第十六話 豪商と英雄
日差しが降り注ぎ街路樹が青々と高揚する。
歩くたびに緩やかな風が頬を撫でるようにして通り過ぎて行った。
「そこ右ね」
ソフィアが噴水の辺りを指差した。
門から続く大通りをしばらく歩いていくと噴水があり十字路になっていた。
ソフィアの言った門の方から見て噴水の右側を進んだ。
道の左右にはお店が立ち並び、種類を問わず数多くのものが売られていた。
「この道…お店多いね」
「ディアベルク商会が運営する商業ギルドが近いからね」
ソフィアが歩きならがそう言った。
しばらく歩いていくと、先ほどまでのお祭り騒ぎが消え薄暗い場所へと出た。
霧がほんのり出始め、心なしか気温が低くなったように思えた。
辺りを見回してみた。
「はぁ...相変わらずだな」
ソフィアは不機嫌そうに頭を掻きながら一歩前に出た。
正面を睨み舌を打った。
その瞬間、霧が晴れ、目の前に館が現れた。
館の門と思しき、その場所に腕組みをして立つ人物が居た。
「そうカリカリしないでよ…綺麗な顔が勿体無い」
「誰のせいだと…」
ソフィアの返答を遮るように、その女は話を始めた。
「それにしても、お前が人を連れて来るとは驚きだよ」
ネフィと女の視線が交差する。
女はニコッと微笑み話した。
「愛妹も無事そうだし、私としてはもてなしの一つでもしてやりたいところなのだけど…お前は嫌がるのよね」
「当たり前だ!後で難癖付けて金銭を巻き上げようとするに決まっているからな」
ソフィアも負けじと言った。
「大体お前は昔から私をコケにしやがって!だから、いつも喧嘩になるのよ!!」
「確かにそうね...歯応えがなさ過ぎて、つまらない喧嘩だったわ」
「なんだと!!」
ソフィアは女の肩を掴んだ。
女はソフィアの顔を目掛けて足を上げる。
ソフィアの顔に女の膝がめり込んだ。
「…グヘッ!!」
「ほら、言わんこっちゃない」
ソフィアはよろよろと後ろに下がった。
顔を押さえながら面を上げた。
鼻からぼたぼたと赤い水が垂れ地面へと吸い込まれていった。
「なんてこと!私の御尊顔に傷が!?」
「何らしくないこと言ってるの。貴女がそんな高飛車じゃないことは知ってるわよ」
女は一歩前へと出て言った。
「それとも…悪魔との戦いで気でも触れたのかしら?」
その言葉を聞き、ソフィアの表情が変わる。
ソフィアは顔に付いた血を拭った。
「なんだ…知ってたか」
女とソフィアの目があった。
「もちろん。なんたって私は、この国一の商人ですもの、情報が早いのは当たり前でしょう?」
「ところで、さっき、気でも触れたかって言ったよね」
「確かにそう言ったわよ?」
「そんなに私、気が狂ったようだったか?」
「ごめんね…お前の粗暴さは昔からのことだったけれど、産まれながらに忌み子と呼ばれ両親に捨てられたんだものね…私が浅はかだったわ…」
女は涙を浮かばせて、そのようなことを言った。
「待て!」
ソフィアがそう言った。
「分かってる…私が悪いの!ごめんなさい許してっ!!」
女もすかさずそう言った。
「待って!!」
「本当にごめんなさい…」
「…待てって言ってるだろうがー!!」
ソフィアが女に殴りかかり、女は拳をひらりと避けた。
拳は地面に当たり音を立てて崩れた。
ヒビがだんだん広がり門前には大きな穴が空いた。
ソフィアは女に向けて指を差した。
「いい加減にしろよ!誰が忌み子だ!!捨てられてもねぇわ!」
「あっれぇ〜そうだったかしら〜?」
「そうだよ!!あぁーもう!お前と話すと調子が狂う」
女は笑いながら攻撃を避け続ける。
「いや〜良かったわ〜変わってないみたいね」
「うるさい!」
「猫被ってばかりじゃ疲れるでしょ?感謝して欲しいわ」
「なんでだよ!」
女はソフィアの拳を掴み軸足を蹴って重心を下げながら思いっきり引っ張った。
「きゃっ!」
そのままソフィアを投げ地面に叩きつける。
僕はそんなソフィア達のやり取りを見て、ふと隣に立っているネフィの方を見た。
ネフィは呆然と立ち尽くし魂の抜けたような姿をしていた。
なんとなく、その開いた口の中から「私の理想が…崩れ…」という声が聞こえた気がした。
そんなネフィの姿を見た僕はすかさず彼女たちの間に割って入る。
「あのさ、その辺りにしとかない?後ろの人も困ってるみたいだし」
「後ろの人?」
ソフィアは後ろを振り向いた。
そこには、メイド服を着た白髪の女が立っていた。
左目より少し上の辺りに、化粧で薄まってはいたが水面に広がる波紋のような傷跡があった。
「貴女…クレイ!?」
ソフィアが驚いたように声を出した。
「お久しぶりですね。ソフィア様」
「なっ…何よ…その頭」
クレイと呼ばれたメイドは、今になって気付いたかの様に自分の頭を触る。
視線を女の方へと向けニコッと笑う。
「そうですね…端的に言うと日常的に受けてきたものせいですかね…」
「へぇ〜そうなんだ〜」
ソフィアはそのように答えた。
「ねぇ?アベリア…お前なら何があったのか詳しく言えるよね?」
ソフィアは少し圧をかける。
「いや〜その…」
アベリアと呼ばれた女は後退りした。
ソフィアが手を掴んだ。
「言いなさいよ」
「あのね〜私に訊かれても分からないわよ」
「え?」
「だってあれ呪いよ。学園時代の授業もロクに聞いてなかったし」
「お前、学年トップだったじゃない」
「あんなのノリと勢いよ。勉強なんてしたことないわ」
ソフィアはアベリアの顔を掴んだ。
「お前のとこのメイドなんだから、その勉強せず1位を取れた天才的な頭を使ってどうにかしなさいよ」
「私はカナンじゃないわ」
「知ってるわよ!」
ソフィアはアベリアの顔をそのまま地面へとぶつけようとした。
次の瞬間、アベリアの瞬間は無くソフィアの後ろから声がした。
「そろそろ屋敷の中に入りましょうよ」
ソフィアは驚き振り向いた。
「また…速くなった?」
「まだまだ成長途中だからね」
アベリアがふふっと笑う。
「まぁ…クレイのことはいつかカナンに見せに行くわよ」
「私は別に…さほど気にしていないのですが」
クレイのその言葉にソフィアが言う。
「ダメよ。他にも何か悪い影響があるかもしれないし、それに綺麗な髪が台無しじゃない」
「そうですか?」
「そうよ」
クレイは少し照れた。
「そろそろ中に入ろうよ〜」
ネフィが言った。
「ここ霧のせいで寒いからイヤ」
「そうね。入りましょうか」
アベリアがそう言った。
「こちらです」
クレイの案内で屋敷に入る。
(あぁ…ほんとに…空気だったな僕)
そんなことを思いながら後ろに付いて歩く。
流石は商人の屋敷と言うべきか廊下の片隅に骨董品が数多く陳列している。
「すごい数ね」
「ちょっと前までは全然無かったんだけど、隣国のトリックポヒとの国境が整備されてから向こうの品が一気に増えちゃったのよね」
「トリックポヒ?」
僕にとって聞いたことのない言葉だった。
「福祉的なものが発展していて怪我人や病人を無償で診たり孤児院とかも多くある国だよ」
ソフィアがそう言った。
「じゃあ私、この後に商談が控えてるから」
そう言ってアベリアは途中にあって階段を上がる。
「それと…ネフィはあとで私の部屋に来てね」
ネフィは静かにこくんと頷いた。
その姿を見てアベリアは少し微笑む。
しばらく歩く。
部屋の前でクレイが止まる。
「こちらの部屋をお使いください」
クレイは頭を下げて、その場を立ち去る。
「まぁ…あいつにしては良い部屋じゃない?」
ソフィアがそう言った。
部屋は2つあり、小綺麗で寝具や家具の整った端正な部屋だった。
「あのさ」
「ん?どうしたのベル」
「なんで部屋が2つなの?」
「私がここの家の者だからだよ」
ネフィがそう言った。
「アベリアはネフィも義姉なんだよ」
ソフィアがそう言った。
「えっ!?そうなんだ!」
普通に驚いた。
今になって思えば先ほど外でアベリアが言っていた気もする。
「とりあえず呼ばれてるから私行くね」
ネフィがそう言ってクレイが歩いて行った方へ歩き出す。
少しため息を吐いていたように思える。
「大丈夫かなぁ…」
思わずそう言ってしまう。
「大丈夫だと思うよ。仲良いはずだから」
「だと良いんだけどさ」
ソフィアと別れて隣の部屋に入る。
ベッドに飛び込む。
「あぁ…疲れた」
少しずつ目が閉じていく。
静かな部屋の片隅で少年は小さく眠った。




