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罪悪感⑤

「おーっす恭二!」

「おう、おはよう」




週明け。健やかな秋晴れの朝、正門をくぐり下駄箱に到着すると、背後から信道に話しかけられた。使っている整髪料を変えたのか、信道からいつもとは違う香りがした。




「文化祭も終わったし、次は修学旅行だな恭二!」

「いやそうだけど、まずは一週間後の中間テストだろ……」




俺の言葉に信道はとぼけたふりをしながら、靴を履き替え、




「え? テスト? そんなんあったか?」

「確実にある」

「おいおい恭二、嘘はやめろっての」




信道はわざとらしく笑う中、俺はこいつと並んで、教室へと向かう。




「嘘だと思うんなら、別に良い」

「あぁ。俺は恭二が嘘をついている事にする」

「先言っとくが赤点取っても俺のせいにすんなよ」

「んーや、恭二のせいだ」

「なんでだよ……」

「じゃないと、俺の精神が耐えられないだろ」




信道は何故だか飄々とした態度で、言ってくる。もう覚悟が決まってるのか、あるいは諦めてるのか、分からない。俺はしっかりと現実を伝える為、




「なあ修学旅行ちゃんと楽しみたいんだろ?」

「あぁそんなの勿論だ」

「京都、満喫したいだろ?」

「当たり前よ」

「赤点取ったら楽しめるか?」

「楽しめる」

「…………」




だめだ。どうやら信道の方が一枚上手だった。しかし俺の言葉が伝わったのか、信道は少しため息をつきながら、





「分かったよ……。まぁ赤点だけは避けねぇとな。でないと旅館で寝る前の枕投げも本気になれねぇだろうし」

「枕投げすんなよ……高校生にもなって」

「はは。つか恭二、お前なんか元気になったか?」

「ん? いや、別に」

「そっか。いや文化祭明けから、なんか元気なさげに見えたからさ、心配してたんだけど」

「変わんねぇよ」

「そっか。なら良かった」





そして教室に入ると早速、いつもと同じように信道が大きな声でクラスメイトに挨拶をした。女子達からうるさいなどと言われる信道を横目に見つつ俺も自席に着いた。




「……」




さっきの会話……。ああやって態度には出さなかったものの信道はおそらく内心、俺の事を気にしていたのだろう。なんか悪い事をしてしまったな……。こういう時の信道は妙に敏感で気に掛ける時がある。見た目と異なり、意外にそういう所に誰よりも気付くタイプなのだこいつは。さりげなく信道の方を見つめると、信道は教卓のそばで大きく伸びをしながら、




「おばんざいに舞妓はん……早く行きてぇなあ京都! なぁお前ら!」




そうか、よく考えれば京都だもんな。まぁ多分会うこともないとは思うが、一応姉貴にも行く事は連絡入れとくか。




「朝から何してんの、川島?」




学級日誌を携えて玉井が教室に入ってきた。正義感の滲み出た大きな瞳。普段通りのきっちりとした制服の着こなし。ヘアピンでサイドに留めた前髪に、セミロングの両サイドを太く、ゆるく結った三つ編と、こないだの私服姿とは異なる、学校モードのこいつだ。玉井の問い掛けに信道は楽しそうに、





「いやいや、もうすぐ待ちに待った修学旅行だろ玉井ちゃん!」




その言葉を聞いて、玉井は少し呆れながら、




「あぁ、そういう事ね。でもその前にまずは中間テストでしょ。ちゃんと勉強してるの川島?」




ほら案の定、玉井にも同じ事言われてやがる。普通の人間は修学旅行よりも目の前にある、テストの方が圧倒的に大問題なのだ。




「勉強はしてない。恭二にしなくても良いって言われたから」




信道は当たり前かのように俺の方へと顔を向ける。一言も言ってねぇだろそんな事……。俺は面倒ながらもツッコミを入れようとした所、




「いや蒼井君がそんな事言うわけないじゃん。しょうもない嘘つかないで川島」



と、速攻で玉井からの指摘が入った。俺が玉井の方を見ると玉井と視線が交わる。すると、信道は呆れたように、




「はぁ……。どいつもこいつも勉強しろって、真面目だなぁ全く。正翔はいつから進学高になったんだ?」

「もともと進学校なの!」




玉井がすぐさま信道に言葉を入れる。しかし玉井は本当にツッコミ担当だな……。信道に対しては特に自然体だ。




「何言ってんだよ玉井ちゃん。正翔が進学校ならそもそも俺と恭二はこの学校に入れてねぇって」

「いや、蒼井君は入れるでしょ。川島は別として」

「うわ容赦ねぇな……玉井ちゃん……」

「でも川島だって、きっと中学の時はそこそこだったんでしょ? 頑張れば絶対実力も上がってくるはずだよ」




すると信道は何かを思いついたのか、わざとらしく辛そうな表情を作り、お得意の寸劇モードへと移行して、




「あ……あのさ玉井ちゃん……。俺……えと……その……中3の卒業式の後、帰宅中に雷に打たれたらしくて……後遺症でその……中学の記憶がねぇんだ……」




出たよ……。また、純粋な玉井をもてあそぼうとしてんなこいつ……。何が記憶がねぇだよ……。普段中学時代の武勇伝の話ばっかじゃねぇか……。そんな信道の辛そうな顔を見た玉井は、




「そういう冗談はやめなよ川島。良くない」

「へ? あ、えと……悪い……」




玉井のジト目での冷ややかな返しに、信道は予想に反してたのか、素で申し訳なさそうにする。ただ、朝の気怠い空気に噛み合ったのか、教室内に薄い笑いは生まれた。信道は頭をかきながら不思議そうにして、




「つかあれ? いつもの玉井ちゃんなら信じてくれると思ったんだけど……」

「んー、まぁ私も少し大人になったのかな」





玉井は顎に指を当てつつ、そう言った。信道も何か伝わったような態度で、



「あぁそういう感じ? 他者を知って己を知るみたいな?」

「え凄い川島。当たってるかも」

「まぁ俺もさ、ハルさんと出会ってから色々と成長したからなんとなく分かるわけよ。あるよな大人になる時って」





珍しく、玉井と信道が噛み合った。玉井は少しだけ信道の事を感心している様子だ。しかし外野のクラスメイトは誇らしげな信道の態度が気に入らないのか、彼女いるからって調子に乗るなとか、そもそも精神年齢が低いから成長しても大した事ない、など様々な野次が飛んでいる。信道はこの場を収めようと野次を飛ばしているクラスメイトに向け、




「いやいや! マジだっての! 結構ピュアでかっこいい恋愛してんだぜ俺! なぁ恭二?」




焦った信道は、俺の方を見る。俺は即座に言った。




「いや知らん」

「おーいっ! お前にも相談したじゃねぇか! ココンイチでカレー食いながら!」

「あれ相談か? ただお前が一方的に喋ってただけだろ」




俺の言葉でクラス中に笑いが生まれた。ひとしきり経って笑いが静まると玉井は微笑みながら、




「ほらほら、仲良しコンビの漫才は良いから。もうホームルーム始まるよ、みんな席に着いて!」





玉井の掛け声に、クラスメイトはみんな自席へと向かって行った。

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