文化祭!⑤
何と返せば良いのだろう……。玉井も俺が何も言わない為か、ぎこちなく髪の毛をいじっている。高い夏空の下、背後にある本校舎の方から演奏の音が聞こえる。
「えーっと……」
俺は歯切れの悪い返事しかする事が出来ない。いや、どう答えれば良いか考えているのだ……。けれどもやはり付き合ってる事に関しては、真夏に言った事と食い違いが起こる方がまずいだろう。俺は玉井の方を改めて見て、そして。
「あの……」
「あのっ、私!」
声が重なった。違う、玉井の声にかき消されたのだ。玉井は顔を赤くして俺から視線を外しつつ、
「い……行きますっ……。実行委員の仕事もあるので……」
「はい……」
立ち去る間際、玉井は俺の顔を見る。その顔は少しだけ、心残りのあるように思えた。そして、控えめに会釈をした後、
「すみません……」
そう言って去って行った。その綺麗に結われた二つの三編みを揺らしながら。俺は切れた緊張の糸と共に、喉奥に溜まった熱い空気を大きく吐き出す。
「打ち上げ……か……」
今日の夜、学校の近くにある焼肉屋で開かれるクラスの打ち上げ。大半のクラスメイトは参加するだろう。玉井はそこで俺に告白をしてくるのだろうか……。
「…………」
俺は被った革の帽子を抑えつつ、空を仰いだ。どうすれば良いのだろう……。いや違う、俺はどうしたいのだろう……。
「おっと……」
携帯が震える。見ると、南つばさからのメッセージだった。
『圭ちゃんどこ? そっち迎え行こうか?』
俺は携帯を懐にしまい、本校舎へと急いで戻る。とりあえず一旦玉井の件は置いておこう。今はまだ文化祭の最中で、南つばさを待たせているのだ。変に考えすぎて、せっかくの文化祭を楽しんでいる南つばさに心配を掛ける訳にもいかない。今はあくまでも圭としての姿なのだ。ゆちゃんと共にこの文化祭を楽しむのが、俺の本来の目的のはずだ。それに時間が経てば俺の気持ちにも、もしかしたら整理がつくのかも知れない。
★☆★☆★☆★
「圭ちゃんどうだった? モノマネ喫茶」
「え普通に面白かったよ」
玉井との一件の後、南つばさと合流した俺は、成り行きで自クラスの出し物の鑑賞を終えた所だった。俺の反応が予想外だったのか、南つばさは少し驚いたような様子で、
「あぁ良かった。あのモノマネ、うちの名物先生ばっかりだったから伝わるかなって」
「何となくはイメージ出来たから。あーいるいるって。ゆちゃんは?」
「予想よりは面白かったかも。でもやっぱり蒼井のクラスは変わってるなって、ふふ……」
廊下を歩きつつ、南つばさはそう言って微笑んだ。良かったな、信道。お前の憧れの南つばさもそこそこ楽しんでくれたみたいだぞ。
「やっぱりゆちゃんのクラスと雰囲気違うの?」
「なんか、蒼井のクラスだけ妙な一体感があるんだよね」
「えーそうかな」
「そうかな?」
「あ、ううん。一体感があるんだ」
「うん。やっぱり学級委員の影響が大きいのかな」
南つばさは顎に手を当てて、少しだけ考えるような素振りをして見せ、
「玉井ちゃんって学級委員の子が愛されキャラで、それでまとまってるのかなって」
「へぇ、そうなんだ」
まぁ確かに、うちのクラスが他のクラスと明確に違う点と言えば、玉井の存在だろうか。他のクラスはみんな男子が学級委員をやっているが、唯一うちのクラスだけ女の玉井が学級委員をやっている。それに玉井は誰よりもクラスの事を考えており、それをクラスメイト全員も何となく感じているのだ。まぁ押し付けがましい所もあるが、そんな玉井の人柄でうちのクラスはまとまっているのかも知れない。しかし中々鋭いなこいつの考察。2組の人間のくせに。
「じゃあ、蒼井君のクラスも見たし、次はゆちゃんのクラスに行く?」
何気なく俺はそう言うと、南つばさは少し苦笑いを浮かべつつ、
「いやぁ、うちのクラスは良いかな……別に」
まぁ、こいつの事だから嫌がるとは思ったけど案の定そう言ってきた。
「せっかく来たし、ゆちゃんのクラスも見てみたいな」
「うーんほら……うちのクラスって面白くないから……。私の一強だけで成り立ってるクラスだし……」
自分で言うか普通……。けれどもまぁ、さすがに自クラスに俺を連れて行くのは、こいつとしても居心地が良くないのだろう、何となくは察しがついた。これ以上言って空気を悪くするのもアレなので俺は苦笑しつつ、
「そうなんだね、じゃあ止めとこっか」
「うん。てか、よく考えたら蒼井のやつ3組にいなかったよね?」
さりげなく、話変えてきやがったなこいつ……。しかもまた面倒な話題にしやがって……。
「あ確かに。モノマネの裏方でもしてるのかな?」
「えーあいつそんな事するタイプかな」
おい、しれっと失礼な事言ってんな……。まぁ確かに正直、そんな事するタイプではないが……。
「でも蒼井君、今回の文化祭は色々手伝ったりしたみたいだよ?」
「あー確かになんか聞いたかも。看板作成とかどうとかって」
「そうそう。だからきっと裏方の仕事でもしてるんだよ」
「蒼井のやつ、そんな学校の事も圭ちゃんと話してるんだ……」
南つばさが、少しだけ真顔になった。さすがに少し違和感があるか? 俺は慌ててフォローする。
「いや……あの、たまたまそんな話をしただけで、普段はそんな話しないんだけどね……」
「もう圭ちゃん本当、蒼井と仲良すぎ。ずるい……」
南つばさは、少し悔しそうにしてそう言った。なんかたまにあるよなこいつ……。謎に俺と張り合おうとする時……。俺は優しく見つめながら、
「えっと……ゆちゃんが一番だから安心して……?」
「圭ちゃんいっつも、さりげなく蒼井の影を匂わせるから……あいつが羨ましくて……」
「そんな……匂わせようとはしてないから……」
「だったら尚更羨ましい……」
また、男としての俺がこいつからヘイトを買ってしまったようだ。つか匂わせって仕方ねぇだろ、俺自身なんだからよ……。
「あ、南さん」
俺と南つばさはその呼び掛けの方に振り向く。
「あれ片瀬さん。お疲れ様」
甘えモードから瞬時に切り替え、愛想良く答える南つばさ。そして目の前には、呼び込み用の看板を持った真夏がいた。




