第十四話 対話
鉄板の上に次々と肉が置かれる。
辺りにジューっと肉の焼ける音が響いた。
「ちょっとソフィア!それ何杯目よ」
「う〜ん?7杯目だけど〜」
カナンはギョッとした。
「貴女お酒弱いんだから!そのくらいでやめときなさいよ」
ソフィアが呑んでいる酒は『楊晶酒』と呼ばれていて度数が高い。
実はベルが起きる前までずっと呑んでいて、かなり酔った状態でカナンと言い争っていた。
二人のやり取りを遠くから傍観するネフィ…
そっと小さく
「ソフィア…お酒弱いのに沢山呑んだんだ……可愛いなぁ」
と呟いた。
ネフィの隣に居た僕は、いつのまにか地獄絵図になってる…などと思った。
「ガッハハハ!どんどん食えよ!お前達!」
ダルムスが淡々と肉を焼き続け、皆が食べる。
レッドリーフ肉は独特な風味で人によって好みが分かれるだろう。
脂が多く、数枚食べただけでも胃もたれしそうである。
ダルムスが僕に声をかけてきた。
「レッドリーフの肉、初めて食べたんだろ?味はどうだ?」
「美味しいですよ。ただ…だいぶ脂っこいですけど…」
「バカ言え!それが良いんだよ」
ダルムスが高笑いしながら肩を叩いてきた。
どうやら、お酒を飲んでいるらしく顔が少し赤くなっている。
カナンが煙草に火を点けながら言った。
「ソフィアはこれからどうするつもり?」
ソフィアは軽く微笑み、手元でフォークを回しながら話す。
「とりあえずギルドへ戻るつもり。ベルの身分証も作らないとだしね。その後は、アイツについてテアトルムに戻って調べてみる。もしかしたら、悪魔との関係が分かるかもしれないからね」
「なるほど…それにしても、あの落第寸前だったソフィアが今や全魔法使いの頂点とも言えるテアトルムの一員なんてね。世の中何が起きるかわからないわ〜」
カナンはフフッと笑いそう言った。
(ソフィア…酔ってたのか、どうりでテンションがおかしかったんだな……)
僕がそう思っていると、カナンに声をかけられる。
「そう言えば、ベルのスキルは何だったの?使ったんでしょ?悪魔と戦った時に」
「……相手の魔力を利用して魔法を使うスキルかな?」
その話を聞きソフィアは考える。
(他人の魔力を使って魔法を行うなんて、スキルをもってしても不可能に近い。それを実際にやってのけたベルは…人とはまた別の存在なのでは?)
本来人間は魔力を持たない……しかし現在、誰もが魔力を持ち魔法を行使している。
その理由は、世界中に存在している魔力がここ1000年で増え続けていて、自然と魔力を取り込んでしまい、人が魔力に適した身体を持つようになったからだ。
身体に取り込まれた魔力はそれぞれの人に合った形に進化し個人的なものへと姿を変えた。
人によって魔力の形が変わり魔法を使う際には、自身に合った魔力でないと反発し使用できないということである。
自然から新たに魔力を取り込むことも出来るが適応させるのにかなりの時間を要する。
ソフィアはその事を踏まえ、ベルが他者の魔力を使ったことに違和感を覚えたのだ。
「なるほど…それなら私と戦ってみようか!!」
突然のソフィアの言葉に僕は理解が追いつかない。
「えっ?なんで!?」
「いやさ、自分でもどんなスキルなのかイマイチ分かってなさそうだったから、使ってみれば分かるかな〜って思ったんだけど」
さも当たり前のように話すソフィアに対して、若干の恐怖を覚えるが一理あると思った。
「流石にソフィアと戦うなんて無理があるよ!それに、なんか今スキル使えないし!!」
「えっ!?」
ベルの言葉にネフィ以外の全員が驚く。
「なんでもっと早く言わなかったんだっ!!」
カナンはそう言ってベルを小突く。
後ろの方でダルムスが笑い、ネフィは酒瓶を抱いて寝ている。
「言うタイミングが無かったんだよ!!目の前で口喧嘩されるわ、食材運びを手伝わされるわ」
「いやいや、食材運びは進んでやってたでしょ!!」
「ぐっ……」
「はぁ…まぁいいわ。スキルなんて今の魔術や医学じゃどうにもできないし。ヘタにどうこうするより自然任せるのが一番だからね」
カナンが呆れ口調でそう言った。
ソフィアは後ろを向いてギョッとする。
「ネフィが…お酒飲んでる」
その言葉を聞きカナンが、マジか!と言いたげな顔でネフィに近づく。
カナンはネフィの腕を上げて背中に自身の腕を回した。
そのまま持ち上げて立ち上がった。
「ったく。こうなると中々起きないんだよなぁ」
「まぁ仕方ない。ネフィが起きたら出発しよっか」
ソフィアは笑いながらそう話した。
そんなこんなで時間が経ち、僕とネフィ、それとソフィアの3人は『サンクヴァイド』にある冒険者ギルドを目指して出発する。
「んじゃ、道中気をつけてね」
声のする方を振り返ると気怠そうに手を振るカナンの姿があった。
「あれ?ダルムスさんはー?」
ソフィアがカナンに訊ねる。
「所長なら仕事!!ああ見えて忙しいんだよ」
「なるほど、それじゃ見送りに来てくれたカナンは仕事の無い暇人だって訳か!」
「暇じゃねーよ!!忙しいわ!!」
その言葉を聞きソフィアは笑う。
「じゃっ!元気で!!」
二人のやり取りを聞いたネフィが鼻血を出す。
(なんでこの人鼻血出してるんだ!?)
僕は余計に不安になった。
ソフィアが鼻血に気付きネフィの血を拭う。
ネフィは赤面になり硬直していた。
「まぁ気ままに歩いて行こうか」
僕はカナンに軽くお辞儀しソフィア達の方へと歩いていく。
ーーーーーーーーーー
「はぁ…あの子が居なくなってちょうど10日か」
ベッドの上に座る少女が呟く。
扉の方からコンコンと音が鳴った。
「入って良いわ。クレイ」
「失礼します」
そう言って1人のメイドが音を立てずに部屋に入る。
「妹様が見つかったそうで、冒険者ギルドから使者がお見えになりました」
その言葉を聞き少女はため息を吐きながら答える。
「すぐに行くわ。着替えを用意してちょうだい」
用意された着替えは、落ち着いた黒いドレスで、様々な模様のレースがあしらわれている。
少女は早々にドレスに着替えて、客間へと向かう。
客間には、白い服を身にまとい、金色の紋様が大々的に刺繍された黒いマントを羽織った背丈180cmほどの男が座っていた。
「冒険者ギルドからの使者とは聞いていましたけど、まさか貴方とは…サンクヴァイド支部冒険者統括『レグルス・アーケオス』殿」
「…わずか4年で巨万の富を築き上げた豪商『アベリア・インヴィターレ』様の妹君が行方不明になっていたのです。冒険者ギルドの責任者として私が訪れるのが筋ってものでしょう」
2人が言葉を介した瞬間、場の空気がピリつく。
少女はゆっくりと腰を下ろした。
「あの子、レブドープ樹海で護衛の依頼があったはずですけど、どうなったのです?」
「依頼は失敗。ネフィ以外の皆死んだそうです」
「レブドープ樹海にはCランクほどの魔物しか居ないはず…あの子が負けるわけがないわ」
「変異種…レブドープ樹海で確認されたそうです。もっとも、モメント橋のダルムス所長から連絡が入ったのはついさっきのことですが」
少女は、はぁーっとため息を吐く。
「そろそろ本題に入ってもらっても?貴方のことだから、そんな些末な事を言いに来たのじゃないでしょう?」
その言葉を聞き男は気まずそうに頭を掻く。
「ネフィは貴方の妹でしょう?もっと心配しているものかと…事の経緯を説明しようと思っていたのですが…それを些末なものと言われてしまうとは……」
「そうですね…可愛い義妹ですよ」
少女はニコッと笑い話す。
「ただ、あの子は並外れた生命力だけが取り柄ですから」
(なるほど…この歳で豪商と呼ばれるだけのことはある。この私を前にして物怖じせずに話が出来るとは、並の人間ならば萎縮して会話が続かないのだが)
「なるほど」
男は微笑しながら言った。
「では…本題へと行きましょうか」
男の顔は先ほどより強張り想像以上に重要な話だと分かる。
「レブドープ樹海で起きた一件…実は単なる変異種による暴走じゃない」
「というと?」
「裏に悪魔が居たんです。こちら側での顕現は実に200年」
「悪魔ですか…」
「ここだけの話、今代の王は気が弱くて困ってしまう。悪魔と聞くや否や、殺されるだの国が滅ぶなどと叫び宰相に泣きつく始末で…」
「それが普通の反応では?200年前、大陸の魔導師達が束になっても敵わなかったと聞きますし。王は今16歳と聞きます。経験が足りないのでしょう」
「しかし、王が国を束ねる存在である以上、自らの発言に責任を持ち、気を強く威厳ある姿を見せてもらいたいものだ」
「…悪魔のその後はどうなったのですか?」
「悪魔はソフィアとの戦いに負け逃げたそうだ」
少女は微笑みながら話した。
「そうですか…ソフィアが」
「確か学友でしたかな?」
少女はボソっと懐かしそうに呟いた
「えぇ、あの頃は本当に楽しかったんですよ。将来のことなど全く考えないで好きな事を自由にやっていた頃が…」
男はその様子をじっと見つめる。
「それで結局は何をおっしゃいたかったのですか?」
「ん?あぁそうだそうだ。王に頼まれた宰相が出した案がな、『ソフィア・ローズ』『カナン・シンドラーナ』そして貴女の三名を6年前の偽皇戦争の英雄として軍に迎えることになったので、その話をしにきたのだ」
「嫌ですよ」
「ん?なぜだ?」
「軍には行きません。まして、英雄などと呼ばれる筋合いはありませんし、あの戦争はそちらの不手際が招いたものです」
「ルシアのことか…どこまで知っている?」
男の視線が強くなる。
「さぁ?貴方に話せるような事は何も」
少女はニコッと笑っていたものの、その瞳の奥は沸々と透明な殺意に塗れていた。
「この国を敵に回すつもりか?」
「さぁ?それはそちらの出方次第」
「勝機があると?」
「この国の物流の8割が私の元にあることをお忘れ無く」
「武力で制圧という手もあるが?」
「…私が居る。それだけで十分対抗できると思います」
「自身を随分と過大に評価しているのだな…だが、こちらにはソフィアが居る」
「お生憎様、ただの一度もあいつに負けた事は無いわ。それに…あいつはモノの善悪が区別できる…貴公と違ってな。あいつは聡いよ。この国の手駒としては動かないだろうね」
互いに睨み合いが続き話が止まる。
「まぁ、今日のところは帰りますよ。それと、先ほどの…偽皇戦争のことについては何も聞かなかったことにします」
「それが利口ね。この場で下手に話を続けていたらクレイに殺されていたから」
「…クレイ?」
男は気付く。
目の前に居る少女と対談を始めた時から、自分の喉元にメイドの持つ短刀が当たっていることに。
「…驚いた。いつからだ?」
男は自分の背後に立つメイドに訊ねる。
しかし、メイドは何も話さず黙っているだけである。
「もう帰るそうだから、クレイ、放しなさい」
その言葉を聞きメイドは不服そうに手を離す。
「いやはや、全く末恐ろしい。最近の者は血の気が多くて敵わんよ」
そう言うと男は立ち上がって軽く一礼お辞儀をすると退室していった。
「ふふっ、冒険者の中でもかなりの実力者のはずだが…随分と老いたね。あれならネフィでも勝てるよ」
少女は口元に手を当て不敵に笑う。
「それにしても…クレイは気が早いね」
「お嬢様の敵となりそうだったので早めに消しておこうかと…」
「それは早計だね。あの手の人間はこちらの出方によってはそこそこ使える駒になる」
そう言って少女は立ち上がった。
「それにしても疲れちゃった。自室に戻ったらお茶にしてくれる?」
「かしこまりました」
「あっ!それと、近いうちに人を泊めることになりそうだから、2階の余ってる部屋を掃除しておいて」
「誰か来る予定でもあるので?」
「いや…ただの感かな?でもね、それは何らかの必然性を持っていると思うんだ。ネフィが見つかったその時から、ギルマスが屋敷に来たこと、軍から招集がかかったこと、全てにおいて一つの道筋として繋がっているんだよ。それを読み解き考えた時、初めて一つの予測として成り立つ。今回もそんな感じだよ。感じるんだ。新たな時代の風雲児の存在を…」
「なるほど…では、そのように」
「こういう時のクレイは頼りになるね」
「普段が頼りないみたいな言い方はやめてください」
「ごめんごめん!!頼りにしてるぞ!メイド長」
クレイと呼ばれているメイドの肩をポンっと叩き、少女は客間から出ていった。
「もう6年…時代の流れは早いね…偽皇戦争だなんて大層な名をつけられてさ」
少女は上を向いて呟く。
「ねぇ?ルシア…貴女ならこの国をどう憂う?」
ーーーーーーーーーー
その一方でソフィア達は
「すいませんでした!!姐さん!!!」
盗賊たちに土下座されていた。
僕らは呆気に取られ茫然と立ち尽くす。
そんなことなど気にも留めず、話を始める。
「あっしら元々こんなんじゃ無かったんですよ!あんのバカ領主のせいで収入が減るわ減るわで、暮しに支障が出るんで有志を募って、この街道を通る人達から荷物を奪って売っ払う仕事をしてるんすよ」
「それを仕事とは言えないんじゃないかな?」
盗賊の頭にネフィがズバッと言った。
その言葉を聞き頭は泣き崩れる。
「あっ!ひでぇ!!お頭に正論を叩きつけるだなんて、ナメクジに塩を投げつけるのと同じだぜ!」
(どんな例えだよ)
僕は心の中でそう思った。
「ったく…なんでこんなことに」
ソフィアは頭を抱えてそのような事を言った。




