罪悪感①
そんなに鬱展開にはならないです。
昼休み。文化祭が終わって一週間が経過した。学校はすっかりと以前の空気を取り戻し、ほとぼりが冷めた様子だった。
『ねぇあんた、最近圭ちゃんと連絡取ってる?』
スマホを見ると、南つばさからメールが来ていた。返す気にならない俺は、目の前でスマホをいじっている信道に話しかける。
「なぁ、信道」
「あ」
「今日、ゲーセンでも行くか?」
「え? なんだよ珍しい」
信道は、分かりやすく驚いて見せ、ワックスで整えた髪の毛を触る。
「別に……。つか一年前はよく誘ってただろ」
「いや、だからだよ。もう恭二からゲーセンの誘いなんてしばらくなかったからさ」
「カラオケでも良いぞ」
「どうしたお前? 金が勿体ねぇとか言ってたじゃねぇか」
「別にどうもしてねぇよ」
信道が怪訝そうな顔で俺を見たが、すぐにまた自分のスマホに視線を戻して、
「申し訳ねぇけど今日は無理だ。ハルさんとデートだし」
「そっか」
「悪いな兄弟。また誘ってくれ」
「ああ」
まぁそうか、信道も昔みたいに当日の雰囲気で遊びに行けるなんて事ないよな。もう彼女も居るわけだし。
「つかハルさん、恭二に会いたがってるし今度3人で飯でもどうよ?」
「いや俺、そんな話す事ねぇよ」
「向こうは色々聞きたいっぽいぞ」
「まぁ一回くらいなら」
「お、ノリ良いな恭二」
10月に入り、朝はだいぶ涼しくなったがやはり昼間は暑い。まだまだ昼休みは長い為、俺は立ち上がり、あの避暑地へと向かう事にした。
「また、日付決まったら連絡するわ」
「ああ」
信道も俺と話が済むと、バイトにデートにと忙しいのか机にうつ伏せて、寝るモードにへと入った。
「暑っつ……」
教室の入り口付近では、玉井が馴染みのメンツと楽しそうに談笑している。それは文化祭前と何一つ変わらない姿だった。俺は視線を戻して、教室を出ていく。
★☆★☆★☆★
「ああ生き返る……」
やはり夏本番とは異なり、風はカラッとしていて心地良い。体育館脇の通路は相変わらず誰もいない為、十分にリラックスできる。俺は通路に座り込んで、何をするわけでもなく吹き抜ける風を浴びた。
「…………」
あれ以来、玉井とは会話らしい会話もない。別に喧嘩した訳ではないのに、互いになんだか、気を遣っている感じだ。本当はこんな時こそ俺の方から話し掛けなければならないのに、俺はそれが出来なかった。
「圭なんて……」
ぼーっとしていると、あの晩の玉井の泣き顔が脳裏にふっと湧き上がってくる。圭がいたから、玉井は自分を我慢した。玉井は何も悪くないのに俺のくだらない趣味で、あいつを傷つけてしまった。俺は一体、何をやっているのだろう。世の中にはやって良い事と悪い事がある。これは明らかにやってはいけない事なのだ。俺のふざけた行動で玉井の純粋な気持ちをもて遊んでしまったのだ。
「……」
スマホが震える。見ると、圭のアカウントの通知だった。あの晩以降もう、ろくに確認もしていない。もうどうすれば良いのか分からなくなってしまったのだ。俺の中で圭という存在が大きくなりすぎた。今まで何も考えずに扱ってきたから、こんな事になってしまったんだ。身近にいた大切な人を俺は悲しませてしまった。元々ノリで始めたものだったしもう切り上げるべきではないだろうか。
「やっぱりここにいた……」
声の方へ顔を向けると、南つばさが、腕を組んで立っていた。
「あんた、メール返しなさいよ」
「あぁ、悪いな」
俺の言葉に、南つばさは大して反応も示さず、俺の隣に座り込んでくる。その綺麗な痛みのないボブカットから、ふわっと薄荷の匂いがした。
「なんか元気無いわね」
「別に、いつもと変わんねえよ」
「ふーん」
南つばさは両手で頬杖をつきながら、
「あんたさ、最近圭ちゃんと連絡取った?」
「……」
圭の話か……。面倒だな……。
「ねぇ」
「取ってねぇよ」
「本当に?」
「……」
「最近圭ちゃん、連絡しても返事ないのよね」
「俺に言われても分かんねえよ」
南つばさは頬杖をつきつつ、ややうなだれた様子で、
「圭ちゃん、なんかあったのかしら……」
「さぁな」
「私に返事が来なかったら、後はもうあんたしか居ないじゃない」
「なんでだよ」
「あんたちょっと圭ちゃんに連絡してみてよ。心配なのよ私。今までそんな事なかったし……」
隣にいる南つばさの顔をさりげなく覗いてみると、かなり心配そうな顔をしていた。
「丁度、文化祭の後からなの……。返事が来なくなったの……」
「……」
「もう蒼井しか頼る人が居ないのよ」
「別に……。返事が来ないって事は、もうそういう事にしてしまって良いんじゃないのか」
俺の言葉に南つばさは、不意にこちらに振り向いて、
「嫌よ。圭ちゃんは私のたったひとりの友達なんだから」
「その友達の圭にもしかしたら、この先お前も傷つけられるかも知れないんだぞ」
「は? 何それいきなり」
「可能性の話だ。圭だって完璧じゃねえんだし」
すると俺の言葉に南つばさは呆れたように、
「あいにくだけど、私はまだ圭ちゃんに傷つけられた事なんてないわ」
「今後は分からないだろ」
「なにさっきから、あんたどうしたの? そんな陰気くさい奴だった?」
「そう思うなら、そうなんだろ。そもそも、圭が居なかったらお前とは話してもない関係なわけだし」
言わない方が良いかもとは思ったが、流れで勝手に言葉が出てしまった。俺は視線を逸らして、
「もう行けよ、俺から圭には連絡しといてやるから……」
南つばさは隣でため息を付いてみせ、
「なんか言い過ぎたみたいな態度してるけどあんた、そんな言葉で私が傷つくとでも思ってるの?」
「……」
「舐めすぎ、私の事。あと言った後に後悔してるのもバレバレだし」
「……」
「話してもない関係だった女子なら、そんなの気にしなければ良いじゃない」
俺は南つばさの方を見つめ返す。するとこいつは隣でクスッと微笑んで、
「悪いけど私、あんたの事を案外信頼してるのよ、これでも」
「……」
「あんたよりもずっと色んな人と関わって、嫌な経験してる私が信頼してるの」
「……」
そして、南つばさは改めて視線を俺から逸らして、呟いた。
「なるほど、あんた圭ちゃんと喧嘩したのね」




