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【書籍化】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です  作者: ごろごろみかん。


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20.招かざる客 【ヴェリュアン】

晩餐は、豪勢な食事だった。

金目鯛の煮付けに、鱈のバターソテー。

バターソテーには、ハーブのマリネが添えられていて、それが淡白な魚の味とよく合った。

白身魚のパティに、カレイのムニエル、サーモンのフィッシュパイ。

彩りのため、かけられた生クリームとバターの色合いが食欲を刺激するフィスクシュッペなど、海が近いリラントならではのもてなしだ。

海鮮類のフルコースなのは、肉が手に入りにくいとかそういう事情ではなく、ただ地元の料理を供したかったのだろう。


それだけでシャロン公爵家を──ひいては、シドローネへの親愛を感じるというものだ。


『シドローネお嬢様!お久しゅうございますなぁ』


『……久しぶり?』


『ええ。覚えていらっしゃいませんか?お嬢様は十年前──』


メイドのマリアにそこで止められたが、その後をヴェリュアンは聞きたいと思った。


(シドローネは、十年前にここを訪れている?)


だけど、本人はそれを覚えていないようだ。

それはなぜか。


(それに……)


他にも気になることはあった。


『そういえば、さっき、ザックスもそう言っていたわね。私は過去、ここを訪れたことがあるのかしら?』


『覚えていらっしゃらないのですか?』


『……ごめんなさい』


『いや、まあ十年以上前の話ですし……。仕方ないか。お嬢様は、よくリラント地方にいらっしゃっていたのですよ。療養中の母君を見舞って』


よく、リラントを訪れていたシドローネ。

真名は、アリアドネ。

十年以上前──。


十年前、彼女は十歳。

ヴェリュアンは、六歳。


シドローネと出会ったばかりの時は、彼女がアリアドネであるはずがないと思い、決めつけていたが。

知れば知るほど、彼女とアリアドネの共通点が浮かんでくる。

それは、例えば。


『私もハーブが好きなものですから』


彼女も、ハーブを好んでいた。

母が、レモングラスの香りを好んでいるから、野山でレモングラスを探そうとしていた。

それを渡したら、病気の母も喜ぶだろう、と──。


【療養中の母君を見舞って】。


どく、と心臓が大きく鳴る。

思わず、胸を強く抑えた。

シドローネとザックスの会話ばかりが頭をよぎり、豪勢な晩餐も、あまり味を覚えていない。

ただ、動揺と困惑、そして、微かな歓喜──。それを、飲み下すのに精一杯で。


もし、シドローネがアリアドネなら。

それなら。


(いや……まだ、決めつけるのは早計だ)


なぜか、シドローネは過去のことを覚えていない様子だった。

だけど、メイドのマリアは知っていたようだったし、彼女はその話を止めさせようとしているように見えた。


(何らかの理由で、記憶が無い?でも、なぜ?)


小さくため息を吐く。

考えていても埒が明かない。


これは、シドローネ本人に聞く他ないだろう。

あれこれ考えていても、それは可能性に過ぎないし答えに辿り着けるはずがない。


ヴェリュアンは諦め、ベッドに腰かけた。

この部屋は、東側に位置しているのもあり、朝になると一番に日差しが入り込んでくるそうだ。

朝日を浴びて煌めくリラントも美しいから、ぜひ、とデボラに勧められたのを思い出す。

リラント地方は、ヴェリュアンの故郷だ。

彼女に言われずとも、朝日に染まったリラントの光景など、それこそ数え切れないほど見てきたが、好意に甘えて頷いておいた。


部屋に用意された水時計を見ると、僅かに水が減っているようだった。

王都では、教会が鳴らす鐘が時刻の目安となっているが、リラントのような田舎では、教会自体がまず少ない。

そのため、未だ水時計が使われているのだろう。

窓の外に視線を向けると、既に夜は更けていた。


騎士なので、五日程度の旅で疲労を覚えることはないが、しっかりと身体を休めることは大切だ。

ヴェリュアンは、結っていた髪を解くと、その髪紐──リボンを見つめて、瞳を細めた。


『髪には、魔力が宿ると言われているのよ。だから、あなたが本当に聖竜騎士を目指すと言うなら──これを』


そう言って、少女が差し出したものを受け取った。


あれから、ずいぶんと年月が経過してしまった。

貰った時は鮮やかだった青も、今はかなり擦り切れ、くたびれて見える。


それでも、捨てられない。

彼女と自分を繋ぐものは、もう、このリボンだけだと思ったからだ。


数年ほど前から、リボンがちぎれないよう気をつけて扱っていたものの、それでも劣化は防げない。

あと何年、このリボンを使っていられるだろうか。

ヴェリュアンは静かにリボンを見つめた。



その日の夜。

ヴェリュアンは、ひとの気配で目を覚ました。


誰か、部屋にいる。


「──」


一瞬、息を飲んだが、すぐにまつ毛をふせ、眠っている様を演じた。

眠る前に蝋燭の火を消したので、室内は真っ暗だ。

だけど、外の天気が荒れているせいだろう。

窓の外で、度々光る雷鳴のおかげで、室内にも光が走った。


足音は、軽い。

女性のようだ。

息遣いも、隠しきれていない。

それはつまり、相手が素人であることを示している。


(眠る時に鍵は閉めたはず。……誰だ?)


施錠していても室内に入れる人間など、限られている。

ザックスであれば、館の合鍵を全て持っているだろう。

だけど、足音は男性のものではない。


では──。


(シドローネか……?)


彼女であれば、ザックスから合鍵を借りることも可能だろう。

なぜこの時間帯に、人目を忍んで会いに来たのかは分からないが、それであるのなら話を聞くべきだ──。


そう思い、目を開けた、時だった。


ピシャァアアン、とどこかで雷が落ちた音がする。

その音からして、かなり近い場所に雷が落ちたようだ。

室内が一気に白くなる。

彼の予想通り、部屋に、ひとりの女性がいた。

だけどそれは、彼が思うひとではなく──。


「きみは……」


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