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文化祭準備!②

南つばさは心配しつつ最早、俺の手の平を握っている。待てよ……。俺は腕を掴まれる最中、こいつに絡まれる原因があるか思い返してみる。




「あぁ……メール……」




その言葉を聞いた瞬間、南つばさは一瞬だけ素の表情でニヤッとしてみせ、




「ごめんね蒼井君。なんか違和感あったら保健室行ってね」

「あぁ、もう良いって……。みんな見てるし戻れよ」




南つばさは戻っていく。あぁ……そうだ。こいつから恭二としての俺に昨日メールが来てたんだ。つか、圭として普段からめちゃめちゃコイツとやり取りしてるから、俺自身に来た連絡とか忘れちまうんだよな普通に……。馴染みの女子に手を振って颯爽と3組を出ていく南つばさを他所に俺は、あいつから昨日来ていたメールを確認する。




『明日の文化祭、圭ちゃん来るから。あんたどうする?』




そう。圭としての俺はゆちゃんこと南つばさにしつこく文化祭に誘われて、明日の文化祭に参加する事になったのだ。正直、学校で圭の格好などしたくはないのだが、南つばさがJKとしての思い出だからと引かずに、渋々参加する羽目になった。前から思っていたが、南つばさは結構、青春の思い出作りを大事にしている節がある。いや南つばさというよりも女子自体がそういう生き物なのだろうか。俺は少しうんざりしつつ、返信した。




『どうもしない』




すると秒で、



『圭ちゃんが会いたがったら?』

『会いたがらねぇよあいつは。別にいつでも会えるんだから』

『ふーん。まぁ良いわ了解』




結局何が聞きたいのかあまり意味は分からなかったが、南つばさは納得したようだ。




「良いなぁ蒼井」

「は?」



ふと、クラスメイトの男が俺に絡んでくる。




「つばさちゃんに手を握って貰ってさ」

「お前も信道みたいな事言ってんな」

「男なら憧れちゃうだろあんなのさ」

「……」




最近すっかり一緒にいる為か、俺自身があいつのカリスマ性を忘れてしまっている節がある。いや確かに異性としてもまぁ可愛いとは思うが、それでも仕方ねぇよな……。今や信道より一緒に居るかも知れねぇんだもん……。




「あっ蒼井君!」




聞き馴染みのある声。振り返ると我らが3組の学級委員たる玉井がいた。普段通りのきっちりとした制服の着こなし。ヘアピンでサイドに留めた前髪や、セミロングヘアの両サイドを太く、ゆるく結った三つ編は相変わらず似合っている。




「おお」

「蒼井君、ちょっとだけ良い?」

「え? まぁ良いけど」

「ふふふ」




玉井の楽しそうな手招きに俺は自然と付いて行ってしまう。廊下を抜けながら玉井は、




「今から実行委員の方で、正門に看板を取り付けるから」

「あぁ、俺たちで作ったやつか」

「そう! 蒼井君も見たいかなって!」




玉井がその綺麗に結われた三つ編みを振りながら、楽しそうに俺の方を向いた。正直、別に見るタイミングなんていつでも良かったのだけど、せっかくだしとこいつが気を利かせてくれたのだろう。本当に律儀な奴だな。




「塗りの剥がれとかは大丈夫だったのか?」

「ぜーんぜん! 蒼井君がやってくれたんだもん。大丈夫に決まってるじゃん」

「はは、そうかよ」




こいつの楽しそうな声色に俺の方もなんだか自然と楽しくなってくる。すると、廊下の先で俺の知らない女子と話している南つばさと目が合ってしまったが俺はすかさず視線を逸らし玉井に、




「つか、天気は良いのかよ」

「期間中はずっと晴れだよ。今晩も晴れ!」

「晴れ女だな玉井は」

「蒼井君も晴れ男だね」




そして俺たちは階段を下り、靴を履き替えて、正門へと向かった。校舎から出ると一瞬、夏の日差しで視界がやられる。玉井について行く中で少しずつ、目が慣れていくと、正門付近に何人かの生徒と用務員の人が集まっていた。生徒に関しては実行委員だろうか。




「あっ玉井ちゃん早く早くー!」

「すみません真鍋先輩!」




上級生っぽい女子生徒が手招きをする中、まさに今から看板が掲げられるようだ。俺達が到着すると、その女子生徒がさりげなく俺を見て玉井に、




「この子が言ってた、同じクラスの男子?」

「そうです。看板制作手伝ってくれた蒼井君です」




用務員の方が脚立に跨り、頭上にある仮設の鉄筋に看板を固定している中、その女子生徒が俺に、




「蒼井君。私、3年の真鍋ゆうなって言うの。文化祭の実行委員長やってる。看板制作手伝ってくれてありがとね」

「あ、いえ別に。玉井に強引にやらされただけって言うか……」

「ねぇ! ちょっと蒼井君っ! 私強引にしてないっ!」




玉井のツッコミに実行委員の人達が一斉に笑い声を上げる。クラス同様、こいつの天性の愛されキャラはここでも健在なようだ。すると真鍋先輩は笑顔で俺に、




「でも、蒼井君もわざわざ夏休みに来てくれたんだよね?」

「まぁそうっすね……」

「他の実行委員も夏休み中、自分たちのクラスメイトに手伝いを頼んだみたいだけど、誰も来てくれなかったみたいだよ?」

「それは……まぁ……その……たまたま暇だっただけっす……」




俺が視線を逸らすと、真夏先輩は苦笑して、




「私はこれで卒業だけど、来年は蒼井君も実行委員として、この文化祭を盛り上げてくれたら嬉しいな」

「玉井に任せます」

「玉井ちゃんは実行委員長だもん。右腕役が必要でしょ?」

「いや……」




俺が首を捻ると、真鍋先輩はあははと笑い声を上げた後、




「なーんて、冗談だよ。でもありがとね。文化祭の手伝いなんて、みんな面倒くさがってやってくれないから。感謝してるんだ」

「玉井にお願いされたら誰だって断りづらいですよ。本気で傷付いたような顔するんで」

「あっ! 蒼井君また私の事馬鹿にしてる!」




そんな、やり取りをしているといつの間にか、用務員さんが脚立から降りていた。セッティングが終わったようだ。そして俺たちはおもむろに、正門が真正面から見える位置へと移動して、





「うん、良い感じだね」

「さすが蒼井君!」

「いや俺塗っただけだっつの」




真鍋さんの声はどこか感慨深い様子だった。玉井が下書きし、俺が塗った文言。



『第63回正翔高校文化祭』



そして、背景にある様々な色をした無数の鳥の切り絵。玉井曰く、我らが正翔高校の翔という文字を表現したとの事だ。




「良かった……ちゃんと出来て」




横で玉井が看板を見上げながらそんな事を呟いた。いや、玉井だけじゃない。他の実行委員も皆、誇らしげな表情を浮かべている。あぁそうか……。この感覚なんだな……。俺は少し傲慢かもと思ったがなんとなく玉井に言った。




「なんか、わかった気がする。玉井が頑張るの」

「え本当に?」

「ああ。前に玉井が言ってた誰か知らない人の思い出になったらっての……? なんとなくだけど」




俺の言葉に玉井はにっこりとその正義感の溢れた目を緩ませ、




「でしょ? 私は蒼井君の人生を豊かにしてあげたんだから」

「そうだな」




残暑の残る夏の日差しに勇ましく、切り絵の鳥達が輝いている。この夏空へと一つ一つ飛び出していくかのように。同じく見上げている玉井の目にはどう見えているのだろうか。俺には分からない。けれども俺よりも更に、何倍も綺麗な光景を見ている事だけはなんとなく想像できた。

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