罪悪感③
10月初旬、日曜の午後。俺は玉井と会う為に圭の格好をして渋谷にいた。白ニットに黒のフレアスカートと、身バレ防止で革の帽子を深めに被り、比較的シンプルに決めてみた。髪も帽子に合うよう、いつものツインテではなく結わずにコテで毛先をまとめ、軽くクセを付ける風にした。ゴリゴリに遊ぶわけでもないし、あんまり着飾りすぎて、玉井を萎縮させても良くないからだ。
「西口か……」
玉井から受けた集合場所は、西口から少し恵比寿方面へと歩いたところにある喫茶店だった。高校生にしては少し値段が張る感じではあったが、落ち着いて話をしたい意思の表れなのだろう。日の光が眩しい中、集合時間にほど近い為、俺は少し早足で歩いて行く。
「……」
本来なら謝らないといけないのは俺の方なのだが、玉井は俺に謝りたいと言っていた。玉井は何も悪くないのに、やはり色々と考え込ませてしまったのだろうか。玉井と会うに当たって俺も色々と考えた。本当は圭なんて人間は存在せず、俺自身が女装していただけなんだと打ち明ける事も頭によぎった。けれども、あの夜に見た圭に対するファンからの沢山のメッセージや、南つばさの気持ちなどを考えると、どうやらこの圭という存在は最早、誰かの思いを沢山背負っている事も知ってしまった。
「ちゃんと伝えないと……」
そうなると、俺にとって出来る事はもう、玉井に自分の気持ちを大切にしろと伝える事のみであった。圭なんかに遠慮せず、他でもない玉井自身の、自分の気持ちを優先しろと。
「あっ」
角を曲がると、聞き馴染んだ声色が聞こえ、見るとそこには玉井がいた。顔を隠している俺に少し声を掛けづらそうにしていた為、俺の方から、
「玉井……さん?」
俺は帽子のつばを少し上げて顔を見せる。すると玉井も安心したのか、少し声を抑えて、
「圭ちゃんですよね?」
「はい」
俺が返事をすると玉井も優しく微笑んだ。グレーのスカートにインした、水色のオーバーサイズニットが何とも素朴で玉井らしい。シンプルながらもJKらしく似合っている。いつもは結んでいるセミロングの三つ編みも、今日はストレートに下ろしており、普段のイメージとは変わってかなり可愛らしい。薄くではあるが化粧もしており、さすがに南つばさほど完璧ではないが、学校では見れない玉井の姿になんだが新鮮な気持ちになった。
「あの……予約してるんで早速……」
「あ、ありがとうございます……」
俺は言われるがままに、玉井の後ろについて行き、通りに面した喫茶店に入って行く。
「予約した玉井です」
店内に入ると玉井はそう言った。空調が効いており背中が冷える。店員も理解したのか、俺たちは2階へと案内された。
「こちらの席になります」
店員に案内された席は、奥まった所にあるテーブル席だった。確かにここなら周りにも見られず、くつろげそうである。これはおそらく玉井なりの気遣いなのだろう。俺と玉井が席に座ると店員は一度去って行った。
「えっと、今日は来てくれてありがとうございます、圭さん」
「いえ、全然……。そんなに予定もないので……」
俺は帽子を取り、スマホで乱れた髪の毛を確認し整える。すると玉井は恥ずかしそうに俺を見て、
「本当に……あの圭ちゃんなんですね……」
「は……はい……」
「あ、すみません……失礼な事言って。えと飲み物、何にします?」
玉井は、メニューを手に取って俺の方へと向けてくる。いつもと異なる玉井のそのストレートな髪型は少し大人っぽく見えた。
「じゃあ私は……アイスコーヒーの氷少なめで」
「分かりました」
玉井はテーブルのボタンを押した。するとすぐに店員が来て玉井は、
「アイスコーヒーの氷少なめと、アイスカフェラテを下さい」
「お二つとも、Mサイズですか?」
「はい」
「コーヒーにはミルクとシロップを付けますか?」
店員からの質問に玉井は俺の方を見る。俺はすかさず、
「いえ……ブラックで……」
「かしこまりました」
店員が去って行くと、すかさず玉井は、
「圭さん、ブラックなんですね」
「そうですね……。甘いのがちょっと苦手で」
「へぇ」
「あと圭ちゃんで良いです。それと同い年だし……タメ口で全然……」
少し恥ずかしかったが、しっかりと言えた。玉井の方は嬉しそうに俯いて、
「じゃあ飲み物が来てからそうします……」
店もピークを過ぎたのか、すぐにドリンクを持った店員が来て、互いの目の前に飲み物が差し出された。俺がコーヒーに口を付けると玉井もグラスに手を付ける。
「美味しい圭ちゃん?」
「うん……」
玉井も案外勢いよくカフェラテを飲んでいく。喉でも乾いていたのだろうか。俺は何気なく、
「玉井ちゃんはここ、よく来るの?」
「ううん。お姉ちゃんと何回かくらい」
「そっか。なんか、良い感じのお店だね」
「え嬉しい。帰ったらお姉ちゃんに伝えよ」
「あはは……」
少し和んだのか、玉井は楽しそうに微笑んだ。軽く辺りを見渡すも2階の席はまばらにしか人が居ないようだ。
「あの、圭ちゃん……」
「何?」
「本当、文化祭の時はごめんね?」
玉井は少し気まずそうに俺の方を見た。俺はすぐさま、
「ううん、全然気にしてないよ」
「私、初対面なのにいきなりあんな事言ってさ……」
「全然大丈夫。玉井ちゃん……蒼井君の事好きなんだなってのが伝わったから」
俺の言葉に玉井は少し驚きながら、
「圭ちゃんもその……そうなんだもんね……」
これは、圭も蒼井の事が好きなんだと聞いてるのだろう。ここだ。玉井は言葉で否定しても色々と遠慮してしまう。ならば……、
「うん……。蒼井君の事は特別だなって思ってる……」
「だよね、はは……」
俺は落ち着いて玉井の顔を見据え、
「えっとね……? 私も蒼井君の事は大切だなって思ってるけど」
「うん……」
「玉井ちゃんは別に、そんな事を気にしなくて良いんだよ……?」
「え?」
玉井はその大きな瞳を見開いている。俺は懸命に、
「だって玉井ちゃんは玉井ちゃんの人生だもん……」
「……」
玉井の視線は俺を捉えて離さない。俺はコーヒーをもう一口飲み、さらに続ける。
「玉井ちゃんは私に遠慮なんてしなくて良いんだよ……?」
「えでも……圭ちゃんも蒼井君の事ーー」
俺は玉井の言葉を遮って精一杯、
「そんなの気にしないで……。私はそんな事望んでないから」




