祝典の後
アンダイエとストラスが泊まっている宿。
ストラスは眠りについていたが、アンダイエは少々眠れなかったので、机に向かって手帳を開いていた。
祝宴で騒いだ事を気にしてたからだろう。
けれど、ペンは動かない。手は震え、ページには先ほどの見覚えのない言葉が浮かび上がったままだ。
『演じきることは、救いか、呪いか……』
「記録しなきゃ……記録して、残さなきゃ……でも、あれは……」
トリエステ・スゴンダ。
彼女は、アンダイエが思い出せなくなった人物であり、その人物があこがれていた”舞台”の住人だったはずだ。
だけど今、あの瞳は、まるでどこか別の層に引きずられていくような……そんな風に見えた。
そして、その彼女が自分だけに向けた”あの視線”。
ーー助けて、とは言わなかった。
ーーでも、見ていて、とは言った。
まるで、崩壊の直前で誰かの目が必要だというように。
破滅する運命から逃れられないかのように。
「わたしは……何のためにここにいるの?」
アンダイエは声を出さずにそう呟いた。
そしてペンを持ち直す。
書くべきことがある。記録するしか、彼女にできることはないのだから。
祝典が終わり、ヴァンデミエール女学院も静寂に包まれていく。
スゴンダ邸の一室、トリエステの部屋で窓から街の明かりを見ていたのは、ドレスを脱いで楽な格好になっている、トリエステ。
否、花堂呉羽。
彼女はトリエステ・スゴンダであると認識しているが、花堂呉羽であったのを忘れていなかった。
鏡の前に立ち、鏡に映る自分を見つめ、そっとつぶやく。
「……怒ってた。泣いてた。アンダイエが……」
彼女は鏡に手をかざす。
鏡に映る姿は、悪役令嬢であるトリエステ・スゴンダそのもの。
だがその指先は震えていた。舞踏の時と同じように。
「ねえ……これでよかったのかな、呉羽」
誰に問いかけるでもなく、しかし確かに、”自分の中のもうひとり”へと。
「演じきれば、ちゃんと終われるって、信じてた。でもあの人の目を見たら、私……私、崩れそうだった……」
彼女は鏡から目を背ける。もう、自分の顔を見たくなかった。
だが次の瞬間、机の上にあった白紙の束が、ひとりでにめくれ始める。
そこに、黒いインクがにじむように現れた。
『まだ、終われない。舞台の終演までは』
「……誰の台詞よ、これ」
呟いた声に、誰も応えはしない。




