打ち上げ!①
「どうした恭二? いかねぇの?」
「いや……」
俺は良くないとは思いつつも、玉井の方を見てしまう。くそ……どうすれば良いんだよ……。まだ全然考えなんてまとまってねぇよ……。でも、玉井もかなり覚悟決めていた感じだったよな……。もしここで、打ち上げに参加しなかったらそれはそれで不誠実な気がする……。なんせ知っちゃってんだもんなぁ……俺。あぁ……なんで知っちゃったんだろまじで……。知った上で参加しないなんてのは絶対失礼だしな……。
「おーい恭二?」
「……」
何も知らない信道が、横で鬱陶しい。もう行くしかないか……。俺の中で結論が出ていないにしろ、玉井の覚悟を受け止める必要はあるだろう。恋人どうこうの話ではなく、これは人としての話だ。玉井は玉井で今何かを抱えているはずだし、俺は一人の人間としてそれをまず受け止めるべきだと思う。なにせ嫌いではないのだから。いやむしろ玉井の事は信頼しているし、大切な存在だとも思っている。ただ、大切な存在だと思っているからこそ、どうすれば良いのかが分からないのだ。しかしそれでも、やはり行くべきだろう。
「おーい大丈夫かお前?」
「あぁ、悪い」
「行くだろ? 打ち上げ」
「ああ」
窓に映る9月終わりの夕焼けがなんだか、妙に重く感じる。俺のそんな気を他所に信道はのんきに焼き肉焼き肉ーなどと鼻歌を歌っている。
「あっれ? なあ玉井ちゃん!」
「ん? なに川島?」
信道の急な呼び掛けに玉井は俺らの方を向いた。その艶のある二つの三つ編みが西日に淡く反射する。
「会費っていくらだったっけ?」
「もお昨日言ったじゃん。食べ放題三千円!」
「ドリンクバー込み?」
「うん」
「フルーツバーは?」
「フルーツバーは無し」
「えー! ティラミス食えねえじゃん」
「会費高くなっちゃうもん」
信道が目の前で他愛もない話をしたのが効いたのか、何故か不思議と気分が軽くなった。
「ティラミスは無しだってさ、恭二」
「肉ありゃ十分だろ」
「まぁ恭二は、ドリンクバーでもウーロン茶しか飲まない奴だしな」
「美味いだろウーロン茶」
「男はやっぱ、野菜ジュースだろ!」
訳わかんねえ……相変わらず……。男はやっぱの意味が分からん。俺は適当に相槌をしつつ、スクールバックを背負い、立ち上がった。旧校舎の図書準備室に、圭のセットが置いてあるけれど、まああれは休みの日にしれっと回収しに来よう。
「準備出来たか恭二?」
「ああ」
「玉井ちゃん達ももう出るっしょ? 一緒に行かね?」
まじかよ……。信道が何気なくそんな事を切り出す。玉井は特に何も気にする様子はなく、
「うん、良いけど」
と、そう言って玉井達のグループも俺たちと合わせて教室を出ていった。
★☆★☆★☆★☆
「どっちだったっけ? 玉井ちゃん」
「あの信号を左だよ」
なんだよ信道の奴……店の場所覚えてねぇのかよ……。まぁそうはいっても実は俺も忘れている為、あまり偉そうな事は言えない。玉井の案内の下、俺たちは打ち上げの焼き肉屋まで歩いていた。
「去年のクラス会も牛丸だったじゃん、川島」
「えー? それ俺出てなくね?」
「出てたよ、蒼井君と騒いでたじゃん」
「いやー牛丸とか地元のとこしか知らねー」
信道の言葉に玉井は少し頬を膨らませて、俺の方へと振り向く。
「もうー。蒼井君は憶えてるよね?」
「ああ。まあ一応」
信道にタンはレモン汁で食べるんだよって教えたら衝撃受けてたんだよな……確か。こんな美味い食い方があったのかって……。それまで何にでもタレ付けて食ってたからな信道の奴。俺の返しに玉井は少し安心した様子で、
「じゃあ、私の代わりに川島を道案内してあげてよ」
「いや……俺も店の位置は微妙。前もこんな感じで他の奴らについて行ったから」
「えー、もう二人とも他人任せなんだから」
玉井は呆れたようにして、その大きな瞳を細めた。すると、後ろにいるクラスメイトの女子が俺に、
「そういや蒼井君、午後はどこ行ってたの?」
「いや……適当に見回ってた……」
「ふーん。なんか、2組のつばさちゃんがうちの出し物来た時、蒼井君の事探してたよ」
やっぱりあの時あいつ、俺の事探してたのか……。なんか、席立ったりキョロキョロしたりしてんなとは思ってたけど……。つーか、玉井にも今の話聞こえてたよな絶対……。俺は動揺を悟られないよう冷静に、
「あぁ、あれは別に大した用事じゃねぇよ」
「えそうなの? つばさちゃん隠れて聞いてきたし、なんか訳ありかなって思った」
「何もねぇよ」
「ふーん」
俺の淡々とした返しに、クラスメイトの女子は一旦引いてくれたようだ。不意に気になって俺は玉井の方を横目で見てしまう。玉井は前髪を整えているのみで特に反応もしていないようだった。そして、交差点についた俺達は左へと曲がる。すると玉井が俺の方を見て、
「そうだ、蒼井君にも今日の写真送るね」
「写真?」
「実行委員で撮った看板の写真!」
「ああ」
「自分の作品なのに、どうせ蒼井君の事だから何にも記録に残してないでしょ?」
「確かに」
そうか、掲げてあるのを見て満足したからか、写真なんて全然撮ってなかったな。俺の言葉に玉井ははにかんで、
「もう、相変わらず抜けてるんだから蒼井君は」
「つか、別に俺だけの作品じゃないだろ」
「え? 合作ってやつ?」
「そうだろ。普通に考えて」
「私こそ何にもしてないけどなー」
なんて並んで話していると、信道が歩きつつこちらに振り返り、
「なんか、相変わらず仲良いなお前ら」
茶々が入った。するとすかさず玉井がニヤっとして信道に、
「まぁ、川島よりかは蒼井君の方が好きだからね」
「おい聞いたか恭二!? 学級委員にあるまじき発言だぞ今の!」
「ほんと元気だなお前」
「同じクラスメイトなのに優劣付けるなんて許されるのか!?」
「学級委員だって人間だもん」
そう言って玉井はクスクスと笑う。その華奢な身体に夏の終わりの夕焼けが淡く反射していた。




