文化祭準備!③
「じゃあ真鍋先輩っ、私クラスの方に戻るんで!」
「はーい。ありがとね、玉井ちゃん」
看板が掲げ終わると、玉井はそう言う。マジで暑い。真っ白な日差しで目が痛くなってきた。
「じゃあ戻ろっか蒼井君」
「おう」
俺と玉井は二人で校舎の方へと戻っていく。出店関係の出し物をやるクラスが各々、出店の看板を飾ったりと明日に向け、華やかになってきている。
「フランクフルトか、良いな」
「あー、美味しいよね。私も好き」
日差しが当たる中、玉井は額をハンカチで拭いながら、
「クラスの準備は進んでた? 蒼井君」
「まあ、ぼちぼちだろ」
「大丈夫かなぁ。喫茶店自体は心配してないけど、肝心のモノマネの方が……」
「そこは、信道達がきっちり締めてくれるだろ。昼からずっと演者側で、打ち合わせしてるし」
「ちゃんとウケるのか不安だよ」
玉井が思いの外、不安気な顔をしていて、思わず笑いそうになってしまった。なんだこいつ、しっかり笑いを取りたいのか……? たかが文化祭なんだし、別にすべっても良いだろ……。
「川島……台本見せてって言っても、そんなのないって言うんだもん……」
「今、作ってんだろ。追い込まれた時の掛け合いから最高のネタが生まれるって本人言ってたし」
「クラスの出し物なのに、なんでネタは一発勝負なんだろ……」
「ネタに関して、なんか玉井は言えるのか?」
「えー、だって色々あるじゃん。分かりやすいかとか、老若男女向けか、とか」
「…………」
玉井が真顔で俺にそんな事を言ってくる。こいつ……結構考えてんだな……。隠れお笑い好きなのか?
「先生のモノマネは良いとしても、なんか川島、シュールネタとかやりそうだし。保護者の人達も来るから、分かりやすくしないといけない事、ちゃんと分かってるのかな」
「……さ、さあ?」
めっちゃ大人だなこいつ……。プロデューサーの才能あるかもしれん。こう言っちゃなんだか信道の奴なんて、絶対身内ネタ全開でいくに決まってんだろ……。
「綾音も大丈夫かなぁ……。綾音のモノマネ面白いけど、私的には女子ウケなだけで、男子とかにはウケない気がするんだよね……」
「ま……まぁ滑るのもそれはそれで思い出だろ……」
「まぁ、そうだけど……」
さすが学級委員。クラスをまとめる立場が故に、客観性が研ぎ澄まされている。つーかこいつ……内心ネタでも書きたかったんじゃないのか……? 信道が取り合ってくれないから諦めただけで、案外そういうの好きなタイプなんかも知れん。じゃないとこんな饒舌に意見も出てこないだろうし。
「はぁ暑い……」
そんな話をしながら俺たちは下駄箱で靴を履き替え、階段を上がる。
「あ、恭二」
玉井と二人で階段を上がりきると丁度、真夏がいた。輪郭を囲む様に下ろしたサイドの髪と艶やかな黒のポニテ。他の女子と同じく、少し崩したワイシャツの襟元に、やや短くした制服のスカート。その下には、真っ直ぐと伸びた健康的な足が見えた。
「おう」
「あ、玉井ちゃん。やっほ」
「片瀬ちゃん、お疲れ様」
真夏は、隣の玉井に気付いたようで挨拶をする。玉井も嬉しそうに言葉を返した。なんだこの二人、面識あったのか。
「3組はモノマネ喫茶だっけ?」
「うん」
「3組はいつもユニークだよね」
「川島のせいでいつもこうなっちゃうの」
「って事は半分は恭二の責任か」
「は? いや俺関係ねぇだろ」
「そうそう片瀬ちゃんの言う通りかも、あはは」
「いや、しれっといじんな」
女子二人がケラケラと笑っている。
「片瀬ちゃんとこは映画だったよね?」
「そうそう、演劇部の子がいるからその子が台本書いてね」
「良いなぁ。私もそういうのが良かったな」
「でも、3組も良いじゃん。なんか3組っぽいし」
「バカにしてんだろ真夏」
「褒めてるんだって」
真夏がクスクスと笑っている。すると遠くの生徒が真夏を呼んだ。
「じゃあね、二人とも。良かったら明日4組にも来てよ」
「うん! いくね片瀬ちゃん」
真夏は背を向けて去って行き、俺たちも教室に向かう。
「可愛いなぁ、片瀬ちゃん相変わらず。スタイルも良いし」
「なんだよいきなり」
玉井が思い返すかのようにそんな事を言った。
「私、背が低めだから片瀬ちゃんみたいなの憧れちゃう」
「へぇ」
「蒼井君もスタイル良い女の子の方が良いでしょ?」
「いや別に」
「え意外」
玉井がその大きな瞳を丸くして、俺の方を見返してくる。何をそんなに驚くのか分からない。俺は言った。
「別に、好きになった奴のスタイルが良かったはあり得るけど、スタイルが良いから好きになるは無いだろ」
「お、優しいね蒼井君」
「さっきから見下してんななんか……」
そんな話をしていると、教室に着いた。少し中抜けしただけなのに、もうほぼ飾り付けは終わっている様子だった。さすがに人手が違うから、早いな。玉井も飾り付けが順調に進んでいて安心したのか、うんうんと横でうなづいている。
「おっ! 兄弟!」
「おう……ってなんだその格好」
「なにって高木先生だよ」
「……」
信道が白髪の混じったパンチパーマのカツラを被り、ぶかぶかのスーツを着ている。いやまぁ……確かにそれっぽいけど……。横にいる他の演者のクラスメイトも同様に、マネする先生達の格好をしている。
「へぇ良いじゃん川島。どこでそんな小道具持ってきたの?」
玉井が少しだけ驚いた様子で、信道の方を見ている。
「演劇部のやつから借りたのと、カツラはドンキンホーテ」
「え、自分でお金払ったの?」
「そりゃ当然っしょ! 文化祭でやるわけだし!」
「本気じゃん……」
玉井が泡食った表情を浮かべている。まぁあるよな、信道のこういう時。信道ってか男子特有の突っ走るノリが。まぁ正直、俺もここまでこいつがガチでやるとは思わなかったが……っていや待て……。
「なぁ……信道」
「おう! どうした恭二」
「どうせお前あれだろ……。彼女が見にくるんだろ」
「カァっー! やっぱりお見通しか! 敵わねぇなぁ!」
信道は半ニヤケで頭を掻きむしっている。どうせそんな事だとは思った。彼女に頑張ってるアピールをしたいのだ、こいつは。
「え! 川島彼女出来たの!?」
「あれ? 玉井ちゃん知らなかった?」
「知らないし、聞いてない! 大丈夫なのその子!? 川島騙されてない!?」
玉井が心配そうに信道に詰め寄る。いや……まぁ正義感の強い玉井からしたらクラスメイトを守るお節介なんだろうけど、その台詞だとお前に彼女が出来るわけ無いと言ってるようなもんだな……。
「まぁ……騙されてはいた……散々な」
「えっ!? 警察に連絡したの?」
「んーや。示談交渉をしたんだ、告白って言う」
「じ……示談っ!?」
「良いか玉井ちゃん……この世はな? 騙す覚悟より騙される覚悟を持った人間の方が強いんだ……。つまりそういう事よ」
いや意味分かんねえ……。マジで全然意味分からん。話の全容が全く見えてねぇし……。




