第三話 嵐の星
少女は胸に手を当てながら話し出した。
「私の名前はソフィア・ローズ。こう見えても歳は20を超えていて立派に成人している。一応冒険者をしているんだけど、嵐の星…少し有名だと思うんだけど、聞いたことない?」
「聞いたこと無いです!」
ソフィアは露骨に残念そうにした。
「そっか〜ごめんね…なんか…」
「あっいや…その…聞いたことないっていうか記憶が無くて…」
「えっ!?記憶が無い?自分の名前とかも?」
ソフィアは少し驚いた後、首を傾げながら尋ねる。
「そういったのは憶えているんですけど、それ以外が全くわからないんです。気がついたら森に居て、そこからの記憶しか…」
「ふーん、森ね…どんな森だった?」
「オークっぽいのとゴブリンっぽいのは居ましたけど」
「ゴブリンとかオークはどこの森にでも居るよ」
フフッと小馬鹿にするように笑われる。
(そんなこと言われても知らないし森のこととかあんまり気にしてなかったんだよ)
顎に手を置き目を閉じて、今日あった出来事を振り返ってみる。
「ん〜、あっ!そういえば!!森で馬車が倒れてて、何人か人が死んでたんでて、その荷台に何かの花と龍が描かれた模様みたいなのがありました!!」
ようやくそれらしい特徴を思い出せた嬉しさで思わず大きな声が出た。
興奮からか少し息切れしていた。
俺の言葉を聞いた瞬間、彼女の顔から笑みが消える。
強風に煽られ彼女の髪がなびく。
その姿は、美しくもどこか悲しそうであった。
ソフィアは、しばらく俯いて黙り込んでいたが、ふとこちらを見て話始める。
「その馬車はディアメルクと呼ばれる商会のものだと思う。おそらく君が居たっていう森は『魔物の楽園』と呼ばれているレブドープ樹海だと思うよ。この大陸で最も魔物の数が多い森だ。ただ、その森は飛ぶことのできない魔物しか生息していなかったから、3000年ほど昔に大魔導神と呼ばれた1人の賢者が森の周りに崖を作って隔離したと伝わっている。それでも一部の組織や商人は立ち入ることが許されている。そんでもってディアメルク商会もその1つというわけ。森を避けて向こうへ進むには時間がかかり過ぎてしまうからね」
ソフィアは話終えると軽くため息を吐いた。
(話...めっちゃ長かったな)
俺は生気を宿していない目をソフィアに向け、そのようなことを思った。
ハッと正気に戻ったようになりソフィアに話しかける。
「あの...さっき、何でさっき黙り込んでたんですか?」
気になったので思わず聞いてしまった。
「いや...ディアメルク商会は危険地帯を走行する際に必ず護衛をつけるんだけど、私の友人で同じ冒険者の子が護衛として同行していたんだ。しかし行方不明になっていて…」
ソフィアは空を見上げた。
先ほどよりも雲が減り月明かりが差し込んだ。
「私は…その子を探しに森へ行く予定だったんだけれど、君の話が本当だとすると生きている可能性は低そうだなと思ったら少しね...」
ソフィアの目に涙が浮かぶ。
「あの森は魔物の数が多いけれど1体1体はさほど強く無い。少なくとも、あの子を殺れるほどの強さの敵なんて居ないはずなんだ...」
ソフィアは涙を拭いながら話した。
悲しみを紛らわすようにして笑みを浮かべる。
それと同時に怒りを感じたのか血が出るほど拳を強く握っていた。
「ごめんね…随分と辛気臭くなってしまった。改めて…君について名前と他に憶えていることを教えてくれるかな」
じっとソフィアの顔を見る。
「僕の名前は...」
言おうとしたところで思い留まった。
(俺の名前って素直に言う訳にはいかないよな。こっちの世界じゃ珍しくて目立つだろうから。新しい名前か...鈴木玲央だったから、単純にレオにするか?いや何か違うな。どうせなら、この顔にあった名前...)
名前を考えるために、しばらく考え込んでしまう。
その光景を、ソフィアは不思議そうにじっと見てクスッと笑っている。
俺は名前のヒントになりそうなものを思い出そうとしていた。
(今まで呼ばれてきたアダ名って、どんなのがあったかな?ママ、母上、JK、詐欺師、鈴レオ、番長...本当にロクなのがねぇな!そして何で女っぽいアダ名が多いんだ!特にママと母上に関しては、お節介焼きなところが母親っぽいって理由で、JKに関しては、よく履いていた靴下が長いからってだけだったし)
このアダ名を女子だけでなく、男子からも言われ続けて居たことが驚きである。
「えっ...?何か考え始めてから、かれこれ5分くらい経ったんだけど長くない?」
苦笑しながら思わずそんなことを呟くソフィアであった。
「何かしらの事情で言えないのなら無理に言わなくて良いわよ。名前なんてわからなくたってどうとでも呼べるから」
ソフィアはニコっと笑い、そのようなことを言った。
(そんなこと言われてもな...名前が無いと生活に色々と支障がありそうだし、ここで決めちゃいたいんだよな…そういえば、この体って目がちょっと赤いんだよな…黒っぽいルビーみたいな色...よしっ!決めた!)
考え始めてから20分以上経った時のことであった。
気づけば熟考していたらしい。
ソフィアは飽きたのか隣を流れる川で釣りをしている。
後ろからそっと近付き声をかけてみる。
「何か釣れそうですか?」
ソフィアの耳元で言う。
「……キャッ!!」
突然のことに驚きビクッとして振り向く。
そこにはニコニコしながら立っている少年が居た。
ソフィアは少し顔が赤くなりながら軽く蹴りを入れる。
「大人をからかうんじゃない!!」
「あははは、すいません時間かかっちゃって」
ソフィアはそう言って笑う目の前の少年が、先ほどと違い何かが吹きっれたように感じた。
「...なんか色々と考えてたみたいだけど大丈夫なの?」
「大丈夫です!」
力強く返答する。
「そう?ならいいんだけど」
呼吸を整えて前を向く。
胸に軽く手を添える。
「改めて…僕の名前はルーベル・フロースウッド。ベルとでも呼んでください」
ルーベルとはラテン語で赤色を意味していて、ルビーの語源でもある。
フロースはラテン語で花。
ウッドは英語で木。
ふと思い浮かんだ名前だが、我ながら良いセンスだったと思う。
「まず…なんで空から落ちてきたかなんですけど。実は……」
俺はソフィアに、見知らぬ森で目覚めたこと、オークと戦ったこと、オークに襲われたらしき馬車を見つけて荷台を物色したこと、ゴブリンと戦って逃げたこと、崖から落ちて怪鳥に攫われて上から落とされたことを前世のことと美咲のことを濁して説明した。
「よく生きてたね…普通なら死んでるよ」
少し戸惑ったような顔でそう言われる。
「そういえば、行方不明の馬車って何人乗っていたんですか?」
「5人ほどだったと思うわ」
「そうですか…もしかしたら護衛の子、生きているかもしれませんよ」
「なんでそう思うの?」
「僕の見た死体って大半がバラバラになってて、ほぼ血溜まりみたいなものだったんですけど、周りに散らばってた衣服は3枚くらいしかなかったんです。もしかしたら、まだ生きていて森に居るかもしれません。確かなことじゃないんですけど…」
「どのみち、森へは行かないといけなかったから…生きている可能性が高くなっただけでも十分助かるよ」
先程とは違い、落ち着いた眼差しでこちらを見た。
「ベルはこの後どうするつもり?このまま川を南下していけばサンクヴァイドという街があるけど」
「迷惑でなければソフィアさんに付いて行っても良いですか?」
「えっ!?普通に足でまといなんだけど…」
(もっとオブラートに包んで欲しい…)
ソフィアの言葉を聞きそんなことを考えた。
「森に着いてから道案内が出来ますし、街へ行っても身分証明とか出来るものが無いんですもん」
「そっ…そうか…よしっ!わかった!仕方ないから付いてきて良いよ」
ソフィアは負けを認めたように言った。
俺の根気勝ちである。
思わず心の中でガッツポーズしてしまった。
「じゃぁ、さっそく森に向かおうか。それと普通にソフィアでいいよ。なんか私の方が疲れるから」
夜が明け太陽が上がる。
日の光が2人に降り注ぐ。
結局、夜通し動いていたので疲れが溜まっていた。
(一人称は俺より僕の方が良いな、この顔で俺はなんか違う)
そんなことを考えながら歩く。
「あっ!そういえば」
「なに?急に」
ソフィアは後ろからの声に反応し振り向く。
「ソフィアってなんで嵐の星って呼ばれてるの?」
「…へ?」
ソフィアは動揺し言葉が詰まった。