落ち着いた女性のようなものに。
背が伸び、腕が長くなって、指も含めてほっそりとしたものに。骨格も変わっていく。
髪の毛が伸びていって、長くなっていく。
胸もいくらか膨らんでいき女性らしさを強調させる。
顔つきまでも変わっていった。
服は子供用のパジャマからローズ色をしたノースリーブのタートルネックと深緑色のブレザー、そしてタイトスカートに。
「ま、松明……それって……」
「お姉ちゃんだって……顔が違って……」
変化は松明だけじゃない、呉羽だって変化していた。
黒髪のボブカットから亜麻色の巻き髪に。
寝間着から豪華なドレスへと形を変えていく。
「ぼ……ぼく……」
「わた……くし……は……」
二人は明らかに書き換えられている。
そう思えたけれども、それを止める術はない。なすがままに変化を受け続けていた。
「私はアンダイエ・シュティ?」
「トリエステ・スゴンダって……わたくしなの?」
やがて二人の変化が終わった辺りで、二人を包んでいた光は弾けて風景を映し出した。
だが二人が立っていた家の中ではなく、全く別の場所であった。