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それは、まだ物語が始まる前の話

 ある夏の日、入道雲がありながらも青空を見せている天気だった。

 エアコンが効いているこの家のリビングに、姉弟二人がくつろいでいた。二人がこうしているのは、夏休みの最中だからだろう。

 どこからどう見ても、平和な日常が進んでいる。

 ソファに腰掛けイヤホンを方耳だけ差し、ゲーム画面にタッチペンをせわしなく動かしている姉、花堂(はなんどう)呉羽(くれは)

 床に寝そべりながら、ライトノベルと思わしき文庫本を読んでいる弟、松明(まつあき)

 テレビはつけておらず、イヤホンから漏れてくるゲームの効果音やページをめくる音だけが聞こえてくる。


「……また処刑かぁ。ヒロインはハッピーエンドだけれども、トリエステは毎回悲惨な終わり方ね」


「どうしたの?」


 姉のつぶやきに対して、弟は気になって問いかけていた。


「ううん、このゲームの話」


「お姉ちゃん、それ好きだね」


 このゲームは少々前に発売されたもの。タイトルは『レヴェランス・デ・グリモワール』。

 ヒロインが魔王や陰謀が渦巻く架空の王国を舞台に、陰謀を解き明かしながら真実と愛を手に入れるゲーム。

 呉羽は当然、ほかのゲームだって遊んでいるが、このゲームだけはずっと触っていた。

 だから、ずっと飽きずに遊んでいるという事といえる。


「そうよ」


 呉羽はまたゲーム画面に視線を集中させる。

 少ししてゲームが一段落した呉羽は、弟が読んでいる本について訊いてみたくなった。


「松明、本当にそのラノベ好きだね」


「まあね」


「ちゃんと読めるの? 漢字とか難しいけれども」


 松明は現在、小学四年生。

 ある程度は学習しているものの、このライトノベルにも読むのが難しい漢字もあるのは事実だ。


「何とかね。ねえ、『返却はお早めに』ってどういう意味だと思う?」


 松明は読んでいた小説、『六回巡礼のエルメロード』の中に出てくるある台詞について尋ねた。


「単純に言えば、図書館の本を返却するような形で、早く返してほしいって言っているけれども……だた、このラノベのアンダイエが言っているんだったら、どうなんだろうね」


「分かるんだ。誰がその台詞を言っているのって」


「もちろんよ。私だって読んでいるんだから。アンタが読んでいない隙にね」


「へぇ~。って、勝手に読まないでよ!」


「でも、松明だって私のゲーム遊んでいるじゃない。セーブデータがバッチリあるし」


 姉弟ともにゲームもライトノベルを手にしていて内容もある程度知っているみたいだ。


「それは……キャラクターが綺麗だから! 色々と話だって面白いし」


「同じ意見よ。そっちのライトノベルだって、表紙や挿絵が可愛いし、登場人物だって魅力的だし」


「そういえば、これとこれ、色々と似ているキャラクターとか居るよ」


 二人が両方を気に入っているのは、似たような理由だかららしい。

 とはいえ、このゲームとライトノベル。発売した会社や作者など、ほぼ全ての部分で違っている。


「確かにね。でも、イラストレーターは同じ方なんだよね」


「本当だ。『春日井亭足柄』っていう人だ」


 とはいえ、ただ一つだけ共通する内容があるという事があった。

 イラストレーターが同一人物なために、キャラクターなどが両方とも似たように描かれている。まるで焼きそばとカップ焼きそばみたいに。

 ネットでもちょっとしたネタになっているとなっていないとか。


「この人の癖なのかな」


「ふうん」


「にしてもその本って、完結していないよね」


「うん。作者さんが続きを書いてくれないから……」


 このライトノベル、未完で最新刊はしばらく発売されていない。

 作者のSNSも最近は更新されておらず、動きすらも分からない状態。

 松明は期待しているけれども、望みが叶う可能性は低いかもしれない。


「まあ、こっちだって悪役令嬢のトリエステが救われるような、リメイクだったり新作を希望しているけれども、さっぱり」


 ゲームに関してはこれで完結しているらしく、リメイクされるとかの動向も皆無。

 考え方によってはライトノベルと同じかもしれない。


「綴られないと物語って消えちゃうのかな。ゲームだってセーブとか記録しないと消えちゃうから……」


「さあ、分からない。でもそこで、ストーリーが止まっているのは確かだけれども」


 呉羽はつぶやくように言った。


「そういえば、松明が頼んでいた新しいペン、さっき買ってきたんだった。部屋に置いているから」


「お姉ちゃん、ありがとう」


「ちょっと面白いデザインだったし、在庫限りで安かったからそれにしたよ」


 この時の何気ない会話。


 関係や記録すらも変わるような出来事が二人を襲う事になるとは、また二人は知るはずも無かった。


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