第八話 悪魔
空中を漂う肉塊は青年に吸い込まれた。
…青年の姿は変貌を遂げる。
その姿は、ムフロン(ヤギの仲間)のようなクルッとしたツノに、先ほどよりも遥かに大きい翼を持っている。
青年の目は黒色から金色になり、瞳孔は蛇がとぐろを巻いたように渦を巻いていた。
肉体は膨れ上がり肌が白色から褐色へと変色する。
爪が伸びて大きくなった。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
人間の耳では到底聞き取れない言葉の羅列、雑音とも捉えられるその音がしばらく続く。
音が止まった。
空は暗くなり青年の後ろは眩く輝き出す。
「もしかして今の…呪文の詠唱だった!?」
ソフィアの予想は運悪く的中し、空から無数の黒い針のようなものが落ちてくる。
黒い針に触れた場所は中心から黒くなり崩壊を始めた。
風魔法『突風』
ソフィアは乱気流を起こし衝突を避けた。
「これ…闇属性と空属性!?スキルによる見た目の変化では無さそうだし詠唱をしていたことを加味すると…恐らくかなりの上位魔法。複数の属性を持っていて平然と上位魔法を扱っているところを見ると人では無いな…もしかして…」
ソフィアの脳裏に一つの仮説が浮かんだ。
(史料の絵も役に立つな…やっぱりあれは悪魔!そうだとしたらかなりマズイ!!)
ソフィアの目の前に悪魔が現れる。
(なっ!?今の今まで上空に居たでしょ!!)
後ろに飛ぶ。
ソフィアが後ろに飛んだのと同時に悪魔は前に踏み込んだ。
「クッソ…」
悪魔は顔色一つ変えずに手でソフィアの胸を貫いた。
ソフィアの口から血が流れる。
ーーーーーーーーーー
…気づけば眠てしまっていたらしい。
ずっと木に寄りかかって座っていたせいか腰が痛い。
「あー痛ぇな腰、どのくらい寝てたんだろ」
上を見上げると空は暗く森は闇に包まれていた。
「もう…夜なのか?」
周囲を見る。
(そういや戦ってる音が聞こえないな…ソフィアの方は終わったのかな?とりあえず…そっちの方に行ってみるか)
腰を上げてその場を立つ。
ズボンに付いた汚れを手で払った。
「そういや、倒した魔物の死骸が無いな」
視線の先には倒したゴブリンやコボルトなどの屍が無くなっており身につけていた服に血が染み込んでいるだけであった。
ソフィアが行ったであろう方向へ進んでいく。
(地面がものすごい抉れ方してるな…もはや原形留めてないじゃん)
少ししてソフィアが居た辺りに辿り着く。
そこには、ソフィアの服の襟を掴んで引きずっている悪魔がいた。
前世、アニメなどで似たような姿を見たことがあるからか一目で悪魔だとわかった。
ソフィアの左胸からは血が流れている。
かろうじて息はあるようで何かブツブツと言っている。
殺気だった声色で話す。
「おい!!ソフィアをそんなにしたのはお前か?」
僕に声をかけられた悪魔はソフィアから手を離す。
ソフィアは地面に落ちた。
悪魔は普通の魔物とは違って話せるようで僕の問いかけに対して応答してきた。
「ソフィア…?そうか…この女の名か…そうだな…こいつを斯様な姿にしたのは俺だ」
刀に手をかける。
「本当だな?この際…お前が何者かなんてどうだっていい。ただ…お前は絶対許さない…俺が必ず殺す」
刀をゆっくり抜く。
(はぁ…こんなことになるのなら、カナンさんに付いてきてもらうべきだったな)
俺は地面に倒れ込んでいるソフィアを見て、そのようなことを考えた。
「ククク…俺を殺すか…これまた大きく出たな人間風情が!!その発言が驕りだったことを思い知らせてやる!!」
(来る!)
俺は反応すら出来ず、爪で左腕を切り落とされた。
「はっ!?ぐっ!がぁぁぁっ!!」
傷口が熱く焼けるように痛い。
ポケットから布を取り出して傷口に巻き、口で引っ張って縛る。
それでも血が止まらなかったためポケットからライターを取り出し傷口を焼く。
(なんとか止血は出来たけどかなり血を失ったな。全く見えなかったし目で追うのは無理か…)
深く深呼吸し心を落ち着かせる。
刀を鞘に収め肩の力を抜いて脱力する。
左足を後ろに出し右足を前に出して姿勢を低くした。
左足に重心をかけて腰を少し捻り手元を見えなくする。
脱力により余計な力は抜けベルの速度は元の1.5倍となった。
桜花玲瓏流 居合『閑寂朧月』
ダルムスと戦った時以上の速さで悪魔へと攻撃を仕掛ける。
悪魔の体に刃が通る瞬間、体が歪み刀は空を切った。
(透けた!?まさか残像だったのか?)
「中々のスピードだが遅いな。だが、少し前に出ただけで避けれてしまったぞ」
悪魔は僕の耳元で、そう囁いた。
「なっ!?」
声のする方を振り向くと、そこには黒い球体をぶつけんとする悪魔がいた。
闇魔法 『虚空嚥下』
黒い球体は投げられる。
球体は空中で周囲のものを飲み込みながら威力を増し続けている。
(これ...死んだわ)
昨日以上に明確な死を感じる。
意識が一瞬、遠退いた。
ーーーーーーーーーー
「お前はよぉ、物事を深く考えすぎなんだよ」
師範が柄にもなく真面目な顔で話しかけてくる。
「そんなに深く考えてるつもり無いんですけど」
「深く考えすぎると、どうしても体の動きが遅れてしまう。もっと頭をクリアにしろ!勝つことだけを考えていれば良いんだ。目の前の相手から目を逸らすな!!」
「勝つことだけを考えるなんて無理ですよ」
「意識の問題だ!!負けを受け入れるな!!もっと勝つことに貪欲になれ!!そうすれば、自ずと勝ち筋が見えてくる。お前の強さは躊躇いのない攻撃だ!先読みも大事だが、それ以上に自分はどう戦いたいのか考えろ!お前の戦い方に相手を引きずり込め」
ーーーーーーーーーー
(今のって…走馬灯か?初めて見たな…模擬戦の後に呼び出されて言われたんだっけ。懐かしい…走馬灯には現状を打開するヒントがあるとか言うけど。あんま参考にならなそうだな)
「自分の戦い方に引きずり込めか…」
ベルの目つきが変わる。
先ほどまでは相手を射殺すような目で睨んでいたが、今は落ち着き澄んだ瞳をしている。
黒い球体に目を向け、刀の柄に手をかける。
自分でもなんで言ったのかはわからない。
ただ、無意識に溢れ出た言葉。
「纏ウ者」
黒い球体が捻れ流動的な線へと変化する。
その黒い線は刀の切先からベルの元へと吸収された。
ベルの肉体から黒いオーラが放たれる。
無くなったはずの左腕に黒いオーラが纏わり付き腕が形成された。
桜花玲瓏流 居合『閑寂朧月』
「なに!?」
悪魔の懐へ入り刀を振るった。
キィン!と鋭い金属音がして腕で止められる。
しかし…黒いオーラが刀を包んで沈み込むようにして刃が通った。
「お返しだ!!クソ野郎!!」
悪魔の左腕が切り落ちた。
「ハハハッ!中々やるじゃないか!お前!名前は?」
「ルーベル・フロースウッド…」
「俺はエピデミア・ネーロだ!覚えておけ!!」
エピデミアは空に上り手を前に出した。
闇魔法『光ヲ閉ザス闇』
宙に魔法陣のようなものが形成され霧状の闇が森全域を覆っていく。
「こいつは30分以上吸い続けると絶命する死の霧だ!!俺を倒せば霧は消える!だが、お前の実力じゃ俺は倒せないだろうなぁ」
エピデミアはケタケタと笑っている。
(さっき…エピデミアの攻撃を絡め取ったのは俺のスキルか?魔法を吸収できたのだから逆に分け与えることは出来ないのかな?力をソフィアにあげるとか。それでも、まずはエピデミアをなんとかしないと)
息を吸い込み吐き出す。
エピデミアを見つめる。
「熱くなるな…あくまでも冷静に…そしてより柔軟に考えろ…突破口は必ずあるはずだ…」
スキル発動 『纏ウ者』
「先に言っておく…穿つぞ!」
桜花玲瓏流 『飛翔天籟』」
黒いオーラを纏った刀は、どんどん速度を上げて空に向かって昇っていく。
ベルの通った場所は霧が消え黒い一筋の光となる。
切先はエピデミアの顔に掠り斬撃は後ろへと続いていく。
「千載一遇のチャンスを逃したな!お前の敗けだ!!」
エピデミアはベルに向かって空中で殴りかかる。
「俺の狙いは、お前じゃねぇ…後ろにある魔法陣の破壊だよ。黒い霧は魔法陣から出ている。壊せば少なくとも空を覆うほどの霧ではなくなるだろ」
エピデミアが高々と笑う。
「それがどうしたぁ!」
空中で殴られながらも俺は話を続ける。
「ぐっ…あ゛ぁ…」
俺は空中でエピデミアを掴んだ。
「知ってるか?この森は監視されているんだよ。霧が晴れれば森の中の様子がわかる。森に魔物がほとんど居なくなったんだ。来るぞ…抑止力が!!」
「あ?抑止力?」
驚くほどに静かになった森にカーンカーンと金属同士がぶつかるような音が鳴る。
「なんの音だ?」
エピデミアは後ろを向いた。
その音は次第に大きくなりドンッ!と大きな爆発音がした。
橋の方向から火花を散らした閃光が飛んでくる。
閃光の正体はダルムスだった。
すごい勢いで飛んできてエピデミアに蹴りを入れる。
ダルムスは空中でベルを掴み地面に着地した。
「おい!あれは…伝承にあった悪魔か?」
ダルムスが僕に尋ねた。
「そうみたいです。身体は硬く恐らく俺の付けた傷以外は攻撃が通らないかと」
落ち着いて淡々と話す。
「俺?お前って一人称俺だったか?」
「どうだって良いでしょう!そんなこと」
ベルに睨まれて、思わず口を噤むダルムスであった。
「それと、カナンさんとは一緒じゃ無いんですね」
「あいつは基本、前線には出てこない。あくまでサポート役だからな」
「そう…ですか」
「どうかしたのか?そんな傷、今さらどうという訳でもないだろ」
「いや、ソフィアが悪魔に左胸を貫かれて…」
ベルの顔に焦りが見えた。
「あれ?来てたんですか?ダルムスさん」
後ろの方から声が聞こえる。
その声には聞き覚えがあった。
僕は驚いて後ろを振り向いた。
そこには口周りと胸辺りにべったりと血の付いたソフィアが立っていた。
「なんで…ソフィアが…胸を突かれて倒れてたんじゃ…」
僕は少し涙ぐんだ。
「あー確かに胸を突かれたよ。ただ、風属性にも回復魔法はあってね。詠唱が長いし治るのにも時間がかかるから使いたくなかったんだけどさ」
ソフィアは1人で高笑いをしだす。
(ソフィアがエピデミアに掴まれていた時に、何かブツブツ呟いていたのは呪文の詠唱か)
僕はそんなことを思った。
「そういえば、ダルムスさんってどうやってここに来たんですか?」
気になっていたので尋ねてみた。
「鉄の塊同士を複数回ぶつけて爆発を起こしたのさ。そして、その爆風に乗って飛んで来たって訳だ」
(なるほど、炭素を多く含んだ鉄同士をぶつけたのか。打撃蓄熱みたいな感じか…)
「さてと…ベルは休んでて良いよ」
ソフィアにそう言われた。
「大丈夫だよ!まだ動ける」
戦おうとする僕をソフィアは制止した。
「いやだって、私が倒れている間ずっと戦ってくれてたんでしょ?精神的にも肉体的にもダメージを与えてくれたみたいだし、もう十分だよ」
「そうだな…後は俺達に任せておけ!!」
そう言うと2人はエピデミアの前に立ちはだかる。
「そういえば…もう夜ね…」
スキル発動 『星』
ソフィアの髪色が変化する。
紫がかった青色の髪、所々に様々な色の水玉模様が付いている。
ソフィアの身体の周りに八つの球体が現れる。
それぞれ、赤、青、黄、緑、紫、橙、白、黒の8色でソフィアの背後で輪になりくるくる回っている。
「スキルを発動させるか…ソフィアのやつも本気だな!!」
スキル発動 『鉄ノ人形』
地中から大量の鉄鉱石が上がってくる。
ダルムスを囲うようにして鉄が宙に浮かぶ。
鉄は圧縮されて拳ほどの大きさの球体となった。
「ハハハ!コイツは楽しめそうだなぁ!!」
エピデミアは高笑いした。
スキル発動 『黒イ悪意』
エピデミアの背後に黒色の光輪が現れる。
エピデミアから黒いオーラが立ち昇った。
「さぁ!死会おうか!!」
静かな森にエピデミアの声が響き渡った。