5.従兄弟と公爵令嬢
婚約期間は、一年が設けられた。
貴族の結婚なら、もう少し長く定められるものなのだが、私が二十歳であることを鑑みて、短縮されたのだ。
婚約期間中、彼とはほとんど顔を合わせなかった。
というのも、結婚式の段取りや、招待客のリスト化といった打ち合わせのほとんどは、書類のやり取りで完結してしまうからだ。
それも、私が取りまとめて彼に送り、彼に確認してもらうという形を取っている。
聖竜騎士爵を叙爵されたばかりの彼は、まだまだ貴族の慣習やしきたりといったものに慣れていないだろう。
であれば、慣れている私が対応するのが良いと考えたのだ。
とはいえ、婚約者でありながら全く顔を合わせないのも不要な誤解を呼んでしまう。
そのため、定期的に顔を合わせる時間を作るようにはしていた。
騎士として働く多忙な彼を公爵家に呼びつけるのは、気が引けたので、ほとんどは私が彼に会いにいく形だ。
王城に足を運び、空軍騎士の訓練場に顔を出すことで、私たちの仲の良さをアピールすることも出来る。
人目は、多ければ多いほどいい。
最後に彼と顔を合わせたのは、冬の始まりの日だった。
今は、雪溶けを迎えた春。
今回は少し、間隔が開いてしまった。
結婚式の段取りや、ドレスの相談、招待客の席順などを考えていれば日々はあっという間に過ぎていった。
アンナに言われて初めて、前回会ってからかなり時間が経ってしまったことに気がついたのだ。
当然だが、ヴェリュアンからは何の便りもない。
彼は、私との接触を必要最低限に抑えようとしているのだろう。
おそらく、彼の想い人に要らない心配をかけないように。
(でも、ずっと会わないでいたらそれはそれで社交界の評判に関わるし……)
彼の想い人には申し訳ないが、ヴェリュアンにも【これはこれ】と割り切ってもらうほかない。
シェフが用意してくれたバスケットを手に持ちながら、長い回廊を歩く。
ここを真っ直ぐ行けば、空軍騎士団の事務室がある。
そこで、ヴェリュアンの居場所を聞けばいい。
彼は今日一日、王城にいると聞いている。
事前に彼から聞いているので、間違いない。
回廊を歩いていると、ちょうど、事務室から出てきたひとと目が合った。
短い白髪に、紫紺の瞳。
白の軍服を身にまとった彼は、私を見るとニッと笑って片手を上げた。
「よっ、シドローネ。あいつに会いに来たのか?」
すたすたと長い足で私の前まで歩いてきたのは、王太子のルザーだった。
彼は、私の従兄弟でもある。
私はバスケットがあるため淑女の礼が取れなかったので、目礼をするに留めた。
「ごきげんよう、王太子殿下」
「硬いなぁ。ここは公の場でもないんだし、昔みたいにルザーでいいんだよ」
「生憎、昔の記憶は持ち合わせておりません」
「またそういう可愛くないこと言う。全くお前は。いつからそんなくそ真面目な令嬢になっちゃったんだ。せっかく可愛い顔をしているのに、もったいないやつ」
「殿下。ヴィネハス卿がどちらにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
「はい無視ー。ほんと付き合い悪いんだから。ヴェリュアンね。あいつなら、ついさっき竜舎に向かったよ。自分の竜にでも会いに行ってんじゃない?」
「……そうですか」
彼の操る竜は、白竜。
竜の中でももっとも気位が高く、気難しいと聞いている。
彼はその竜に選ばれたのだ。
「ありがとうございます。そちらに向かいますね」
そのままくるりと踵を返すと、ずいっとルザーが私の前に割り込んだ。
「……何でしょうか?」
この従兄弟は、なにかと私に絡んでくる。
昔は、仲が良かったようだけど、今の私はそれを覚えていない。
私の知る【ルザー】というひとは、他人をからかうのが好きで、少し鬱陶しい、面倒な人間、という印象だ。
それでも相手が王太子であることには変わりないので、直接伝えることはしないが。
だけど、顔に出ていたのだろう。
ルザーは悪戯好きな猫のように目を細めて私を見た。
「あ、今、鬱陶しいって思ったでしょ。シドローネは、表情はあんまり変わらないけど、その代わり目が雄弁だよねぇ。そこは昔から変わんない」
「……殿下はこのような場所で何をされているのですか?この時間はまだご政務中かと思いますが。宰相が探しているのでは?」
宰相という言葉に、あからさまに彼は顔を顰めた。
「あー。宰相、宰相ね。確かにそろそろ戻んないと面倒なことになりそうだし……。ま、それはいいとして。お前さ、いつまでヴェリュアンのことラストネームで呼んでんの?あいつもいずれ、シャロン公爵って呼ばれるようになるんだろ。それに何より、自分の夫をラストネームで!おまけに、役職付きで呼ぶとか……。なんだかさぁ、夫婦ってより、仕事相手って感じがするんだよね」
「…………」
やはり、ルザーは鋭い。
私たちの関係をあっさり見抜いてしまった。
沈黙していると、彼が瞳を細めてニヤリと笑った。
「おっと、あながち間違いでもないかな?ま、どちらにせよ夫婦になるんならファーストネームで呼ぶべきだろ。要らん奴らに要らん噂を流されるぞ。これは、従兄弟からの忠告」
茶化したように言いつつも、しっかりと助言してくるあたり、ルザーなりに案じてくれているのだろう。
私はため息を吐いて頷いた。
「ありがとうございます。ヴィネハス卿──彼のことは、助言いただいたとおり、今後はファーストネームで呼ぶことにします」
「うんうん、そうしな」
満足そうに頷く彼を横目に、私は今度こそ竜舎へと足を向けた。