罪悪感④
「そんなの気にしないで……。私はそんな事望んでないから」
「…………」
玉井は少し気まずそうに、俺の事を見ている。俺は冷静に、
「文化祭の時は確かに少しびっくりしたけど、それと同時に少し嬉しかったの……」
「……」
「この子は正直で誠実な人なんだろうなぁって思って……」
「圭ちゃん……」
玉井は俺から視線を逸らし、ストローでカフェラテをぐるぐるとかき混ぜている。俺は更に続ける。
「うん……あの送ってくれたメッセージでね……? なんか私色々分かっちゃったの」
「……」
「玉井ちゃん……きっと告白しなかったんだろうなぁ……って」
俺の言葉に玉井は一呼吸置いた後、
「うん……出来なかった」
玉井は俺から視線を外しつつ更に、
「なんか文化祭で会った後……圭ちゃんが可哀想になってきちゃって……。なんで私あんな事言ったんだろって」
「うん……」
「傷付けちゃったなって思ったら、あの日……蒼井君にも何も伝えられなくなっちゃった……」
玉井は恥ずかしそうに自分の気持ちを言葉にしている。俺もなんだか恥ずかしくなってきて、コーヒーで身体を冷やしつつ、
「そんな、遠慮しなくて良いんだよ……? 玉井ちゃんが私に遠慮してたら、私も辛くなるから……」
「圭ちゃんも……?」
「うん……。玉井ちゃんと同じ気持ち。玉井ちゃんに我慢させちゃった事が辛いの」
「そっか……」
玉井は少しはにかみながら俺を見て、
「圭ちゃん……優しいね……」
「玉井ちゃんの方が優しいよ……」
「ううん。圭ちゃん優しいよ。私はただ、わがままなだけ……」
「そんな事ないよ……」
「違うの……。きっと私は心のどこかで両方を得たかったんだと思う……。蒼井君と圭ちゃんの両方とも……」
玉井は自嘲気味に笑いながら、
「でも、それってわがままだよね。だってどっちかしか選べないんだもん。当たり前の事なのに……」
「……」
「けれど、私はその意味を分かってなかったの。ううん……分かってたけど覚悟が無かったのかも……」
「玉井ちゃんは優しいんだよ……」
「あはは……。なんか難しいね……こういうのって」
玉井はまだ遠慮しているのだろうか。圭なんて存在で遠慮しなくて良い。自分を抑え込まなくてもいい。そんな事で玉井は我慢する必要なんてない。
「玉井ちゃん……」
「あはは……」
玉井のぎこちない微笑みを見た時、俺はふと姉貴と会った夜の別れ際、真夏に言われた事が脳裏によぎった。『どっちが勝っても恨みっこなしって事』と言ったあの真夏のセリフが。
「ねぇ……。玉井ちゃん?」
「なに?」
「私ね……? えっと……多分だけど……玉井ちゃんの事、嫌いになれない」
「え? うん」
「玉井ちゃんもそうでしょ……?」
「うん。圭ちゃん優しいし、それに可愛いから」
玉井の言葉に俺は恐る恐る言った。
「だから……どっちが勝っても恨みっこなし……じゃダメかな……?」
「え……どういう事……?」
玉井はポカンとした顔をしている。俺は慌てて、
「お互い蒼井君の事が好きなのは分かってるから、そこに関しては互いに遠慮しないって事……」
「……」
「だって、私は玉井ちゃんを嫌いになれないし、玉井ちゃんもそうだと思うから……。それなら……遠慮する必要もないから……」
俺の懸命な言葉に玉井は不思議そうな顔をしている。俺は更に言葉を足そうとした、その瞬間ーー
「あははっ!」
「え……」
「ごめんねっ、なんか面白くって」
「なんか……変だったかな」
ミスったのだろうか……。玉井は気持ち良さそうに笑っている。冗談だと捉えられたか? すると玉井はグラスを持って笑いながら、
「ううん。圭ちゃん本当に優しいなぁって思って。ずっと考えながら話してるし」
「だって……玉井ちゃんに遠慮して欲しくないから」
玉井はひとしきり笑い終えた後、
「うん、分かった。圭ちゃんの為にも遠慮しない。自分の気持ちに素直になる」
「本当?」
「うん。だけど圭ちゃんも自分に素直になってね」
「うん」
そして玉井はゆっくりとカフェラテを飲んだ後に再度俺の方を見る。
「圭ちゃんってさ……その……なんかちょっと、蒼井君と似てるよね……」
油断していた中でのその言葉に、俺は思わず口に付けていたコーヒーを吐き出しそうになった。俺は悟られないように、平静な顔を作り、
「そ……そうかな……?」
玉井は手櫛で前髪を整えながら、じっと俺の顔を見つめて、
「うん。なんか上手く言葉に出来ないけど、蒼井君と似てるなぁって思って」
「あ……蒼井君は、その……もっとこう……ぶっきらぼうじゃないかな……?」
「うん。蒼井君は男の子だからそうだとは思うんだけど、なんていうのかな……義理堅い感じが近いっていうか……」
いや怖えーよまじで……。女の勘って奴だよなこれ……。マジで鋭いわ。真夏にも以前、何度か似てるって言われてるし、女ってのはなんでこうも勘が鋭いのだろうか……。
「わ……私、そんなに義理堅い感じかな……? 自分じゃ分からないから……」
「うん。圭ちゃんは優しいよ。私よりもずっと……。こんな有名人なのに、ちゃんと私に接してくれるし」
「蒼井君はともかく……私は多分、玉井ちゃんが思ってるより義理堅くないから……」
俺の焦りが見透かされたのか、玉井は苦笑しつつ、
「じゃあ、そういう事にしとく」
★☆★☆★☆★☆
「良いの? お会計払ってもらっちゃって……?」
店を出ると涼しい風が吹いて、空が赤く色づき始めていた。最初の話の後、俺と玉井は何となく打ち解けて、南つばさの話だったり、たわいもないガールズトークに花を咲かせ、気が付くと夕方になっていたようだ。
「うん全然! 今日は圭ちゃんお客さんだし! それに私のお小遣いの範囲だから気にしないで!」
「ありがとう……」
夕日が差し込む中、玉井は俺ににっこりと微笑んでくれた。
「圭ちゃん私、ちょっとだけ買い物してから帰るから」
「あ、そうなんだ」
「うん、お姉ちゃんの誕生日が近いんだー。せっかく渋谷に来たし、プレゼント買ってこうかなって」
そう言って玉井は、近くの大きなビルの方を示した。そして玉井は少しの間動かず、するとやや名残惜しそうな顔をして見せて、
「ねぇ圭ちゃん……今日は凄い……楽しかった……」
「うん。私も玉井ちゃんの事いっぱい知れた」
「ありがとね……。その……色々さ、励ましてくれて」
「ううん。そんな私は何も……」
「嬉しかった……。恨みっこなしって言ってくれた事……」
「うん。恨みっこなしだよ」
「あのさ、圭ちゃんが良かったらまたこうやってお茶でもしない?」
夕日で玉井の影が道路に浮かび、秋の訪れを感じさせる涼しい風が俺たちの間を抜けていく。俺は玉井に負けない笑顔で、
「うん。また行こうね」
「勝手に誘ったらつばさちゃんに怒られちゃうかな……?」
「ゆちゃ……つばさちゃんには秘密するから大丈夫」
俺の返しに玉井は笑って、
「あはは! それなら問題ないね!」
「うん!」
「じゃあね、圭ちゃん!」
「じゃあね。ありがと玉井ちゃん」
そうして、去っていく玉井の背中を俺はしっかりと見送った。




