罪悪感⑥
「かぁーっ! やっと終わったなあ恭二!」
「そうだな」
授業が終わり、秋の夕陽が教室に差し込む中、ホームルームを終えたクラスメイトは各々、教室から出て帰って行く。信道もさっさと荷物をまとめているあたり、今日はおそらくバイトなのだろう。俺は荷物をまとめつつ信道に、
「なんつーか、バイトもほどほどにしとけよ」
「分かってるって! 赤点取ったらハルさんも心配しちまうし、その辺は上手くやるよ」
なんて事を言いながら信道はバックを背負って立ち上がり、ワックスで固めている髪を少し整えてから俺の方へと振り返って、
「じゃあな恭二! また明日!」
「おう」
信道は教室から出て行った。あいつ本当に勉強すんのか……。まぁ要領は良いタイプだから多分大丈夫なんだろうが。荷物をまとめ終わると、俺はとあるスマホのメールを確認する。
『今日の授業後、旧校舎の図書室に来れる? 文化祭の日の事、謝りたくて』
送り主は勿論、玉井からだった。五限目の終わりに突然メールが来たのだ。顔を上げ、教室内を見渡すも、もう玉井の姿はなかった。先に行って待っているのだろうか。俺も立ち上がり、クラスメイトに挨拶をして教室を出て行く。
「…………」
廊下の窓から、涼しい風が入ってくる。冬服にはまだ早いが、かといってワイシャツのみじゃそろそろ厳しい頃合いだろうか。玉井の待つ図書室への足取りはそこまで重くはなかった。玉井とこのまま妙な引っ掛かりがある状態で過ごすのは嫌だったし、おそらく玉井も俺と同じ事を考えているはずだと思ったからだ。玉井の気持ちに対し、俺の中で答えはまだ出ていないが、それでも一度話さなければならないとは思っていた。
「あ、恭二」
「お、おう」
廊下のトイレからバックを持った真夏が出てきた。艶やかな黒のポニテが夕陽に輝いている。その涼しげで凛とした瞳を俺に向けて、
「もう帰り?」
「ああ、まぁちょい用事あるけど」
真夏は腰に手を当てて、制服のスカート丈を調整しつつ、俺と一緒に階段を降りていく。
「…………」
文化祭で真夏と話した時は正直、周りも騒がしかったし、イベント事の非日常感もあってあまり意識せずに済んだ。だが、普段の流れの中でこうして真夏と二人きりになると、どうしても圭の姿で姉貴と会った、あの夜の事が脳裏に過ぎってしまう。真夏が俺の事を好きだと言っていたあのセリフが。そんな俺の考えをよそに真夏は何も気にしていない様子で、
「テスト週間入ったから部活なくてさ、ちょっとだけ自主練しようかなって」
真夏の言葉に、俺は変にあの日の事を意識しないよう心掛けて、
「へぇ。大会でも近いのか?」
「まあ、そんな感じかな」
「頑張ってんな、相変わらず」
「少し疲れてる方が夜の勉強もはかどるんだよね」
真夏は楽しそうにそう言った。俺も信道も帰宅部だからな、こんな風に素直に部活に打ち込む姿というのはどこか憧れてしまう。
「恭二も一緒に走る?」
「いやいい」
「ふふ」
俺が即答すると、真夏は笑う。その澄んだ目元が優しく細まる。すると真夏は、
「ほら、1年後にはさ……私ももう部活引退してるんだなって思ったら、なんとなく後悔したくなくて」
「かっこいいな」
「別にそこまで、打ち込んでるわけでもないよ。ただなんとなくね」
「謙遜すんなよ」
「ふふ……。でもどっちかって言うと、部活や勉強なんかよりも恋愛の方がしたいかも」
「……」
変に意識してしまって、真夏の茶化しに俺は上手く言葉を返す事が出来なかった。普段の俺ならなんて返すのだろうか、分からない。すると、真夏はやや不思議そうな表情で俺の方を見て、
「あれ、ツッコミは」
「リアクションに困るんだよ……」
「えーいつもなら、勝手にしてろーとかなんとかって言ってくれるじゃん」
あぁ確かに……。その返しが正解だったかもな、言われてみれば。意識しなかったらそんな言葉を言っていたに違いない。すると真夏は更に、
「もしかして、恋愛って聞いて少し不安になっちゃった?」
「……な訳あるか」
「んー、いつもよりワンテンポ遅い」
「うるせぇ」
「そう、それ。あはは」
二人きりの時の真夏にはやはり敵わない。変にあの夜の事を意識してしまう自分が悔しい。幼馴染だからか気がつくと、毎回こうやって転がされているような状況に自然となっている。隣にいる真夏は俺をいじってか、ご機嫌な様子だ。すると、階段を降りた先で学校モードの南つばさが取り巻き達と愛想よく話してる姿があった。俺は絡まれないように視線を逸らし再度、真夏に、
「幼馴染だからってなんでもありじゃねぇぞ……ったく」
「ごめんね恭二。ふふ……言い過ぎちゃった」
「笑ってんじゃねぇか……」
俺は真夏と話しつつ、階段を降りて下駄箱の方へと歩いて行く。通りざま南つばさが俺たちの方を見ていた気もするが分からない。そして、靴を履き替えると真夏は、
「じゃあ私、部室行くから。じゃあね恭二また明日」
「ああ」
そして、真夏は去って行った。真夏の背中を見送った後、俺も靴を履き替えて、旧校舎へと向かう。
「もう待ってんのかな……」
玉井をあんまり待たせても悪い為、俺は早足で旧校舎へと向かう。校舎のガラスに反射した西日が眩しい。テスト期間で部活もない為か、校内はやや閑散としている。
「やべ……」
旧校舎の入り口に着くと、下駄箱の所にローファーが一足あった。おそらく玉井の物だろう。俺も急いで靴を脱ぎ、旧校舎の中へと上がると、廊下の突き当たりにある図書室へと向かった。
「……」
そして図書室の扉に手を掛け、俺はそっと中へと入った。
「悪い、待たせた」
「ううん。全然」
きっちりとした制服の着こなしと、痛みのない綺麗な三つ編み。淡い西日が室内に入り込む中、部屋の真ん中に玉井がいた。図書室特有の、古びた紙の匂いが部屋中に満ちている。
「急いで来たの? 息荒いよ」
「いや、大した事ない」
「そっか」
玉井は少しだけ恥ずかしそうにして窓側の方を見つめ、
「なんか、こうやってちゃんと話すのって久しぶりだね」
「あぁ、確かにな」
「あの日から、お互いちょっと気を使っちゃってたもんね。あはは」
玉井は場を和ますようにして微笑む。俺はバックを床に置いて、
「悪いな……なんか色々抱え込ませちゃってさ。それに、何も出来なくて」
「あっ、早速予想が当たった」
「……」
「蒼井君は絶対最初に謝ってくるって思ってたから」
「えっと……」
「相変わらず単純だなぁもう。ふふ……」
西日を浴びながら玉井は、俺の方を見て優しく微笑んだ。




