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最愛なる家族達

 ()()を見つけてくださったあなたへ。


 ()()は、ある人が残した、ある人の人生の物語です。どうか、彼の人生を、彼が残してくれたものを、覚えておいてくださると嬉しいです。


                Sincerely,

                アニカ・デレイニー


 世界中の人に、今が『幸せ』かどうか質問すると、過半数の人が『幸せ』だと言うだろう。


 けど、『幸せ』の理由は皆違う。


 ただ生きているから。

 平和に暮らせているから。

 金に困らないから。

 親友、仕事、自由、宗教、殺人、趣味、恋人、正義、仲間。


 いろんな『幸せ』の形がある。


 僕の場合は、家族だった。


 家族のおかげで知れたことが、たくさんあった。自分の命より、家族の命が大切だった。誰よりも、誰よりも、家族を愛しているつもりだった。


 なのに、僕はもうすぐ死ぬ。家族をこの世界に残したまま、処刑されるのだ。


 だけど、もし、叶うのならば、彼女には普通を生きてほしい。僕なんかがいなくとも、今までの不幸をなかったことにするぐらいの幸福を享受してほしい。


 ただ、それだけを思う。


 どうせ、処刑される運命は変わらないというならば、少しでも僕自身の願いを叶えるために、僕は、この、命を――、家族のために使おう。


 ……さて、前置きが長くなってしまったね。あなたとは関係の無い人生の物語だけど、もしかしたら、あなたの心を揺さぶることができるかもしれない。


 だから、最後まで読んでほしい。どうか、あなたの心の片隅に残りますように。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 

 

 僕は、恵まれているのだと思う。


 貧民街で、スズメの涙ほどもない賃金で働いていたとしても、僕には命があるのだから。


 この街では命があるだけでも恵まれているのだ。ましてや、家や食事に困っていない僕達のような人は中々いないだろう。


 ――僕は、仕事で稼いだ金が入った袋を持ちながら、軽やかな足取りで家に向かっていた。


 仕事で大変な生活だとしても、道の両端に溢れかえるように寝転んでいるホームレス達よりかはマシだろう。


 そうなると、僕達を拾ってくれたママには感謝しなきゃな。――そんな事を考えていると、前から茶髪の男が歩いてきていることに気づいた。


「よう、シッド! 仕事帰りか?」


 そう言ったのは、僕の唯一の親友であり、家族でもあるクラウスだ。


 ママによると、クラウスと僕は同じ場所に捨てられていて、年齢と名前が書かれた紙も、その場に置かれていたらしい。ちなみに、僕のほうが一つ年下だ。


「ああ、そうだよ」


 この生活の中でクラウスと話しているときだけが幸せだった。彼がいなかったら、僕の人生は全然違うものになっていただろう。


「そういえばよ、時給上げてもらえそうだぜ!」


「ほんとうか? すごいじゃないか!」


 クラウスの真面目な働きぶりが評価されたに違いない。彼の喜びは、僕の喜びでもあった。


「これでママに喜んでもらえるな」


「う……うん、そうだね」


 僕はこのことにあまり納得がいっていなかった。


 当然、僕らを育ててくれているママには感謝している。しかし、収入全てを家に納めるというのは少し嫌だった。お金がなければ、クラウスと遊びに行けもしない。


 そう思っていたが、口には出さなかった。クラウスの笑顔を曇らせるほうが百倍嫌だ。


「「ただいま! ママ!」」


 勢い良くドアを開けると、シチューの良い香りがただよってくる。


 今夜はきっとご馳走だ。なんたって今日は、クラウスの十六歳の誕生日だからね。


「ママー、暖炉使ってもいい?」


「いいわよ。それなら薪をとってきてちょうだいな」


 僕は勢い良く飛び出し、小屋へと走る。冷たい風が頬をかすめるが、なぜか寒さは感じなかった。


 大きな高揚感が冷気を防いでいるようだ。恐らく、これからサプライズを実行する興奮で、それらが溢れんばかりに増幅しているのだろう。

 

 小屋に着くと、薪の下からそろりと赤いマフラーを取りだす。


 これは、彼にあげようとコツコツ収入を誤魔化して貯めたお金で買ったものだ。この温かい赤色は、きっとクラウスに似合うだろう。


 ああ、早くクラウスの喜ぶ顔が見たい。ただただ幸せだ。幸せという液体に脳を浸すことができたら、きっと、こんな気分になるのだ。


 ――この時の僕は、あんな未来が待ち受けてるとは知らなかった。もし未来を知ることができたならば、マフラーなど放り捨てて、家に向かって駆け出していただろう。



読んでいただきありがとうございます!

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