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62.変わったところ、変わらないところ

「──」


彼は、息を飲んだようだった。

だから私は、彼の手を取って、自分の頬に押し付ける。


「ずっと──ずっと、後悔していたの。あなたを……巻き込んでしまったんじゃないかって。私のせいで」


「そんなこと……!俺は……。俺が、あの時きみを守れなかったから。……だから」


私は首を横に振る。

六歳の子供が、どうやって十歳の少女を守ろうと言うのだ。


「私が……あの日、城を出なければ、彼らに襲われることもなかった。あなたは巻き込まれたのよ」


「違う!……違うよ。シドローネ」


彼が泣きそうな声を出しながら、私を抱きしめる。

そっと、手が背中に回されて、彼は私の首筋に顔を埋めた。

彼の手は震えている。その、息も。


「俺が……きみを守れなかったから、だから」


「あの時、あなたは六歳だったわ」


「それでも……。俺が、守りたかったんだ。俺はあの時から、きみが……。きみを、好きだったから。俺の初恋は、きみなんだ……。シドローネ」


まるでそれが、懇願のように見えて。

希い、許しを乞うように見えて、私はそっと、彼の髪に触れた。

子供の頃も、彼の髪はふわふわとしていた。

昔、彼は、私に撫でられると不服そうな顔をした。

きっと、子供扱いされていると思ったのだろう。

私もまた、あの頃はお父様に頭を撫でられるのが嫌だったな、とふと思い出す。


私は彼の髪をゆっくりと撫でた。

赤い髪を。どこまでも真っ赤な髪は、夕暮れのようでいて、燃える火のようだった。


「……全然、そうには見えなかったわ」


過去の彼を思い出すが、どうにも言う言葉は辛辣で、とても私に好意を抱いてるようには見えなかった。そう思って言うと、彼がなおも私の首筋に顔を埋めたまま、言う。


「恥ずかしかったんだ、俺は……」


「照れ屋なのかしら、とは思ったけど……」


「うん……」


彼は素直に頷いた。

昔の彼とは大違いだ。

別人のように素直になってしまった彼に、私は吹き出してしまった。

そのままくすくす肩を震わせて笑っていると、ヴェリュアンが顔を上げる。

やはり恥ずかしいものは恥ずかしいようで、その目尻は赤く染っていた。


「……なに」


「だ、だってあなた……。昔はもっとぶっきらぼうだったっていうか……辛辣で。私は、生意気な子供ね、って思ってたのよ。ずっと」


「な……」


私の素直な感想に、今度こそヴェリュアンは絶句したようだった。

私はなおもくすくす笑いながら、彼の髪を撫でる。長い、緋色の髪を。


「でも、優しいひとだって分かってた。……だから私、結婚するならあなたがいいって思ったんだもの」


「──」


また、ヴェリュアンが顔を伏せる。

やはり、恥ずかしがり屋なところは健在だ。

過去の彼と変わらないところを見つけて、また、私は笑った。


彼が部屋に持ってきた花束は、花瓶に挿すつもりだったらしい。

色とりどりの花は、リラントならではだ。

この辺りにはたくさん、花が咲いている。

リラントは草原だけでなく、花畑も数多くある。


彼はダクス山の方に向かい、手ずから花を摘んでくれたようだった。

私が目を覚ました時に、少しでも気分が華やげば、と彼は考えてくれたのだ。

それに、彼の気遣いを感じた。

優しいひとだ。今も、昔も、変わらず。





記憶が戻ったことをお母様に話すと、お母様は喜んでお祝いしてくれた。ハンナやアンナも同様に喜んでくれて、その日の晩餐はいつもより豪華なものだった。

まるで結婚式のパーティ料理のようなそれに、私と彼は顔を合わせて苦笑した。


翌日、私たちはそのまま邸宅に戻った。

公爵家の現当主はお父様なので、私はもう本邸には住んでいない。

結婚した私たちは、公爵家が所有する別邸に移り住んでいる。

同じ王都なので、本邸まで目と鼻の先だが。

馬車を走らせればすぐに着く距離だ。


邸宅に戻ると、私は大きく伸びをした。

やはり、馬車旅は疲れる。

疲労のため息を吐いていると、彼が私の隣に座った。

記憶を取り戻す前は、彼が近くに来る度に、その距離にどきどきしていたものだが、今は、その近い距離が嬉しい。

そばにいることが当たり前のような、それが当然のような。

そんな関係が、嬉しいのだ。

だって、十一年前から──私は、彼とこういう関係になりたかった。

私は、彼の肩にもたれながら部屋を見た。


「……昔のあなたはとってもぶっきらぼうだったのに」


「…………まだ言ってる」


「ねえ、どうして今はそんなに優しいの?」


ぱっと顔を上げて彼を見ると、彼は怯んだ顔をした。これは、既に気恥しさを感じている顔だ。

私は彼をじっと見つめた。

やがて、視線を逸らしたのは、ヴェリュアンだった。


「……あの時、ちゃんときみに気持ちを伝えておけばよかったと思った。ずっと、後悔してた」


「だから?」


「ん?」


「だから今……すごく優しいの?あなた……簡単に好き、とかそういう……ことを言うじゃない」


それを言うのは、私も気恥ずかしくなってしまって、同じように視線を逸らす。

そうすると、彼に腰を抱かれて、距離が縮まった。目尻に口付けが落とされる。


「……別に、簡単、じゃない」


途切れ途切れに言う彼は、やはり気恥しさを感じているのだろう。

それは、十一年前と変わらないようだ。


ただ、彼は、恥ずかしいと思いながらも、言葉にしてくれるようになったのだ。

それが分かって、また私はくすくす笑う。そんな私に、彼が抗議するように私を見た。


「きみだって、昔はすごいお転婆だったのに今は大人しいじゃないか。だから俺は……気付かなかったんだ」


「さすがに、二十を超えた貴族の娘が十歳のまま変わらないのはまずいと思うわ。それに私、あなたの前ではあんなだったけど、社交界ではそれなりにしていたのよ。取り繕うのは上手なの」


「俺も、根は変わってないよ。正直、そういうことを言う時は歯が浮きそうになるし、くすぐったくもなる。……それでも、伝えておかないとまた……」


「私がいなくなりそうだ、って?」


「そうなったら嫌だから、言葉を選んでられないんだよ」


彼が怒ったように言って、私の額に口付けた。

私もお返しのように、彼の手を取って、指先に口付けを送る。

そのまま軽いふれ合いを続けていた私たちは、互いに視線が絡むと──自然な流れで、口付けを交わした。

触れるだけの、優しい口付けだった。

ただ、それだけのことなのに、頭が痺れるほどに気持ちがいい。

胸がふわふわとして、幸せや気持ちになった。

私はまた、笑いながら彼の胸に擦り寄った。


「ご機嫌だね。何で?」


「そんなの、決まってるでしょ。……あなたとキスしたから」


彼の体が、ほんの僅かに強ばる。

だけどすぐに力が抜けて、彼が諦めたように言った。


「きみには、敵わないね」



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