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出来損ないと呼ばれた妹の私、実は最強の呪術師であることを隠していたせいで皇子殿下の相棒になりました。でも結婚して皇后になるなんて予想外です!


「あなたは本当にダメね、桃花(とうか)。少しは紅梅(こうばい)を見習ったら?


 母が冷たく言う。


 両親の小言はいつものことだ。十五歳の桃花はあくびを噛み殺した。

 その態度を見て、激昂した父が桃花を平手打ちする。


 暴力にも慣れた。


「無能な上に態度が悪いとは救いようがないな」


 吐き捨てるように父が言う。

 

 二つ年上の姉、紅梅も桃花を冷たく蔑むような目で見ていた。


「朱家に生まれたのに、呪力が欠片もないなんてありえないわ」


 そう。桃花が生まれたのは、呪術師の家だ。朱家は表向きは家柄の良い名門貴族ということで知られる。


 清河劉氏、南陽王氏、魏郡李氏、そして桜蘭朱氏からなる斉東四大貴族の一つだ。この大いなる帝国で、皇帝の家よりも古い歴史を誇る名族である。


 だが、裏の顔がある。朱氏は神話の時代から続く呪術師の一族だった。

 災いから人々を守り、皇家に仕える。それが朱氏の役割だった。


 そうであるからこそ、相次ぐ戦乱で二十もの王朝が滅び、千年の歴史を経ても朱家は必要とされ、生き延びてきたのだ。


 そして、紅梅は呪術師としての力を受け継ぎ、桃花は受け継がなかった。少なくとも、そう思われている。

 それだけのことだ。


 だから、両親は紅梅を可愛がり、桃花を無能な穀潰しだと言ってはばからない。見た目も紅梅は色素の薄い髪が印象的な美少女で、従順な性格。一方の桃花も容姿は優れていると自分では思っているが、紅梅には及ばない。性格もひねくれている自覚がある。


 だが――。


「いまどき呪術なんて流行らないわ。皇上陛下からのお召しがないのも、それが理由でしょう?」


 桃花の言葉に、両親も姉の紅梅も黙ってしまう。


 戦乱の中、現王朝、衛王朝が創始されてから八年。初代にして現・皇帝である周文淵(しゅう ぶんえん)は、朱家を冷遇していた。


 皇帝は合理主義者であり、また建国の立役者である第二皇子も同じだった。

 だから、前王朝の斉国と異なり、呪術師に出番はないのだ。


 紅梅が顔を赤らめる。


「きっとお召しがあるはずよ。私たちなしで、成り上がり者の皇家が国を守れるはずがないわ」


 もし皇帝やその忠臣に聞かれれば、不敬の罪に問われかねない発言だ。

 だが、朱家は皇帝よりも名門だという自負がある。


(そんな誇り、何の意味もないのにね)


 桃花は口に出さなかった。面倒だからだ。衛国の皇家である周氏は、先々代の王朝の軍閥出身だ。秦西貴族(しんせいきぞく)という、二流の家柄である。

 

 だが、結局のところ、勝つのは強い者――そして、民の心を掴んだものだ。皇帝になるのは家柄が良いものでもなければ、呪術が使えるものでもない。


 両親も紅梅もくだらない傲慢さを抱えて何者にもなれず、死んでいくのだ。

 

(そして、きっとわたしも……)

 

 遠からず、私は他家の妻として差し出されるだろう。莫大な結婚資金と引き換えに。名門貴族たちは、自分の娘を富裕な家に「売る」のだ。相手の家は自分の家に箔をつけるために、名門貴族の娘を買い、妻とする。


 そこに愛情などあるはずもない。


 桃花は誰にも期待などしていなかった。


 そのときだった。

 屋敷の門の方から、馬の鳴く声がした。


 両親と紅梅は顔を見合わせる。

 桃花は立ち上がって、門の方へと向かった。


「待ちなさい、桃花」


 紅梅が声をかけるが、桃花は止まらない。


「雑用はわたしの役目なんでしょ?」


 そう言って、桃花が屋敷に出迎える。数代前の王朝では女性は家の外に出るのもはしたないとされていたが、長引く戦乱のなかでそういう風習もなくなった。


 特に現王朝の皇帝は、遡れば北方遊牧民族の子孫でもある。遊牧民は女性が自由奔放なことで有名だ。


 そして、来客を出迎えるのは使用人ではなく、家族の誰かだ。なので、桃花ということになる。


 さて、その門にいたのは、問題の衛国皇家の人間だった。

 後ろからやってきた両親と紅梅が絶句している。

 

「朱家の者で間違いないか?」


 二十代後半ぐらいの青年が馬から降り、桃花を見下ろしていた。

 遊牧民族の特徴である金色の髪が美しい。瞳も黄金色に輝いている。


 まるで神話や史書で称えられる美男かのように、美しい顔立ちをしている。


「あなたは……?」


 桃花は思わず尋ねる。答えは予想がついていた。

 青年は微笑んだ。


「申し遅れた。俺は周世民。この国の第二皇子だ」


 やはり、と桃花は思う。存在感が違う。

 周世民(しゅう せいみん)。皇帝の次男で、「英雄皇子」とも呼ばれる。


 前王朝に対して反旗を翻し、各地の群雄を倒した功績は世民のものだ。皇帝や皇太子と比べて、圧倒的な実績がある。


 人望もあるし、英邁の誉れ高い。

 だからこそ、皇太子を差し置いて、次期皇帝になるかもしれないともささやかれている。


 そんな彼が、朱家に何の用だろう。

 もしかすると帝位継承の策謀のための協力を求めに来たのかもしれない。


 皇太子派と世民派は激しく争っていると聞く。

 名門の朱家が味方につけば、権威だけはあるから、世民に有利に働くのは間違いない。


 だが、世民が言い出したのは意外なことだった。


「朱家の娘を私の妃として貰い受けたい」


 えっ、と両親が声を上げる。

 

「ま、まさか殿下にうちの紅梅を……?」


 母親が言うのを聞いて、桃花はため息を付く。

 

(私だって、娘なんだけど……)

 

 だが、選ばれるのだとすれば、紅梅だろう。桃花もそう思っていた。世間で、朱家の華、容姿端麗、才色兼備の美少女として知られているのは、紅梅の方だ。


 わざわざ朱家に妃をもらいにきたのが、噂を聞いたことによるなら、紅梅の方で間違いない。

 ところが、世民は意外なことを言い出した。


「桃花という娘はどちらだ?」


「わ、わたしですが……?」


「ああ、なら君を妃にする」


 あっさりと世民は言い、みな驚いた。

 もちろん、桃花自身も。


「どうして、わたしなんですか?」


「気に入ったから、じゃダメか?」


「信じられません」


「不満があるのか?」


 そういうわけでもない。英雄と名高い皇子、しかも、美形。


 そんな世民となら、結婚したい女性が多数派だろう。

 しかも、いまのところ世民には妃が一人もいないと聞くし、寵愛を争う心配もない。


 だが、そんな世俗的なことは桃花にとってはどうでもよかった。


(つまり、これで両親や紅梅を見返せるのよね?)


 振り返ると、両親や紅梅はとんでもない顔をしている。

 なんでおまえが、という顔だ。


 世民が手を差し出したので、桃花はその手を握り返した。

 固く大きい手だ。これが英雄の、皇族の手なのか、と思う。


「本当に、わたしを妃にしてくれるのですね? 紅梅、つまり、わたしの姉ではなく?」


「ああ。これでも人を見る目はたしかなんだよ。だから、ここまで成り上がった」


「皇子殿下ですものね」


「十年前はただのクソガキだった」


 その頃はまだ、前王朝の時代だった。世民もただの二流貴族の息子であり、何者でもなかったわけだ。

 今の桃花と同じで。


 だが、世民は桃花を自分の妃にするという。

 下手をしたら、皇后になるかもしれない地位だ。

 

 彼が何を考えているかは知らない。


(でも、わたしが何者かになるためには、この手を握るしかない)


 桃花は覚悟を決めて、世民の隣にいることにした。





「それで、私を妃にするなんて、本当のところはどういう事情があったんですか?」


「君も遠慮なく聞くなあ」


 桃花のあけすけな言葉に、世民は苦笑した。


「つまり、名族の朱家出身である君には、俺とともに、この帝国を支える働きをしてもらいたいわけだ」


 世民は言うと、酒をあおった。さすが美形。盃から飲み干す姿も美しく見える。


 秦王、尚書令、天策上将という地位を兼ねる第二王子、周世民。彼は特別に宮殿を構えている。


 玉華宮と呼ばれるその宮は、皇帝自身の住む皇宮の北に位置する。

 その宮殿、世民の寝室に桃花はいた。


 男性の寝室にいる、ということが桃花を落ち着かなくさせる。


「帝国を支える、なんて建前ですよね。それに、いきなり寝室なんて……」


「君は俺の妃だ。何もおかしいことはあるまい?」


「本当に妃にするつもりがあるなら、ですけど」


「もちろんあるさ。そこに君の価値がある」


「私の価値は私が決めます」


 桃花が言うと、世民は目を丸くした。

 少し直截的な言い方をしすぎただろうか。相手は皇帝の息子だ。

 怒りを買えば、文字通り首が飛ぶ。桃花は後悔した。


 だが、世民は愉快そうに笑った。


「そのとおりだ。俺の価値も俺が決める」


「私は何者でもありませんが、殿下は英邁にして武勇の誉れが高い方。どうして自分で自分の価値を決める必要があるのでしょうか?」


「俺も何者でもないさ。皇帝になるまでは」


 桃花はどきりとする。皇帝。

 今の世民は第二皇子にすぎない。どれほど功績があっても、位が高くても、兄である皇太子がいる。


 皇太子、周建成(しゅう けんせい)は評判の良い人間ではない。残虐で貪欲。狩猟と賭博に明け暮れ、諌める臣下を殺し、市民の妻を奪う。


 その放蕩と悪行には現皇帝も閉口しているが、それでも先に生まれたという一点において、建成の次期皇帝の地位は揺らがない。


 世民が皇帝になる、と口にするのは反逆行為に近い。


「どうして今日会ったばかりの私に、そのようなことをおっしゃるのですか。私が密告すれば――」


「するのか?」


 そう問われると、別段、桃花にはそうする義務もなければ理由もない。

 罠でないのだとすれば、桃花は世民の妃になるわけで、世民が偉くなってくれた方が得である。


 紅梅と両親を見返すためにも。

 だが、本当にそれでいいのだろうか?


(この皇子殿下は、心が読めないわ)


 何を考えているか、まるでわからない。

 しかし、妃になることの拒否権はなさそうだ。

 

 それに、桃花は世民の手を掴んでしまった。

 世民はにやりと笑う。


「君は呪術師だろう?」


「……わたしを妃にしたのは、それが理由ですか?」


「まさか。君の美貌に一目惚れしたからだ」


「お戯れを。わたしより美しい女性を、殿下ならいくらでも見つけることができるでしょう」


「いや、君は美しいと思うが」


「まさか」


「少なくとも、俺は気に入っている」


 そう言われて、桃花は戸惑った。たしかに、自分でも可愛い方だと思っているが、十五の小娘にすぎないし、紅梅に比べれば劣る。

 だが、世民はお世辞を言っているわけではなさそうだ。彼はお世辞など不要な身分なのだから。


 もちろん、桃花を妃にしたのは別の理由があるが、桃花を美しいという心に嘘はないのだろう。


 桃花は自分の頬が熱くなるのを感じ、慌てて話題を変えることにした。


「呪術師といっても、わたしは落ちこぼれです。姉の紅梅と違って、簡単な術しか使えません。とても殿下のお役に立てるとは思えません」


「それは嘘だな。君は姉の紅梅より優秀だ。君の家の元使用人が、玉華宮で働いている。宝明月というのだけれど」

 

 明月というのは、かつて桃花の世話係をしていた女性だ。桃花は姉のように慕っていたが、母の機嫌を損ね、追い出されたのだった。


 彼女が玉華宮にいるのか、と桃花は目を見開く。


「本当は姉の紅梅より、いや、朱家の誰よりも強い呪力を持つのに、君は黙っていた。なぜだ?」


「……隠しても無駄なようですね。面倒事が嫌いだからです。私が十三のときに、今の力は覚醒しました。でも、それを両親に言えば……」


 利用されるに決まっている。桃花を見下し、嫌悪し、蔑んだ両親。彼らのために、桃花が力を使う義理はない。


 だから、黙っていた。そして、この先も桃花は世民の妃となっても、朱家に便宜を図ることはないだろう。


「君のその力を使って、俺を助けてほしいんだ」

 

「最初からその本音をおっしゃってくださればよいのに」


「最初から本音を言うほど、俺は厚顔無恥じゃない。それに、君を気に入ったのは本当だぜ。その物言い、面白い」


「妃ではなく、珍獣のような扱いですね」


「もちろん、娶るのだから、妃として扱うさ」


 そう言うと、世民は身体を起こし、ぐいと桃花に迫った。

 一瞬で小柄な桃花は押し倒されてしまう。


(そ、そんな急に……)


 妃になる、というのは妻になるということで。

 こういうことをされることも想像していなかったわけではない。


 けれど、心の準備ができていなかった。

 何者でもなかった自分が、英雄とされる皇子に求められる。


 そのことが現実感を失わせる。

 世民の顔が、桃花の顔の間近に迫り……そして、彼は微笑んだ。。


「強気な表情ばかりじゃなくて、そんな顔もできるんだな」

  

 そして、世民は桃花を放してしまう。

 ぽかんと、する桃花に、世民はくすくすと笑った。


「そんなに固くなるなよ。ほんの冗談だ」


「なっ、なっ、なんですって!?」


「そういうことは、ちゃんとした婚礼を挙げた後だ。それより君にはやってもらわないといけないことがある」


「な、納得いきません! だいたい、殿下は私を利用するおつもりなのですよね。その見返りは?」


「皇后の地位。それでどうだ?」


 皇后。

 皇帝が万民の父なら、皇后は万民の母。皇帝とともに、この帝国では崇高にして不可侵の存在だ。


 もし桃花が皇后になったら。

 両親や紅梅が悔しがる姿が目に浮かぶようだ。


「裏切らないと約束くださいね」


「指切りしてもいいぞ」


「子供じゃあるまいし」


「君は子供だろ」


 子供だと言われて、なぜだか無性に腹が立った。さっきは押し倒そうとしたくせに。


「では、お願いします」


 桃花がぶっきらぼうに言うと、世民は苦笑して桃花の小指に自分の小指を絡ませた。

 自分の小さな小指と、世民の固く大きな小指を桃花は見比べる。


 彼の手は、多くの人を殺戮してきたはずだ。

 戦乱の時代を治めるためにそれは必要なことだったのだと思う。


 そんな彼の手に、自分の手が役に立つことはあるのだろうか。


「殿下はどうして皇帝になりたいのですか? 金、女、名誉?」


「女だと答えたらどうするんだ?」


「この場でしばきます」


「それは困る」


 世民はひとしきり笑ったあと、真顔になる。


「俺の名前の由来を知っているか?」


「世民の意味、ですか? たしか……」


「世を(すく)い、民を(やす)んじる。生まれたときから、俺はこの世を救うために生きてきたのさ」


 世民の言葉に、桃花は自分の知らない風景を見せられた気がした。





「それで、具体的には私に何をせよ、と?」


 宮廷への参内の道を、桃花は世民とともに歩いていた。後ろには五十人もの護衛がいる。あまりにも多い。


 それには事情があった。


 まず、世民にせよ、皇太子・周建成にせよ、皇帝とは別の宮殿に住んでいる。


 彼らはなにかあれば、皇帝に呼びつけられる立場にある。


 そして、今日がその日であった。皇太子は世民を誣告……つまり、事実無根の中傷を行い、謀反の企みありと上奏した。


 その取り調べのため、世民と皇太子は召喚されたのだ。緊迫した空気に包まれている。


 そして、この機会に世民は一気に片を付けるつもりだという。


「我々も建成側も、少人数で参内することになる。そこで建成とその取り巻きを一気に捕縛する」


 そして、皇帝に退位を迫り、世民が皇帝へと即位する。


「それ、本当に謀反じゃないですか?」


「人聞きの悪いことを言うな。戦場で大事なのは三十六計よりも、先手必勝ということだよ」


 同じことだと思ったが、桃花は口には出さなかった。

 いずれにせよ、皇太子が即位すれば暴政を敷くのは間違いない。皇太子側が世民を暗殺しようとした事件も過去二度も起きている。


 これは正当な防衛である。


 そこで、桃花の出番だ。

 皇太子一派には呪術師がいる。呪術師を用い、世民の呪殺を目論んだこともあるという。その力を押さえ、万一に備えるのが桃花の役目。


 純粋な武力であれば、世民側に利がある。世民自身も世民の部下も歴戦の精鋭揃いだ。


 だが、そこに呪術師が絡むと別だ。

 しかも、世民によれば、新たに優秀な呪術師を皇太子は召し抱えたらしい。


 勝てるだろうか? いや、勝てるはずだ。


「来たぞ」


 世民が言う。宮廷への入口、玄武門の上に世民の部下が矢を構えている。

 門に向かって、皇太子が歩いてきた。いくら皇太子でも、皇帝の住処に入るには下馬する必要がある。


 皇太子は太った三十代半ばの男だった。世民と少しだけ似ているが、覇気がなく、その瞳は淀んでいた。


 世民は淡々とした声で告げる。


「放てっ!」


 一斉に矢が放たれる。

 だが、その矢は防がれた。


「なっ……!」


 世民が慌てた表情になる。

 矢を防いだのは目に見えない壁のようなものだったからだ。


 桃花には、それが呪術によるものだとわかった。

 反呪――つまり、呪術を持って対抗しないといけない。


「できるか?」


「もちろん。そのために、わたしを妃にしたのでしょう?」


「悪いな、もちろん――」


「皇后にするって約束、忘れないでくださいよね」


 そして、桃花は目の前の呪術に立ち向かった。


 呪術は身体の気を、天地の気に対応させることで引き起こす。つまり自分という小宇宙(ミクロコスモス)と世界という大宇宙(マクロコスモス)の相関関係を用いた技術だ。


 そのために使われるのが、符と呪文だ。

 黄色い符を構え、桃花は呪文を唱えた。


(相手の呪術師は誰だろう……)


 そこにいたのは信じられない人物だった。

 色素の薄い髪が美しい、神秘的な少女。桃花よりも少し年上。


 それは――。


「紅梅!? なんでここに?」


 紅梅は微笑んだ。


「私も皇太子殿下の妃にしていただいたの。ね、あなたは私にはやっぱり敵わないわ。秦王(世民)殿下は死んで、あなたもお先真っ暗になるわけね」


「そして、紅梅が皇后になるってわけね」


「ええ。私こそが、朱家を代表する者なんだから。あなたみたいな落ちこぼれとは違う!」


 姉と争うことになるとは、桃花も思っていなかった。

 だが、姉といっても、相手は紅梅――ずっと自分を虐げ、蔑んできた相手だ。

 どうなろうが、構わない。

 

 桃花は深呼吸した。 


「我は雷神の剣、風神の(ほこ)。我が身を神兵となし、我らが敵、百邪を駆逐せせん。太上老君よ、急ぎ我が命令を行いたまえ!」


 桃花の一言で、符が黄金色に輝く。

 そして、紅梅の展開した呪術の壁を排除した。


 紅梅は愕然とした表情をしていた、。


「な、なんで……私が、落ちこぼれのあなたなんかに負けるわけ……?」


「バカね。わたしはずっと実力を隠してきたのに。そのことにも気付けないなんて。さよなら」


 桃花は紅梅に向けて、今度は呪力の塊を向けた。ひっ、と悲鳴を上げた紅梅は、そのまま意識を失う。


 死んではいないだろう。後遺症は残るかもしれないが。


 ほぼ同時に決着がついた。紅梅の力なしでは、皇太子一派は烏合の集にすぎない。

 世民の手勢によって、制圧が完了した。


 ほっ、と桃花はため息をつく。

 その肩を、世民が優しく抱く。


「で、殿下!?」


 触れる大きな手の感触に、桃花はびくっと震える。

 そんな桃花の反応を、世民は面白そうに見つめた。


「よくやった。だが、真の戦いはこれからだな……」


「わかっています」


 これから世民は皇帝になる。そして、桃花はその妃となるわけだ。

 すぐに皇后というわけにもいかないだろうが、いずれは皇后の地位も約束されている。


「ま、次の問題は……世継ぎかな」


「お、お世継ぎ!?」


「おや、桃花。いま何を想像した?」


「何も想像していません! それに、今、名前を……」


「自分の妻をずっと、『君』なんて呼ぶのも変だろ。だから、桃花と呼ぶことにした」


 ちょっと照れくさそうに世民は笑った。

 普通、皇族の名前を呼ぶことは臣下には許されていない。

 

 だが、例外はある。妃――皇族の妻は、身内だからだ。


「わ、私も世民様とお呼びしますが、よろしいですね?」


「もちろん。むしろ呼んでくれなければ、無理矢理にでも呼ばせていたところだ」


「む、無理やりなにかさせようとしたら、世民様にも呪術を使いますから」


「ははっ、それは怖いな」


 まったく怖くなさそうに世民は笑い、そして、桃花の髪をくしゃくしゃっと撫でた。


(もうっ。本当に……この人は……)


 その手の優しい感触を、桃花は黙って受け入れた。


 帝国史上二千年にわたり、最高の名君と称される太宗文武大聖皇帝、周世民の治世はここから始まる。


 そして、その皇后にして、誰よりも美しく賢いと称された朱桃花の物語も、ここから始まるのだ。






【★☆あとがき☆★】

中華後宮もの……のような?話でした。ちょっぴりでも、


「面白かった!」

「桃花が溺愛されるところを見たい!」

「続きが気になる!」


と思っていただけたら、


広告下↓にある【☆☆☆☆☆】から、

ポイントを入れてくださるととても嬉しいです!


何卒よろしくお願いいたします!

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