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2.愛のない結婚



シャロン家は、ロザリアン国の中でも屈指の名家だ。

歴史が長く、ロザリアン建国の時から代々続いている。


父は、王家の生まれだった。

陛下が即位される時に臣籍降下し、シャロン家に婿入りしたのだ。

既に王家を抜けているとはいえ、王弟という身分の父が当主のシャロン公爵家は、おそらく現在のロザリアンでもっとも力を持っている家と言えるだろう。


その父が、唯一気にしているのが【聖竜騎士】だった。

聖竜騎士は、神秘の存在である聖竜に認められた人間しかなることができず、国民から絶大の人気を誇る。

子供の大半が、将来の夢は聖竜騎士と答えるほどなのだから、どれほど人気があるかは推して知るべしというものだ。


父は、貴族の頂点に立ったと言っていいが、一代限りとはいえ、時代が違えば【英雄】とも言える人間のことを、恐れたのだと思う。


聖竜と対なる存在である【魔物】が出現しなくなって久しいロザリアンではあるが、いつまた魔物が活性化するか分からない。

もし、魔物がまた姿を現すようになれば、その時に脚光を浴びるのは陸の騎士軍と空の騎士たち──つまり、聖竜騎士である。


そうなれば、貴族など何の役にも立たない。

名誉や権力では、魔物からの攻撃を物理的に封じることはできない。

だからこそ、父は、新たに聖竜騎士となった彼に目をつけた。


ロザリアンにいるほか二名の聖竜騎士は既に妻帯者であり、老齢だ。

ヴェリュアンは歳も近くて、独身。

父が、目をつけないはずがなかったのだ。


彼──ヴェリュアンに言ったことは事実だった。

彼がこの縁談を断ったとなれば、次の私の結婚相手は財政大臣となる。

彼には良い噂がない。

父が相手に選ぶくらいだから、摘発されない程度には上手くやっているのだろうけど、罪を罪とも思わない人間と夫婦になるのは避けたかった。


そして、理由はほかにもある。

むしろ、こちらが本命だと言っていい。


私は、十年以上前──つまり、十歳以前の記憶が、全くと言っていいほどない。

十年前に起きた事件が理由で、全て忘れてしまったためだ。

それは記憶だけに留まらず、豊かな感情まで、私は失ってしまったらしい。


目を覚まして、メイドたちに囲まれ。

しばらく過ごしている間に、メイドたちが噂をしているのを耳にしたことがある。


『あの事件以降、お嬢様はすっかりひとが変わられてしまって……』


『以前はもっと明るくていらっしゃったのに』


『仕方ないわ。お嬢様はとても怖い思いをされたのだから……』


という、そんな声が。

その話を聞いた時、特段ショックは受けなかった。

ただ、以前の私と今の私。

変わってしまった──変化があったことだけを、知った。


社交界デビューをして、周囲の令嬢が恋に勤しみ、愛を育む中、私だけが、 その輪に入れなかった。


『シドローネ様は、気になる方はいませんの?』


サロンで、顔見知りの令嬢にそう話しかけられた時、私は思わず動揺した。

今まで、そんなこと考えたことすらなかったからだ。


その時は、『父が相手を決めますので』と角張った答えを口にすることで、受け流すことができたが、実際は違った。

それまで私は、異性に対して恋情の類を抱いたことがなかったのだ。

あれから数年の時を経たが、それは今も変わらない。

あの事件のせいで、性格が変わったどころか感情面まで凍りついてしまったのか、それとももともと恋愛に対して淡白な性格だったのか。

どちらにせよ、他者を愛する、という気持ちが分からない私に恋愛は無理だろうと、そうそうに諦めていた。


そこで先日の、彼の言葉だ。


『私には、他に愛するひとがいます。ですので、この縁談はお断りいただきたい』


ひとを愛する。

素晴らしいことだ。

私には、その想いが理解できない。

だけど、だからこそ尊いものなのだろうと思っている。


だから──ちょうどよかった。

夫婦の形を求められることもなく、異性として求められることもない。

ビジネスパートナーとして、あくまで利害の一致で、結婚する。

それは私にとってあまりにも、都合のいい結婚だった。

こんな素敵なことが起きていいのだろうか。


今まで私は、父から結婚の話をされる度にうんざりしていたし、その相手を愛せるだろうかとずっと思い悩んできた。

しかし、愛さなくてもいいのだ。

愛さなくても、彼には既に想うひとがいる。

であれば、今までと何も変わらない。

何も変わらず、私は、私として日々を暮らすことが出来るのだ。



私は、窓際の椅子に腰掛けながら、花瓶に活けられた花を見つめた。

花瓶に活けられているのは、ユーチャリス。

花言葉は、【清らかな心】。

ウェディングフラワーとしてもよく使われるこの花を用意させた父の意図が、容易に分かるというものだ。


「お嬢様、なんだかご機嫌がよろしいですね」


メイドのアンナが珍しそうに声をかけてくる。


「そうかしら?」


「ええ。珍しく、お笑いになっていらっしゃる」


言われて、気がつく。

いつの間にか私は、笑っていたらしい。

自身のくちびるに触れて──それから、白い花弁をなぞる。


「そうね。……そうかもしれない」


愛さなくていい結婚。

愛する必要のない結婚。


それが、実現するかもしれないのだ。

だから浮かれているのかもしれない。

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