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17.少しづつ、近付いていく

そして、ぎこちなく視線を彷徨わせ──彼は頷いて答えた。


「いえ。……私も、もう少しうまくかわせるようになればいいのですが。いかんせん、ご令嬢たちは圧が強くて」


「ふむ。確かに、あなたを気に入っているご令嬢たちは、なかなか癖が強そうな方が多いですね」


そうでもなければ、他人の婚約者にアプローチなどしないとも思うが。

私は顎に指先を当てながら、なにか解決策はないかと頭を動かした。


すると、なにやら視線を感じるので。

顔を上げると、群青の瞳とぱちりと目が合った。


「……?あの、なにか?」


私に尋ねられ、ヴェリュアンが慌てたように目を逸らす。

逸らしながら、言いにくそうに、それでもはっきりと言った。


「……その、考えている時に指を口元に当てるのは癖、ですか?」


「え……」


言われて、初めて気がつく。

確かに私は、自分で思う以上に指先が動きがちだ。

表情よりもよほど雄弁だと、以前ヘレンに言われたことがある。


だけど貴族令嬢としてそれはいささか落ち着きがないので。

人前に出る時は気をつけているのだが、親しい間柄の──例えば、ヘレンやルザー相手だと、つい気が緩んでしまう。

今も──。


婚約者(ヴェリュアン)の前だというのに、私、気が緩んでいる……?


これはいけない。

私は自身の失態に、内心ため息を吐いた。


「……申し訳ありません。はしたなかったですね」


「え……」


驚いたように、ヴェリュアンが目を見開く。

だけどすぐに、慌てた様子で首を横に振った。


「そうではありません。その……そういう意味ではなく、ただそう思っただけというか」


「いつもはもう少し大人しくしているつもりなのですが、あなたと話していると、気が緩むようです。──ですが、これは、いい傾向なのではないでしょうか」


私は新たな可能性を発見し、真っ直ぐにヴェリュアンを見つめる。

彼はあからさまに困惑した様子を見せた。


「は?」


ヴェリュアンは、当初想像していたよりもずっと素直で、表情豊かだ。

もっと冷たく、他者を切り捨てるような冷酷さがあると思っていた。

何せ、【不落の騎士様】という呼び名があるくらいなのだから。


だけどそれはきっと、違うのだろう。

いや、全く違うというわけでもないのかもしれないけれど──少なくとも、ヴェリュアン・ヴィネハスという男は、冷たくもないし、冷酷でもない。

ただ、寄ってくる女性を警戒していただけなのだろう。

さっき、彼に言ったとおり、彼に執心している女性は、みな多かれ少なかれ曲者だ。

油断したら婚約どころか結婚まで直行してしまう──そう思ったのかもしれなかった。


(実際、それは真実なのよね)


ヴェリュアンが知っているかは分からないが、貴族の娘が手段を選ばず、異性をものにしたいと思うなら、選択肢はそれこそたくさんある。

いわゆる、既成事実というものを作ってしまえばいいだけなのだから。

そしてそれは、必ずしも事実とは限らなくても()いのだ。

周りにそう思わせれば──既成事実が成されたかもしれない(・・・・・・)

それだけで、じゅうぶん。

彼もそれを察知していたか、あるいは既にその危険性を身をもって知っていたのか──。

だからこそ、あの夜会の日。

あんな刺々しい雰囲気を纏っていたのだろう。


ひとり納得しながら、私は話を続けた。


「気が緩む、ということは信頼の証だと思うのです。つまりこれは、私があなたを信用している、ということを示します。契約上とはいえ、夫婦になるのです。これは良い兆候です」


「は、ぁ……」


「つまり、私はヴェリュアン。あなたを信じている、ということですよ」


大まかに言えば、そうなるだろう。

そう思ってにっこり笑ってみせると、彼は難しい顔をしたものの──やがて、大きくため息を吐いた。


「……あなたと話していると、調子が狂います。なんというか、気が緩む……。確かに、あなたの言うとおり、これは信頼の証なのかもしれませんね。少なくとも、貴族の令嬢や夫人がたの中で、こんなに警戒せずにいられるのはあなただけです」


「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます」


「褒め言葉……になるかは分かりませんが、私も安心して──いや、違うな。落ち着く、ということです。あなたといると」


ヴェリュアンがふわり、と笑う。

珍しい、彼の安らいだ笑みに思わず目を奪われた。

彼はこんなに優しく笑うひとだったのか、と初めて知ったような気がした。


「では、改めてよろしくお願いします。ヴェリュアン」


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