創立記念式典前夜
一週間後の夜。王都ヴァンデミエールにあるスゴンダ邸の自室で、トリエステはドレッサーの前に座っていた。
カーテン越しには、街の灯が映し出されていた。
長く伸びた巻き髪をゆっくりとかしながら、机上に置かれた一枚の招待状に目を落とす。
『ヴァンデミエール女学院・創立記念式典 主賓席:トリエステ・スゴンダ殿』
トリエステは、明日の式典に対して期待をしながら口元だけで笑っていた。
ーーけれど、瞳の奥はどこか虚ろだった。
(こんな夜が、何度目かしら)
唐突な疑念だった。だが、心のどこかで知っていた。
自分がこの舞台を、何度も”繰り返している”のだという事を。
「……お嬢様? いかがなさいました?」
侍女の声に、トリエステは微笑みを作る。
「いいえ、何でもないわ。少しだけ、夢を見ていたの」
髪をとかした後に、結い上げた鏡の中の自分は、完璧な悪役令嬢だった。
あざけるような角度の睫毛、唇の赤、仕立ての良いワインカラーのドレス。
完璧だった。
だからこそ、息が詰まりそうだった。
(明日、また私は”あの役”を演じるのね)
舞台の中で、演技を崩すことは許されない。
ひとたび逸れれば、”あの瞬間”が訪れる。
それを、身体も記憶も覚えている。
演技をやめた瞬間に、私は破滅に向かう。すぐであれ、遅くであれ。
「……だから、今度こそ最後まで、やりきるわ」
夜の帳が下りきる前に、トリエステはそっと机にある便箋を取った。
筆を走らせる。宛先は記していない。けれど、それが届く相手は知っていた。
『記録者へ。この舞台が終わるまで、どうか見ていて。わたくしが誰かの運命を壊す前に』
便箋を封じ、胸元にしまい込む。
そして、静かに窓辺へ立つ。ヴァンデミエールの夜は、どこまでも静かだった。




