第七話 森で邂逅!森の異変!
風に煽られ木々が靡く。
何かのうめき声、鳴き声、叫び声など様々な音が聞こえる。
森は薄暗く気温は低い。
湿度が高いようで、じめっとした重い空気である。
「なんか…僕が居た時よりも随分と雰囲気が暗いんですけど…」
「恐らく変異種が出た影響で森そのものが少し変質しているんでしょ。この感じ、複数体の変異種がいるよ」
嫌そうな顔をしつつ尋ねる。
「そもそも、この森ってどんな魔物が居るの?」
「うーんとね、ゴブリン,オーク,リザードマン,スケルトン,コボルト,スライム,オーガかな」
「意外と種類が多いんだね」
「まぁそうだね。でも、オーガ以外はそこまで強い魔物じゃないよ。だから、オーガが変異種になると面倒だね。あと、昔は悪魔と呼ばれる魔物も居たそうだけど。史料に記述があるだけだし、本当に居るかは分からない。ただ、居るとしたらランクS以上の化け物だよ」
「悪魔って、そんなに珍しいの?」
「珍しいよ、少なくともここ数百年は確認されてないけどね。それでも、記録は残っているし実際に居たんだと思うよ」
「そういえば、悪魔って空飛べるよね?わざわざ、こんな森に居るとも思えないんだけど」
「食べ物豊富とかそんな感じの理由で暮らしやすかったんじゃない?」
「そんな理由で!?」
「意外と大事なことだよ」
2人は歩を進める。
しばらくして馬車が見えてきた。
「あっ!あったね」
馬車を指差す。
「…ディアメルク商会の馬車で合ってそうだ」
ソフィアの声が少し低くなった。
馬車の周りに付いていた血は、もうすっかり乾いていて地面に茶色く跡が残っている。
「あれ?奥の方まで血痕が続いてる…」
荷台の周りを調べていたソフィアが呟いた。
「ああ!それ!僕の血だと思うよ!オークと戦った後にこっちに来たから」
「なるほど…じゃ、そっちの方に行ってみようか。君のことについて何か分かるかもしれないし」
2人は再び歩き出す。
「それにしても、この辺りの地面すごいボコボコだね。木とか岩も抉れたような傷痕になってるし」
「あれ…?」
「どうかしたの?」
「いや…ここって確かオークと戦ったところのはずなんだけど、オークの死体が無いんだよね…あれだけ付着してたオークの血痕もないし」
僕は少し震えながら話した。
「まだ生ていて、移動したとかは?」
「それはないと思う…確実に頭を潰したから」
「再生系のスキルを持ってたのかな?でも、頭を復元するなんて到底無理だし、出来てもBランク近いスキルで、オークが持ってるなんてこと有り得ないよ?でもな〜」
ソフィアは何かを考え始める。
(ソフィアの言ってた通り、まだ生ているなら…)
僕の頭に1つの想定が浮かぶ。
イヤな予感というものは、ここぞという場面で当たるもので……
「ソフィア!!!後ろ!!」
ソフィアの背後に突如としてオークが現れた。
その手には球体の付いたあの棍棒を持っている。
オークはソフィアに向けて棍棒を振り下ろした。
ソフィアはベルの声に気が付き紙一重でオークの攻撃をかわした。
球体が地面に到達し轟音と共に炸裂する。
ソフィアは弾けた鉄の破片を足場に空を舞う。
風魔法『風斬』
ソフィアの指先に風が収束し一瞬にして周囲の気圧が下がる。
霧はソフィアの上に行き雲を形成した。
ソフィアはゆっくりと指を振り下ろす。
圧縮された風が真下に放たれた。
地面は底が見えないほど深く抉れ、オークの左腕が切り落ちた。
風圧で雲が消されソフィアを中心とした半径10mほどに日差しがあたる。
オークは勢いで後ろに倒れソフィアが空から降りる。
「あーもう!!なんなの!?このオーク!気配が全くしなかった!!」
「そいつ…僕と戦ったやつだけど頭が再生しているし武器も直ってる!!」
「武器も再生しているってことは、Aランクのスキルってことじゃない!!」
オークは何事も無かったかのように立ち上がる。
切られた左腕は、ドクンドクンと脈打つように内側から肉が盛り上がっている。
「あの感じ…腕が治るのも時間の問題だな…」
僕はボソッと呟いた。
「ウガァァァァア!!!!」
空気が揺れるほどの大きな咆哮。
奥の方から大勢の足音が聞こえる。
オークの咆哮に合わせて数十体の変異種が現れた。
「…この森にいるほとんどの魔物が変異種として現れるだなんて…しかも本来なら縄張り争いなどで殺し合っているはずなのに統率されてる…」
ソフィアの額に汗が浮かぶ。
「まぁでも…オーガが居ないのは不幸中の幸いかな」
魔物達はソフィアと僕を取り囲むようにして並んだ。
リザードマンはトカゲのような顔に、鱗に覆われた肌を持っている。
コボルトは60cmくらいの背丈で皴のよった小さな顔に、濃い灰色の肌、毛がふさふさとした尻尾と毛深い脚を持っている。
スケルトンは人間のように動く骸骨で、手には鉄剣などの武器を持っている。
スライムは粘液状の怪物で大きさにはバラつきがあり、体の中心に赤色の玉がある。
ゴブリンはガリガリの肉体に緑色の肌をしている。
オークは豚頭に大きな身体をしており、手に棍棒を持っている。
「あれは…」
ソフィアは何かに気がついたように呟いた。
それを聞き目を凝らしてみる。
うっすら白い光が魔物達から出ているような気がした。
(なんだろう…あの光…僕が前世で見た。あの光にも似ている)
「まずはここを切り抜けないと…ベル!ゴブリンとスケルトンとコボルトのこと任せる!」
「えっ!?数多くない?」
おそらくダルムスと僕の戦いを見て判断したのだろう。
ただ、6歳ぐらいの子供に魔物の大群を任せるのはどうかと思った。
「スライムは物理攻撃が効きづらいし、オークとリザードマンは防御力が高いから私が倒す!!」
そう言うとソフィアは先ほどのオークに向かって攻撃を仕掛けた。
「任せるって言われても…敵の数多いんだよな〜、まっ!やれるだけやるか!!」
僕はそういうと刀を抜き魔物達に切先を向けた。
「ギャイ!!ギィァァア!」
魔物達が一斉に襲いかかってくる。
桜花玲瓏流『蒼穹白夜』
右手で繰り出した刀を振り抜き、即座に左手に持ち替える。
次の瞬間、ゴブリン達とコボルト達の胴体が切れ落ちた。
スケルトン達は避けて後ろに退がる。
僕の気が緩んだ瞬間を窺っているようだ。
(スケルトン…速いなぁ。避けられたか)
スケルトンの1体が攻撃を仕掛ける。
スケルトンは剣で突いてきた。
避ける間もなく切先が僕の肩を貫く。
「痛っ…思った以上に速いな…」
僕は肩を抑え、そう言った。
スケルトンは休む間もなく次々と襲いかかってきた。
「ありがとう…近づいてくれて…」
桜花玲瓏流『月華万雷』
スケルトンが振った剣が、自分の身に当たる瞬間に刀を地面に突き刺す。
衝撃波は地面を伝わり周囲に広がる。
スケルトンは粉々になった。
「っはぁー!なんとかなった!」
身体を伸ばし空を見上げる。
食事もロクに摂らず動き続けていたせいか、足が重く疲労感が拭えない。
後ろからカタカタと音が聞こえる。
その音に気付き振り向く。
そこには倒したはずの魔物たちが立っていた。
思わず僕は苦笑いした。
「あーそうか…変異種だったな、お前ら」
刀を構える。
「ギャイア!!キシャシャ!!」
ゴブリンが攻撃を仕掛けていた。
先ほどよりも速く回避が間に合わない。
ゴブリンの鋭い爪が僕の腹部を掠めた。
僕の腹部から血が流れ出る。
「薄皮一枚か…問題ない」
僕はそう言うと、刀をゴブリンに突き刺した。
ゴブリン達は怒って一斉に攻撃を仕掛けてきた。
桜花玲瓏流『空式 牟吸完』
僕は刀を振り下ろす。
その速度は音速を超え空気を歪めた。
自らの体を起点とした周囲のがほんの数秒間、真空状態にする技。
スケルトンを除くベルと対峙していた魔物の目から血が流れ出ていた。
眼球焼け、身体中の水分が出る。
溶けるようにして魔物たちが倒れた。
もちろん僕も無事ではなく身体中が波打ち、口から吐血していた。
僕は口に付いた血を拭い取る。
前を向きスケルトンを見た。
スケルトンに斬りかかる。
「があぁぁぁ!!」
叫びながら何体ものスケルトンを斬り続ける。
しばらくして、僕の目の前にいたスケルトンは砂のように崩れてしまった。
胸が苦しく息が続かない。
僕は近くにあった木に寄りかかって座り込んだ。
少し離れた所では激しい戦闘音が聞こえていた。
ーーーーーーーーーー
ベルと別れて数分後......
「しぶとっ!再生スピードが尋常じゃないわ!!」
思わず愚痴がこぼれる。
それほどまでにオークの再生が早いのだ。
いくら斬ろうと抉ろうと傷ができた場所から瞬時に治ってゆく。
(スキルは魔法に比べて消費する魔力の量が少ない。このまま、魔法で押し続けても数が多いしジリ貧で負けるな…いっそ広範囲で強力な魔法で一掃するか?でも疲れるし、ベルが巻き添えを喰らいそうなのよね〜)
後ろからオーガとリザードマンが襲ってくる。
ソフィアは後ろを振り向き、2体の腹部に触れる。
風魔法『妨げる風』
ソフィアの手の先に空気の層ができる。
2体の腹部が潰れた。
傷口では風がゴォォォッ!!と音を立てて渦巻いている。
「はぁ…面倒だけど…再生出来ないように一体一体殺すか…」
ドンッ!と大きな音が森中に響き渡り、森の空気が一瞬にしてピリつく。
ソフィアに悪寒が走った。
いきなり…この世のルールが書き換えられ、今まで当たり前の事として理解していた摂理が通じなくなるような抗えない理不尽な感覚を覚える。
残っていた魔物達は、ブチブチっと皮膚が引き剥がされ肉塊となり上空に向かって飛んでいった。
空には蝙蝠のような漆黒の大きな翼を背に生やした黒髪の青年が立っていた。
肉塊は青年の周りを漂う。
青年は、その冷たい目をソフィアに向けた。