文化祭準備!④
「なんか変な事に巻き込まれないでね川島……」
「いざとなったら、恭二に相談すっから心配すんなって」
「まぁ、蒼井君なら助けてくれると思うけど……」
「いや、助けねぇよ。なんで人の恋路に口出すんだよ俺が」
玉井の天然ボケが発動した。そして、俺のツッコミなど誰も聞かずに信道が、
「よしっ! つーわけでネタはこんな感じだろ、お前ら」
信道が演者側のクラスメイトにそう言うと、すかさず玉井が、
「大丈夫川島? ちゃんとまとまった?」
「あぁ、もうバッチリよ!」
「ちょっとどういうのか見せてよ」
心配そうな玉井に信道は、にっこりと笑いながら、
「あぁ良いぜ! よしっお前らもう一回やるぞ」
★☆★☆★☆★☆
「え、ねぇシュールっ!」
「は!? いや前衛的なだけだって」
ネタをやり終わった後、開口一番に玉井はそう言った。その小さな身体で地団駄を踏んで憤慨している玉井に信道は少し困惑した様子だ。
「絶対シュールになると思ってたけど、やっぱりそうだった! もーっ!」
「いやいや、これがウケるんだってまじだから!」
「えー本当?」
信道の気概に押されているのと、やはり多少は自分の直感にも疑いを持っているのか、玉井は両手で頭を押さえて悩んでいる。
「蒼井君はどう思う?」
「いや……別に、どっちでも良い……」
「もー、ちゃんと考えてよ」
とは言われてもな……。各々、モノマネは特徴を掴んでいてこの学校の生徒なら分かるだろうし、その先生の授業中あるあるみたいなのも取り入れてあり、結構面白かったとは思う。ただ、地味で分かりづらいネタがあったのも事実だ。つか仮にネタを直すにしても、もう時間もあまりないし、玉井には妥協して貰うしかないだろう。変にいじってネタの流れがちぐはぐになる方が怖いしな。
「面白かったよな、恭二」
「まぁ、そこそこな」
「ほら、恭二はこう言ってるぜ」
「えー、なんかもう分かんなくなってきた」
玉井がこめかみを押さえてその大きい瞳をパチクリとしている。なんか不安げだし念の為、フォローしておくか。
「まぁ玉井の気持ちも分かるけど、演じるのは信道達なんだからさ」
「そうだけど……」
「変に狙いに行くのも俺ら3組っぽくないのは玉井にも分かるだろ」
「まぁ……うん」
「それに、スベっても後から見たら良い思い出になりそうじゃん」
俺の一言で玉井は途端に笑って、
「ふふ……確かにね。ずーっと一生憶えてそう」
「もちろん、ウケた方が良いんだろうけどな」
俺のフォローに玉井は納得してくれたようで、
「じゃあまぁ、ネタはこのままでいこっか」
「おっし!」
玉井の言葉に信道率いる演者側がみんな安堵した様子で喜んでいる。おそらくネタ作りで相当盛り上がったんだろう……。マジ青春してんなこいつら。すると、信道が気合の入った様子で、
「じゃあ、お前ら! あとはもう反復練習あるのみだ!! 限界まで作り込んで明日を迎えるぞーっ!」
「おーっ!!」
タフだなぁ……。やっぱり我らが3組は少し変わった奴らが多いのかも知れない……。
「あ、蒼井君呆れてる」
玉井が横でクスクスとツッコミを入れてきた。
「呆れてるんじゃなくて、引いてんだよ」
「へー、蒼井君も引くんだ」
「まぁでも、悪くないか」
「うん。文化祭だしね」
目の前のステージで信道率いる演者達が練習をしている。俺の仕事はこの飾り付けのみで明日は特にやる事もない。けれどもまぁ明日も少しくらいは裏方として手伝ってやるか。じゃないと信道になんか言われかねないからな。
★☆★☆★☆★☆
「良かった……誰もいない……」
文化祭当日の早朝。俺はいつものスクールバックとは別に、圭の姿になる為のセットを入れた旅行バックを持って、まだ静かな学校内を駆けてきた。幸い誰の目にも見られてはいない。旧校舎にある図書準備室、ここなら絶対誰も来ないはずだ。図書室自体がもう本校舎に移転されており、今はもぬけの殻であるし、ましてやその横にあるこの小部屋なら絶対に大丈夫だろう。俺は持ってきた旅行バックを置いた。
「暑っつ……」
圭としての俺は、ゆちゃんと13時半に下駄箱の所で待ち合わせとした。正門だと目立ち過ぎるからとの事だ。まぁ俺も今回は帽子に伊達メガネと顔を隠すコーデにしている。前の花火大会みたいな混乱はごめんだからな。予定としては、昼休みが明けてからここに忍び込み、30分で圭に変身し、ゆちゃんと待ち合わせをする作戦である。なので実質、恭二としては午前中のみしか文化祭に参加出来ないがまぁ仕方ないだろう。旅行バックを置いた俺はそそくさと部屋を出た。
「うわ、靴下……汚ねぇ」
誰にも見られたくなかった俺は、下駄箱に上履きを取りに行く余裕もなく、靴を脱いでそのまま上がり込んだのだが失敗した。やはりあまり清掃もされてないのだろう。せめて本校舎と建屋が繋がっていたら良かったんだけどな……。俺は簡単に足裏を払った後、靴を履いて旧校舎を出る。
「静かだな」
外へと出ると澄んだ朝日が視界に刺さった。文化祭当日と言えど、まだ朝も早い為、校内には誰もいない。なんか不思議な感じだ。俺はいつものスクールバックを担ぎ直して、下駄箱の方へと向かった。
「ん?」
正門の方に女子生徒が一人いる。何をしているのだろう、こんな朝早くに。歩きがてら俺は視線でその生徒を追うと、次第にその姿が鮮明になり、
「玉井か……」
何やってんだあいつ。まぁこんな朝早くにすれ違って無視する事も出来ないよな。俺は下駄箱から正門の方へと歩みを変えて玉井に、
「おはよ、早いな」
「わ、びっくりした」
デジカメで看板を撮っていた玉井に声を掛けると、こいつは驚いた様子でこちらを見た。
「あ、おはよ蒼井君」
「何してんだ?」
「実行委員の仕事だよ。当日の風景とか写真に撮っておかないと後で困るでしょ?」
「あぁ、そういう事か」
「ほら蒼井君。はいチーズ」
「おい」
玉井に盗撮された。玉井は撮った写真を見てクスクスと笑っている。
「蒼井君、半目になってる」
「いきなりじゃ誰でもそうだろ」
「蒼井君はなんでこんな朝早くに?」
俺はすかさず、用意しておいた言い訳を言った。
「今日は運動部の朝練もないから、混みそうだし早めに来ただけだ」
「あーなるほどね。蒼井君賢い」
「上から好きだな」
朝の少し冷えた風が、俺と玉井の間を抜けていく。玉井のスカートが少しだけ揺らいだ。その前髪を留めたヘアピンが、澄んだ朝日に輝いている。玉井は俺たちで作った看板を誇らしげに見上げて、
「今日は楽しんでね蒼井君」
「ああ」
「私も楽しむから」
「本当か?」
「え、なにそれ」
俺の問い掛けに玉井は嬉しそうにする。俺はやや小っ恥ずかしく思いつつも、
「誰かの一生の思い出も良いけど、自分の思い出も大事だからな」
「……」
「そうだろ」
「うん。ふふ……蒼井君って本当に優しいね」
玉井は嬉しそうな素振りで俺から離れたと思ったら振り返り、満面の笑みで、
「まだまだ写真撮らないといけないから、行くね私。またあとで! 蒼井君」
「おう」
玉井は背を向けて離れていく。そのゆるく結った二つの三つ編を朝の光に振るって。まだ誰もいない静かな学校の雰囲気がそうさせたのか、俺にしてはちょっとくさい台詞を言ってしまった。だが今日くらいはまぁ良いだろう。玉井にとって今日は特別な日なのだ。なんせ誰よりも待ちわびていた文化祭が、今から始まるのだから。




