45.約束のリボン
二十一の誕生日、当日。
私は竜舎へと呼ばれた。
ここに来るのは、二度目だ。
彼と会うのも、別邸に向かった時以来。
私は扉の前で深呼吸を繰り返して、呼吸を整えると、よし、と勇気を出して扉をノックした。
こんこんこん、と扉を叩くとすぐに応えがあった。
「いらっしゃい。入って」
彼から返事をもらい、扉を開いて中に足を踏み入れる。
中に入って──私は目を丸くした。
センターテーブルには、料理がたくさん並んでいて、グラスもあった。
鳥の丸焼きに、分厚いステーキ、コーンポタージュ、魚型のパイ包み、ほうれん草とベーコンのキッシュ……。
豪勢な料理がたくさんあるが、もしかしてヴェリュアンは今から食事を摂るところだったのだろうか。そうであるなら、邪魔をしてしまった。
私がそう思って顔を上げると、彼が優しく笑った。
「お昼はまだ食べてないよね?良かったら、シドローネもどうかな」
私はその言葉にふたたび瞬いた。
この料理の品々は、もしかして私のために用意してくれたものなのだろうか。
「二十一の誕生日、おめでとう。きみの好きそうなものを用意したんだけど……どうだろう。食べられそう?」
私はふたたび、料理の品々に顔を向けた。
まるで、晩餐のような食事メニューだ。
私は困惑しながらも、彼の好意に頷いて答えた。
「ありがとうございます。いただきますね」
ソファに座り、改めてテーブルの上を見る。
王城のコックが作っているのか、どれも匂いだけでとても美味しそうだ。
特に魚のパイ包みは、ふんだんにキノコを使っているようで、キノコと魚の香りが混ざって、食欲がそそられる。
分厚いステーキの上には、バターが乗せられており、皿にはマッシュポテトが添えられている。
これを完食するのは危険だ。
間違いなく、お腹周りが肥えてしまう。
でもすごく食べたい。
私は内心、ひどく葛藤していた。
私がテーブルをじっと見ていると、その対面にヴェリュアンが座った。
今日は、いつものように髪を結んでいる。
その時、そのリボンがどこか見覚えのあることに気が付いた。
青というより、水色に近い、群青のリボン。
それは、私が彼の誕生日に贈ったものだった。
思わず見つめていると、私の視線に気がついたのだろう。
彼が苦笑する。
「これ?きみからもらって、つけてみたんだ。どうかな」
「……とても良く似合うわ。気に入ってくれたなら良かった」
「気に入るよ。きみからくれたものなんだから、もちろん」
「…………」
言葉を無くし、狼狽える私に構わず、ヴェリュアンは言葉を続けた。
「今日は、きみの誕生日でしょう。誕生日パーティを開くなら、これは迷惑かと思ったんだけど……今年は開かないんだよね?」
「え、ええ。さすがに、二十一の未婚の娘の誕生日パーティを開くのは……恥ずかしいもの」
「そういうものかな」
「そういうものなの」
私が頷くと、彼はまだ納得がいってなさそうだったけど、やがてグラスを手に取った。
「それじゃあ、二十一になったきみを独占できる俺は、幸せ者だね。……おめでとう、シドローネ」
「……ありがとう。嬉しいわ」
てらいなくそういうことを言うヴェリュアンに、また私は言葉を詰まらせる。
ヴェリュアンはそれを指摘することなく、グラスを持ち上げた。
互いにグラスを軽く合わせると、ガラスの音がちいさく響いた。
グラスを傾けて、少し驚く。
お酒かと思ったが、果実水のようだ。
目を丸くしていると、先にグラスを置いたヴェリュアンが苦笑した。
「俺はまだ仕事があるからね。ワインじゃなくてごめん。……あ、シドローネは飲む?確か、この前先輩が置いていった良いワインが──」
「構わないわ。……実は私、あまりお酒が得意ではないの」
私が先に断ると、ヴェリュアンは少し驚いた顔をした。
「……知らなかった」
「誰にも言ってないもの。社交にお酒は付き物だし……。アルコールに特別弱い、というわけではないと思うんだけど……。味が苦手で」
たくさん飲めもしないので、アルコールに強いわけでもないと思うが。
私がそう言うと、ヴェリュアンが納得したように頷いた。
「そう。それなら、今日、ワインじゃなく果実水を選んだのは正解だったかな」
「ええ。ありがとう」
私が笑うと、ヴェリュアンも笑う。
そうして、和やかな雰囲気のまま、食事は始まった。




