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罪悪感⑦

秋の夕陽が優しく図書室に差し込む中、玉井は優しく微笑んでいる。





「先に謝るなんて、ある意味ずるいよね蒼井君。ふふ……」

「いや……その」

「ううん、全然良いの。それよりも、ちゃんと話したい事があってさ」

「あぁ」




玉井は少し嬉しそうにしながら、




「私ね、この前の休みに圭ちゃんと遊んだの」

「そうなのか」




俺の返しに、玉井はやや不満そうに、




「もー相変わらずリアクション薄いなぁ蒼井君」

「いや、驚いてはいる」




正直、大きいリアクションをする方が難しいんだよな……。玉井からしたら俺と圭は別の人間だと思っているんだろうけど……。




「圭ちゃん、すっごい優しくて良い子だったよ」

「へぇ」

「あと、コーヒーはブラック派だったの。意外じゃない?」

「それは知ってる」

「あー蒼井君はやっぱり知ってたか」




玉井はクスクスと笑っている。すると更に続けて、





「喫茶店でいろんな事を話したんだ」

「あぁ」

「それでね、話してくうちに圭ちゃんってなんか蒼井君に似てるなって思ったの」

「俺に、か?」




玉井はその大きな瞳で俺を見て、うなづいた。




「うん。なんか凄く気を使ってくれる所とか、一生懸命励まそうとしてくれる所とか、蒼井君にそっくりだなって思って」

「……」

「それでさ……」




玉井は少しだけ表情をこわばらせて、




「なんか、負けちゃったなって。はは……」

「……」

「圭ちゃんも、蒼井君の事を思ってるはずなのに、それなのにちゃんと私にも気を使ってくれてさ……」

「……」

「だけど私は、結局自分の事ばっかり考えてたから。あはは……」




玉井は少し視線を外し、部屋に入り込む西日の方を見つめる。俺は玉井に向けて、




「詳しい事は分からないけどさ……。俺は玉井が自分本位だなんて思わない」



その言葉に玉井は嬉しそうに微笑み、




「うん、やっぱり圭ちゃんとそっくりだ。蒼井君」

「いや……」

「あーあ、やっぱり二人には敵わないなぁ、ふふ……」




玉井は優しく俺の方を見つめ、前髪を少しだけ整える。




「だからね? 私、圭ちゃんに勝ったと思ったら、改めて蒼井君に告白しようって思って」

「……」

「今の私じゃ圭ちゃんに敵わないから。恋敵の事をあそこまで純粋に思いやるなんて、私には出来ないし……」

「……」

「だから一旦、この件は棚上げって事」



玉井の大きな瞳に夕陽が映っている。玉井のその顔を見る限り、先日のような迷いは感じられなかった。こないだの喫茶店での話の中で、玉井なりに何か答えを見つけたのだろうか。俺は玉井を見つめもう一度、




「なんか俺、本当何も出来なくて……悪い……」

「そんな事ないよ」

「ただ…….その……玉井の事は信頼してるし大切だと思ってるから……」




俺のつたない言葉に玉井は少し驚いた後、またもクスクスと笑って、




「ねぇ待って、そのセリフだとなんか私がフラれたみたいになってるじゃん!」

「いや……えと……」

「さっきも言った通り、あくまでもこれは一時中断なだけ! もお」

「わ……悪い……」

「圭ちゃんに勝てると思ったら、改めてちゃんとこの話の続きをするからね!」

「ああ……」




俺の反応を玉井は面白そうに見ている。



「本当っ蒼井君は相変わらず蒼井君してるなぁ」

「蒼井君してるってなんだよ……」

「え今の感じ」

「なんだそれ……」

「ふふふ」




玉井の白い頬が夕焼けに染まる。遠く窓の外からは、ひよどりの鳴き声が聞こえた。




「ねえ、蒼井君」

「ん」



玉井は俯きがちに少しだけ視線を外しながら、




「そのさ……今だけ……わがまま良いかな」

「わがまま……?」




俺が戸惑っていると玉井は近づいてきて、真顔でこちらを見上げ、




「少しだけさ、抱きしめたいの……」




玉井の緊張したその表情に俺はいつのまにか、




「ああ……まぁ」




その言葉に、玉井は俺の腕の隙間から背中へと手を回して、俺の胸元に顔を埋める。




「…………」



玉井の体から、花のような甘い匂いが感じられた。玉井は強く俺の背中を抱きしめている。俺もこの空いた両腕で抱きしめた方が良いのかとも思ったが、何故だかそんな事をしてはいけないような気がした。そんな半端な事はしない方が良いと思った。俺は自分の腕のやり場に困りつつ、玉井をじっと見下ろす事しかできない。そして少しした後、玉井は俺からそっと離れた。




「ありがとう……蒼井君」

「あぁ……」




玉井は前髪を直しつつ、苦笑して、




「あはは……やっぱり……」

「え?」

「思った通り蒼井君は私を抱きしめなかった」

「いや……その」

「普通こういう時は抱きしめるんだよ?」

「いや……えっと……迷いはしたけど……」




なんだが小っ恥ずかしくなって、自分の顔が赤くなるのが分かった。そんな俺を玉井は優しく見つめて、



「ふふ……違うよ……。私は蒼井君のそういう所が好きなんだ」

「……」

「きっと恋人になったら抱き締めて貰えるんだもん」

「……」

「蒼井君は、不器用だけど絶対に私を大切にしてくれるって思えるから。あはは……」




そう言い終わると、玉井も少し恥ずかしくなったのか、俺から視線を逸らした。外から差し込む穏やかな夕日により、玉井の影が伸びている。





「じゃあ私……まだ学級委員の仕事あるから……」

「あぁ」




玉井はそっと、窓際の方を向いた。すると少しだけ目を細め、眩しそうにしながら、




「なんか、綺麗だね。夕焼け」

「もう、秋だな」




玉井は何も言わず夕陽を見ている。その綺麗な髪の毛が西日に赤く透けている。そしてしばらくして、





「ねぇ蒼井君もさ……この夕焼けが綺麗だって思ってくれるのかな……」

「あぁ」

「そっか。じゃあ忘れない、この景色。ずっとずっと、憶えてる」




そう言った後、玉井は俺に向けて微笑んだ。



「よし! じゃあ私、先生に学級日誌渡してくるっ!」

「お、おう……」

「また明日ね! 蒼井君!」




そして玉井は踵を返し、駆け足で図書室を出て行った。




「……」




廊下から玉井の足音が聞こえる。これで良かったのかは分からない。俺自身の気持ちにも、まだ答えは出ていない。けれども俺も、玉井と見たこの夕焼けを、忘れたくないと思ったのは確かだった。何も分からない中でも、この気持ちだけは唯一、確かな物に思えた。




「帰るか」




俺はバッグを持って図書室を出て行く。玉井が大切にしてくれた、今日この瞬間の、優しい夕焼けを横目にしながら。

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― 新着の感想 ―
単独ヒロインなら「そこで抱きしめろっ!」って思うのですが、 正直本作、推しヒロインが決められないので、 ひたすらみんなちょっと切ないです。
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