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44.聖竜は知っていた 【ヴェリュアン】

ヴェリュアンは、王都に戻るとすぐに竜舎に向かった。

竜舎に入れば、眠りから覚めたブランが胡乱そうな視線を彼に向けた。

彼は、そんな竜の前の椅子に座ると、ぶっきらぼうに告げた。

その表情は不服そうだ。


「ブランは知ってたの?……シドローネが、彼女だって」


ヴェリュアンの言葉に、竜はやっと気づいたかと言わんばかりに愉快そうに髭を揺らした。


『知るも何も、気づいていたに決まっている。人間の匂いは変わらぬ。主を見つけた時も同じだったであろう』


「……気付いてたなら教えてよ」


ため息混じりに、ヴェリュアンが抗議する。

青色のリボンで結んだ髪をぐしゃりとかき乱すと、聖竜は尾を揺らした。


『それではつまらん。竜は、人間に関与するものではない』


自分で気がつくことに意味がある、とブランは言いたいのだろう。

彼もそれは理解している。


もっと早くにブランに教えてもらっていたら。

きっと自分はとても混乱し、シドローネに対してどう振る舞えばいいか分からなくなっていただろう。

だから、このタイミングで良かったのだ。

分かってはいても、もっと早くに知りたかったという思いを消化することはなかなかできない。

彼は大きくため息を吐いた。


そして、椅子にもたれながら窓の外を見る。

空は、澄み渡るような快晴だ。

夏の空は、深く濃い青色。

あの日の空と、よく似ている。


昔の彼女の髪色は、春の空のような色だったけど、今の彼女は、今の青空のように濃い。

そんなことを考えていると、ブランが珍しくヴェリュアンに話しかけた。


『ふむ。恋煩いか』


「…………うるさい」


『あの小生意気な子供であった主も、ようやく、人間らしくなったな。人間の感情はわからん。主がつまらん【初恋】とやらに拘る理由も我には理解出来ぬが……主のそういうところは、嫌いではないぞ。人の子らしくて、実に()いでは無いか』


「つまらない初恋で悪かったな」


文句を言いながら、彼はため息を吐いて聖竜用の大ぶりのブラシを手に取った。

聖竜の身の回りの世話をするのも、聖竜騎士の仕事のひとつである。

何より聖竜は、他人に触られることをとても嫌がる。

唯一許容するのは、自身が認めた騎士のみ。

そのため、聖竜──つまり、ブランの世話のほとんどは、ヴェリュアンが行っていた。


彼は、台に乗ると、ブランの固い顎髭をブラシで撫でながら彼女に尋ねた。


「彼女はまだ、きみのことを思い出していないようだけど、どうする?」


『構わん。人間の記憶は移ろいやすい。そのうち思い出すかもしれぬし、思い出さぬかもしれない。どちらでもよい』


さすが、何千年と生きる竜だ。

発言に余裕がある。

ヴェリュアンはまた、ため息を吐いた。


シドローネは、覚えているだろうか。

あの夏の日。

初めて──聖竜を見た夜のことを。

白竜が空を飛ぶ。


あの日。

賊に襲われた夜──彼らを助けてくれたのは、白き聖竜だった。

きっと彼女は、それも覚えていないのだろう。


「今度、シドローネをここに連れてくる」


『ほう?』


聖竜は、面白そうにヴェリュアンを見た。

彼は、ブラシを握る手を止め、思いついたように彼女に言った。


「……久しぶりに飛ぼうか、ブラン。空が見たい」


『そんな理由で我に乗ろうとするか。贅沢ものめ』


そう言いつつも、ブランも本心ではないようだ。

寛いでいた体勢から、足を伸ばし、竜翼を広げる。

広い竜舎では、ブランが少し動こうとも問題はなく、彼女はのびのびと羽を伸ばした。


『早くせい』


急かすブランに、ヴェリュアンが頷く。


聖竜は気ままな生き物だ。

気が向かなければ、背に乗せることを嫌がることもある。

特に、長い月日を生きた白龍のブランは、ほかの聖竜以上に気難しく、機嫌が悪い時は返事すらしないこともある。

それを考えるに──今のブランは、とても機嫌がいいのだろう。


ブランは既に、飛び立つ準備を整え終わっている。

彼もまた、レバーを回し、ステンドガラスが一面に張られた窓を開け放った。

天井を覆っていた窓がなくなると、一面に青い空が広がった。


ヴェリュアンは慣れた様子で、彼女の翼に足を乗せ、そのまま背に移動した。

ブランが翼を巧みに使い、一気に上昇する。

全ての光景を、置き去りにして。

瞬く間に、竜舎が小さくなる。

空の冷たい空気を感じながら、ヴェリュアンはブランに再度尋ねた。


「……シドローネはまた、俺のことを好きになってくれると思う?


『知らん』


にべもない返答に、ヴェリュアンは瞳を細める。

そして、不遜にも──何千年と生きる聖竜の上で、膝を立てた。

その膝の上に頬を乗せ、自身の竜に文句を言った。


「ブランは俺とシドローネのことを応援してくんないの?」


『しつこいぞ。女々しい男め』


「女々……」


聖竜の容赦ない言葉に、今度こそヴェリュアンは言葉を失った。


自覚はあったのだ。

めそめそ思い悩むくらいであれば、その前に行動すればいい。

それを、聖竜相手にぐちぐち相談しているのだから、女々しいと言われても仕方がない。

ヴェリュアンはまた、ため息を吐いた。

竜しか飛ばない、大空の中で。


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