第五話 初の対人戦闘!
鍵を持った職員の後ろに付いて歩く。
階段を上っている途中、足を止めて考えた。
(そういや、オークに付けられた傷と怪鳥に落とされたときに出来た傷が、いつの間にか治ってるんだよな。それに、あれだけの高所から落ちたのに骨折とかしなかったんだよ。もしかして、異世界モノの定番!異世界に転生した時にもらえるスキルか?)
「何もたもたしてるんだ!早く行け!」
後ろからダルムスに声をかけられる。
「…すいません」
再び歩こうとする。
すると、頭の中に一つの考えが浮かんだ。
(ん?待てよ…そういえば…異世界と言えばのお決まりがあるじゃないか!)
「ステータスオープン!!!」
大声で叫んでみるが何も起こらない。
後ろを振り向くと、そこにはドン引きしたソフィアと何かを察して憐れんだような目で見てくるダルムスの姿があった。
4階に上がる途中の出来事である。
(ああ…めっちゃ恥ずかしい…)
顔が真っ赤になり前を向く。
辺りが気まずくなった。
僕は空気感に耐えられず胃がキリキリ痛みながらも歩いた。
何はともあれ、4階の訓練室に着いた。
鉄で出来た部屋。
二重扉になっていて、1枚目の扉を開けると左右に木剣や木斧といった多種多様な武器が置いてあった。
「ここから好きなものを取っていいぞ」
ダルムスにそう言われて木剣を選んだ。
ダルムスが何も取らないところを見ると、恐らく素手で戦うつもりなのだろう。
2枚目の扉を開けて中に入る。
「さて、ハンデをやろう。まず、お前の勝利条件は俺に一撃入れることだ。そして、お前は降参または戦闘不能になったら敗けだ」
身体を伸ばしたり軽く柔軟しながら話を聞いた。
(なんとなく、前世通ってた道場っぽさがあるな...)
両者が対峙する。
ダルムスは左足を後ろに出し半身になって構える。
「右リードか...」
僕はそう呟くと、左足を後ろに出し右足を前に出して姿勢を低くした。
目線は固定し相手を見る。
左足に重心をかけて腰を少し捻り手元を見えなくした。
「始め!」
ソフィアが上げた手を思いっきり振り下ろして言った。
(ダルムス所長って見るからにパワータイプだろ、初速で潰すか...)
桜花玲瓏流 居合『閑寂朧月』
ドンッ!という大きい音が遅れて聞こえ、残像のようなものが一瞬見える。
ダルムスが拳を前に打つよりも速く、木剣が首の位置まで到達した。
ダルムスは、目の前に現れた木剣を素手で弾き、体勢が崩れたところに蹴りを入れてくる。
僕は勢いよく後ろに吹き飛ばされた。
ゴロゴロと床を転がり、よろよろと立ち上がる。
唇をそっと触れる。
手に血が付いた。
顔を上げダルムスを見つめる。
「今のを止められるのか...強いな...」
自身が出せる最速の一撃をいなされた上に蹴りまで入れられたので、ダルムスという男の強さを認めるしかなかった。
ダルムスが目を見開いて訊く。
「お前...魔法を使ってないのか」
「まぁ…使い方知らないんで」
僕はそもそも、こんな子供が魔法を使えないのは当たり前の事だと思っていた。
もしかして使えるのだろうか。
そんな予感が頭をよぎる。
「今の一撃、身体強化の魔法を使えていたら、速度は上がり俺に当てられていただろう。ちなみにだが、身体強化は無属性...つまり属性が無いためソフィアも使えるし俺も今使っていた。人によって多少のバラつきはあるが基本的に素の力の1.5倍ほどが出せるぞ」
ダルムスの説明が終わる。
「…なるほど」
木剣を前に出し下段に構える。
(思い出せ...師範の剣術を...)
深く意識が落ち研ぎ澄まされていく。
無意識のうちに周囲に淡く赤い光が生まれ、木剣に集まる。
ダルムスが呟いた。
「こいつは…」
スキル発動 『鉄ノ人形』
ダルムスは再び構え直しスキルで体を鉄で覆う。
先ほどよりも姿勢が低く左肩を前に出して右手を隠している。
しかし、そんなことは僕の目に留まっていなかった。
僕の脳裏にあったのは『最速で斬る』ということだけだった。
次の瞬間、ダルムスの姿は消え自身の目の前に現れた。
ダルムスは右手に鉄の塊を集結させる。
鉄の塊は中で放電しているようでバチバチと音を立てていた。
ダルムスは僕に向けて拳を突き上げた。
拳が僕に当たるタイミングで、下段に構えた木剣を上にあげる。
そして、揺らぐように振り下ろした。
桜花玲瓏流 『月華万雷』
木剣が複数に分かれたように見えた。
鉄の塊で防ごうとしても、すり抜けて意味を成さない。
ダルムスに木剣が当たったように思えたが、体すらもすり抜けて床に当たった。
ダルムスの拳は僕に当たっており、放電した鉄の塊が僕の肋骨を砕いた。
木剣が当たった床は少し凹んでいた。
しかし、ベルが使っていた木剣はどこにも見当たらなかった。
見ていたソフィアにも何が起こったのか分からなかった。
振り下ろしている途中までは見える。
だが、床に到達した時点では見失っていた。
床に出来たキズから、おそらく当たったのだろうと思える。
いや、実際に当たったのだろう。
しかし、それを確かめる術は無い。
ソフィアは、目の前で起きた出来事から一度目を背け2人の戦いに集中することにした。
そんなことは知らずにベルは床に倒れ込んだ。
「終わりだな…もう戦えないはずだ。俺の勝利、わかっていた事だがな」
ダルムスが上から見下ろす。
僕はニヤッと笑った。
「僕の負け…本当に?」
力無く手を動かし、ダルムスを指差す。
「貴方の負けですよ」
ダルムスの首元から腹部にかけて無数の細かい亀裂が入る。
「今…何をした?」
ダルムスは血をぼたぼたと流しながら聞く。
それに対し、僕は仰向けになりながら答える。
「月華万雷は相手の攻撃を喰らいつつ、剣を振り下ろすカウンター技。振り下ろす際に細かく揺らすことで多方向から衝撃波を喰らわすんです。今まで使えなかったんですけど何とか…使えました…」
僕はそう言うと気絶してしまった。
ソフィアは急いでベルに駆け寄った。
ダルムスは後ろから風を感じ振り向く。
そこには、鉄で出来たはずの部屋に大きな亀裂が出来ていた。
隙間から風が入ってきており、対岸の崖まで少し抉れたように思える。
ダルムスの額から、ぶわっと大量の汗が流れ出る。
「ハハハ…やるじゃねぇか…認めてやるよ、森へ入るのを」
ダルムスはボソッとそう言った。
ソフィアはベルを抱き上げると2階にある医務室にまで連れて行く。
意識が朦朧としながらも、僕は目を少しだけ開けた。
医務室は質素な作りで、回復術師と呼ばれているメガネをかけた1人の女性が居た。
かろうじて保っていた意識が完全に途切れた。