始まりは突然に
この小説は「中二病」メインというよりは「王道×現実」というのが正解です。
中二病は主人公が(略)ぐらいだと思われます。
王道を馬鹿にしているわけではなく、ただ現実とか考えたら面白いんじゃないかというマイナー思考の賜物です。
総ツッコミ小説ともいえます。
箸休めにどうぞ。
生と死は明暗に通ずる。
即ち、明暗を行き来することは擬似的に死と生を往復することであり、生と死を体験するということは「世界を救う」上で必要な資質の一つである。
だから 少年は瞬きをする。
目を開ける、閉じる、開けるを繰り返す。
「……ちぇっ」
舌打ちをして立ち上がった。
「ああ……俺の力を求めている世界が今日もあるはずなのに……」
窓の外を見下ろしながら呟いた少年は、もう一度溜息をつくとぼさぼさの黒髪をかき回しながら欠伸をした。
それから澄み切った空を見上げる。毎朝の恒例行事はもう少し続く。
「また今日も虚構と現実の狭間の憂鬱で無意味な日々が始まるのか……」
フッ、と淡い笑みを浮かべてから、少年は踵を返す。とは言っても、外に出るわけではない。
机の上に置いてある電波時計には、時間だけではなくちゃんと曜日まで表示されているのだ。
今日は「土曜」、学校は立派に休みである。
「慎治ー! 起きてるならご飯食べなさーい!」
階下から響いた母親の声に、少年、慎治は流し目を送った。もっとも部屋には彼しか居ないが。
「母上……休日の穏やかな朝日を浴びているオレの時間を邪魔するなど、浅はかな……大体、俺の名前はシンジなどというダサい名前じゃない。シンだ、シン」
そう言いながら、彼の身体はベッドに再ダイブしていた。
話が進まないので割愛して説明しよう。
彼、少年、この話の主人公、名前は佐藤慎治と言う。なお現在は二度寝を決め込んでいる真っ最中だ。もちろんシンなどというカタカナ名ではない。
慎治はどこにでもいる普通の、ごくごく普通の中学二年生である。
ただ、彼は、少しばかり――
「ああ世界! 早く俺に助けを求めてくれよ! すぐに飛んでいくのに! こんな退屈な日常なんかいやだー!」
少しばかり、病気だった。
「あー、ヤダヤダ、体裁にしか興味がない親も無邪気に見せかけて実は残酷な妹もヤダヤダ」
ブツブツ呟きながら、慎治は布団の中にごそごそと潜る。
「やっぱ勇者だけじゃだめなのか、でもヒロインは現地調達が基本だしなあ」
その後も慎治は、やっぱり剣道部をやめるんじゃなかったとか、素振りは欠かしていないのにとか、乗馬とか習ったほうがいいんだろうか。等々、十年後の自分が見たら憤死しそうな戯言を呟きながら、うとりうとりと眠りに落ちていく。
彼がレム睡眠に入って行った頃、推定六畳の部屋に異変が起きた。
『勇者よ……』
響いた声に、慎治は瞬時に起床する。
「うわっ!?」
慌てふためいた所為でベッドから転がり落ちたが、そんな事はどうでもいいだろう。
落ちた床の上で、慎治は空を見上げる。
彼の目が、大きく見開かれた。
『勇者よ……力を貸してください……』
この部屋が立方体だと仮定するとちょうどその中央。
端的に言えば、ベッドに転がり落ちた慎治のちょうど真上にそのおぼろげに光る物体は登場していた。
「おう! まかせとけ!」
日ごろ妄想空想心構えを欠かさない慎治はすぐに笑顔で反応する。常人には真似できまい。
「囚われの姫を助けるのか? ドラゴン退治? そ、それとも……」
これ以上ないほど目を輝かせた慎治に、光る物体、まるで小さい女性のように見えるそれは、こう答えた。
『世界を……世界を救ってください』
「よっしゃ来たァ!!」
歓声を上げて慎治は飛び上がる。
念願の世界だ、勇者の出番だ。
「どこにでも行くぜ! どんな世界だ? 魔王が君臨してるのか? 魔物ばっかりなのか?」
『勇者よ……』
「こんな退屈な日常とはおさらばだぜ!!」
はしゃいでいる慎治の前で、光は言った。
それは結構無残で残酷で、そして酷い一言だった。全部同じか。
『この世界を救ってください』
「はい!?」
慎治の反応は正しい。
『この世界を救ってください……勇者よ』
「え、この世界!? ここ? 今俺がいる、ここ?」
『そうです……』
そう注げならが、光は頼りなさげにふよふよ揺れる。女性の形を取っているので、視線が空をさ迷う様も再現されている。どうやら、かなり困惑しているようだ。
「……そうだ、この世界が一番腐敗が進み光の助けを必要としているじゃないか!」
グッ、と拳を握り締めて、慎治は光を見上げながら立ち上がる。
「任せとけ!!」
『……貴方には、サポートをつけます。仲間を探し、魔王を倒すのです……』
「おおおおっ!!」
燃えてきたぁ~っ! と叫んだ慎治の前から光はゆっくりと消えていく。
相変わらず左右上下に忙しく視線を走らせていた光が消えると、そこにはふよんと浮かぶ小柄な…………どこからどう見ても妖精がいた。
「はじめましてぇ、ご主人さま」
へにゃりと笑ったのは、身長精々十五センチの小人、もとい妖精であった。全長はもうちょっとあるかもしれない、羽のおかげで。
流石にあっけに取られた慎治の鼻の先を羽ばたきながら、妖精はくるっと回ってみせる。
「サポートをするネージュですの。新米妖精なので、よろしくお願いしますですの」
「……お、オレは勇者のしん……シンだ! シン!」
「シン様ですの。よろしくですの」
ふよっと漂ってきたネージュへ慎治は手を差し出す。
「よろしくなネージュ」
「はいですの」
ふわりと笑ったネージュは、ツインテールの髪をひらひらさせながら慎治の手の上に着地する。着ているのはいわゆる妖精が着ていそうなレオタードである。太ももの半ばぐらいまでしか足を隠していないその装束は、なんとも「らしい」格好である。
「ご主人さまはぁ、これからどうするのですの?」
少し舌足らずな話し方をするネージュを手の平に載せたまま、うーんと慎治は首を捻る。
次の指示がなかったので考えあぐねているのだろう。
ネージュの存在に疑問を抱くのが先ではないだろうか。
しばらく首を捻ってから、そうだと無闇に明るい声をあげた。
「どうするんですのご主人さま」
「外に出て悪を見つける!」
「いい考えですの」
「じゃあ行くぞ、勇者の第一歩だ」
「第一歩ですの!」
楽しそうにネージュが笑い、楽しそうに慎治も笑う。
二人は仲良く、部屋の扉を出て行った。
蛇足かもしれないが、慎治は寝巻きのままである。
多分、すぐに戻ってくる羽目になるのだろう。どうか玄関を出る前に気がついてほしい。
「兄ちゃんパジャマだっさぁーい!」
「うううううるさい黙れ! こ、これは新しいファションだ!」
「兄ちゃんバカでしょ」
「うわぁああああああん」
ほら。
ついに始動してしまいました。
のんびり更新していこうと思います。