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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

頑固親父の正体

 ーーお父さんが癌かもしれない。ーー


 9月のはじめ、母から連絡があった。


「シャワーを浴びただけで息切れがする」と言い出した父が、かかりつけの医院でレントゲンを撮ったところ……肺が真っ白だったという。胸水が溜まっていたのだ。


 水を抜いて再度撮ったレントゲンで肺に小さな塊が見つかり、別の病院に緊急入院して検査をしていったところ、やはり癌だった。それもステージ4。


 数ヶ月前に実家に帰った時、父はまだ元気だった。


 だが入院初日に見た、車椅子に乗ってうなだれた姿は別人のように衰えて見え、その落差にショックを受けなかったといえば嘘になる。


 息をしているだけでしんどそうだった。


 ただ僕は以前から、もしかしたら父は「ずっとしんどかったんじゃないか」と感じていた。


 それは体調のことだけではない。


 父が「父」でいること自体が、だ。




 ウチの父はいわゆる「頑固親父」で気難しく、自分の意見をなかなか曲げない。「こうしたらどう?」みたいに、他人に何か言われることも嫌う。


 簡単には相手を認めないタイプで、褒められた経験もほとんどない。ぱっと思いつくのは、ちO毛が生えた時に「立派になった」と言われたことくらいだろうか。


 そもそも僕に興味がないんじゃないか?とずっと思っていた。


 仕事から帰ればずっとテレビを見て、休日はパチンコばかり。笑顔を向けられた記憶や一緒に遊んだ思い出もほとんどないからだ。


 褒められない代わりに怒られることは多々あったし、友達がいる前で殴られたりもした。


 なので正直言って父のことはあまり好きではない。子供みたいで申し訳ないが。


 ただ、父への見方は自分が歳を重ねるにつれ、少しずつ変わっていった。


 こちらが大人になり、親というより「一人の人間」として見れるようになると、なんだか父が自分と同じタイプに思えてきたのだ。


 具体的に言うと「不器用で繊細で、他者と関わることが苦手な人間」。


 僕は以前エッセイに書いたように「早生まれ」なせいもあって、子供の頃から何をするにも周囲についていくのがやっとだった。


 誰かとコミュニケーションを取るのも正直苦手、というか、自分のどんくささのせいで相手に迷惑をかけてしまうんじゃないかと思ってしまう。


 そんな自分にコンプレックスを抱くこと、今でもよくある。


 思い返せば父も、色々とミスなりおっちょこちょいをやらかす。人付き合いも極力避ける。「自分と似てるな」と感じることがすごく多いのだ。ちなみに父も早生まれだったりする。


 すると父にとって「結婚」だったり「父親」だったりというのは、実は大変な重荷だったのではないだろうか。


 家族という、自分以外の誰かの人生を背負うこと。家族を養うために一日中仕事で心身をすり減らすこと。


 養うだけじゃなく、家族とコミュニケーションをとること。遊びに連れていったりすること。職場、近隣、親戚との人付き合い。


 こういうのが本当はしんどかったり、思うようにいかないことばかりで、普通に過ごしているように見えても内心は、いっぱいいっぱいだったんじゃないかと。


 となると、テレビばかりパチンコばかりだったのは単純に仕事で疲れてたのかもだし、人(家族も含む)と関わることに疲れて、一人になりたかったのかもしれない。


 笑顔を向けてくれなかったのは、息子にどう接していいかわからなかったのかも。


 そう気付くまで、父が頑固なのは「偉そうだから」「プライドが高いから」だと思っていた。


 だが本当は……上手くいかないことばかりの毎日に疲れ、苛立ち、すり減った心をなんとか壊れないようにと耐えながら必死に生きる、不器用で繊細な人間。


 それが、頑固親父の正体だったのではないだろうか。


 自分の意見を曲げないのも、他人に何か言われるのを嫌うのも……素直に聞き入れられるほど心に余裕もなく、柔軟に対応できるほど器用でもないから、なのかもしれない。


 もしかしたら父は、本当は結婚せず一人で気楽にのんびりと暮らしたかったのでは?、なんて思うこともあった。


 だが父は「父」でいることを投げ出さないでくれた。


 そこにはやはり、感謝と労いの念が湧く。


 なぜなら、頑固でつまんなくて面倒くさいけど、正直好きではないけれど……クソ真面目に働いてくれて、経済的に家庭が崩壊することもなかったからだ。


 父は父なりの精一杯で、父でいてくれた。


 だからこそ、今の僕がいるのだから。




 来週からは抗がん剤治療が始まる。


 癌と聞いた時は「もう死にたい」と落ち込みきっていた父も、今では現状を受け入れ、治療に前向きになっている。


 決して楽な道のりではないし、上手くいく保証もない。副作用に耐えられないかもしれない。


 それでも、生きることに前向きになっている父の気持ちを、自分は信じたい。


 治療が上手くいったら……定年退職してからは読書が趣味になったが、いっそ、自分で書いてみたらどうだろう。


 もしかしたら何か、面白いものができるかもしれない。


 まっさらなノートとペンを差し入れできる日を、楽しみにしている。



 だからさ、親父、逝くにはまだ早いよ。



 生きたい、死にたくないってことには思う存分、頑固になっていいからさ。

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― 新着の感想 ―
私も父のことを好きではありません。 今でもそうです。頑固で融通の利かない、話を聞いてくれない、私を見てくれていない。 何度か打たれたこともありました。 それでも私にどう接していいのか分からなかったのか…
笑顔を向けてくれなかったのは、息子にどう接していいかわからなかったのかも。 ↕ これ、解る。子供を猫っ可愛がりして良いものか、育てるってなんだ?自分はどうだったか、どんな影響を受けたか、それなら、どう…
今では抗がん剤も進歩していて、ステージ4からでも完治されたケースはありますので、お父様も治療によって完治することを願っています。 私自身、あと一つでも悪い要素があればステージ4になっていたと医師に言…
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