41.強欲な男
思った以上に硬い声が出て、それに私は自身の緊張を知る。
自分で思っているよりも、私は緊張している。
ゆらゆら揺れる炎が視界の端に入る。
私はなんとなしにそれを見て──それからまた、彼に視線を移した。
「過去のことを……思い出したいのです。……まだ、うまく……言えませんが、それでも、私は……。あなたと違う関係を探して……みたい、とも思います。ごめんなさい。今の私にはこれしか言えません」
「シドローネ……」
「契約のことも、少し考えさせてほしいの。……あなたのことは、嫌いではないし、ひととして好ましいとも思っています。きっと、あなたは悪いひとではないと思う。……でも、だからといってすぐ、あなたを……その、異性として、男性として見れるかというと」
だいぶ言葉を濁したが、私の言いたいことは彼に伝わったようだった。
「……うん。もともと、返事を急かすつもりはなかった。本当だ」
その穏やかな声に、ほっとする。
安堵に、胸を撫で下ろした。
言葉にしたとおり、彼のことは好ましく思っている。
きっと、良いひとなのだろうとも思っている。
だけど──だからと言って、すぐに男女の関係を持てるか、と聞かれると。
それは、まだ分からない。
すぐに彼をそういう目で──私に男性として触れるひととして、受け入れられかは、分からない。
だって、考えたこともなかったから。
静かに、ヴェリュアンが立ち上がる。
もう、部屋に戻るのだろう。
私もソファから立ち上がって、彼を見る。
燭台の灯りのみの光量では、わずかにしか周囲を照らせない。
それでも、互いの表情くらいはわかる。
私は、燭台の冷たい感触を感じながら──その冷たさに縋るように指先に力を込めながら、さらに言葉を続けた。
「……好意的に、考えたいと……思って、ます」
ぎこちなくなってしまったが、それは紛れも無い本音だった。
まだ答えは出せない。
だけど、分からないながらも私も──彼に歩み寄る、努力はしたいと思った。
私の言葉に、彼が少し驚いた顔をする。
だけどすぐに、彼が薄く微笑んだ。
「そっか、嬉しいな。……じゃあ、遠慮なく、口説かせてもらおうかな」
「え……?」
「だって、そうでしょ。俺はきみが好きだけど、シドローネは俺のことが好きじゃない。加えてきみは、別に俺を拒否しているわけでもない。……だよね?」
「え、えぇ。まあ、そう……ね。そうだと思う」
頷いて答えると、彼が柔らかく笑った。
群青の瞳が、優しい色を宿しているのを見て──なんだか妙に、いたたまれなくなった。
くすぐったいというか、歯がゆい、というか。
ぎこちなくなる私に対し、彼は落ち着いた声で続けた。
「だったら、俺はきみを口説いて──また、きみに好きになってもらうまでだ」
「……また?」
私が伺うように彼を見ると、彼がまた、笑う。
「これは、俺の勘だし、そうだったら、と思う気持ちがあるから思うのかもしれないけど……多分、きみは俺のことを好き……とまではいかなくても、満更でもなかったんじゃないかと思う。じゃなかったら、あんなことは言わない」
「あ、あんな……こと?」
あんなことって、どんなこと。
固まる私に、彼が言う。
「それは、きみの記憶に聞いてみて。俺はあの時、きみがそう言ったから──諦めずに、ずっと、きみを探し続けることができたんだ」
目を白黒させる私に、彼が言う。
とても優しく、あたたかな色を帯びた瞳だった。
「だから、俺に……きみの心をちょうだい。シドローネ。きみの過去も、未来も、全部ほしい。俺は、強欲だから」
彼の指先が私の髪先に触れ──ようとして、彼は手を下ろした。
まつ毛を伏せ、彼が静かに言った。
「……待つよ。きみの答えが出るまで。だから、それまで俺がきみを口説いて──近くにいることを、許して欲しい」
真摯な、愛の言葉だった。
真っ直ぐ、彼が見る。
静かで、だけど力強い──。
蝋燭の火が、ゆらりと揺れるのが、視界の端に映った。