文化祭準備!①
「おい、起きろって姉貴」
「う……ん?」
「風邪ひくぞ」
真夏と別れたあと俺は、人目を盗んで駅のそばにある男女兼用の公衆トイレに入り、そこでメイクと女装の格好を解いたのだ。服も昨晩軽井沢に行った時の、寝巻きであるtシャツと短パンがバックの中に入っているので、それに着替えて先ほど帰宅した。バックを見られたくなかった為そっと帰宅した所、姉貴はすでにリビングのテーブルで眠りに落ちていた。ほっと胸を撫で下ろした俺は、風呂に入ったり自分の荷物を片付けたりと、諸々を終わらせた後、こうして姉貴を起こす事としたのだ。
「んー……恭二?」
「風呂入れよ。沸いてるから」
「んー面倒くさい……」
「いや入れって」
俺は姉貴の肩を揺する。すると姉貴を渋々身体を起こして伸びをした。
「んー! もううるさいなぁ……」
「水飲むか?」
「うん」
俺は水道水をコップに汲み姉貴に渡した。
「ぷは……命の水……」
「飲み過ぎなんだよ」
「恭二が、彼女とのデートをドタキャンするからでしょ」
髪の乱れた姉貴がジト目で俺を見上げる。すると不満そうな様子で姉貴は更に続けて、
「ったく……なに付き合いのカラオケって……。先輩だか店長だか知らないけど、そんな社会人みたいな言い訳して……」
「仕方ねぇだろ」
「圭ちゃん、寂しそうにしてたから頑張ってフォローしたんだから」
「あぁ、悪かったな」
姉貴は更に水を仰ぎつつ、
「でも、もし私が今日帰って来てなかったら、あのまま圭ちゃんを家で待たせてたんでしょ?」
「いや、そんな事しねえよ」
「一人でカラオケ楽しんで、夜は圭ちゃん楽しんで……って良い身分ね恭二」
「帰らせるって言ってんだろ」
「実の弟だけど、やり口が結婚詐欺師みたいで嫌だわ。女を不幸にするタイプ」
姉貴が俺を軽蔑するような目で見ている。つか結婚詐欺師ってなんだよ……。いまいちピンとこねぇ……。
「つか姉貴も、帰って来る時は連絡よこしてくれよ」
「今後はそうする。こういう事になるから」
「あぁ」
すると、姉貴は軽蔑するような目を向け続けながら不意に、
「でも……なんで恭二があの圭ちゃんと……」
「有名になる前からお互い知ってたんだよ」
「ふーん」
姉貴は天井を見上げて、どこか考えている様子をした後、
「ねぇ恭二……? まだビールあるし一緒に飲む? 聞かせてよ」
「飲まねぇよ! 犯罪だろ」
「ちぇ」
姉貴は少し残念そうな様子で、椅子から立ち上がり、おぼつかない足取りで風呂場の方へと向かって行った。
★☆★☆★☆★☆
「飾り付けって入り口だけで良くね」
「えー中も少しはやろうよー」
三連休も終わった9月下旬の晴れ間。いよいよ明日に迫った文化祭を前に、今日の午後は文化祭準備との事で授業ではなくフリーな時間となった。文化祭前日ともあればさすがに学校全体が浮ついた雰囲気になっている。うちのクラスも例に漏れず、授業じゃない事がみんな嬉しいのかクラスメイトが一致団結して、出し物の準備に取り掛かっている。
「先生のポスター貼りまくるか」
「あ、良いかもそれ。分かりやすいし」
「蒼井もこれ貼ってくれよ」
「ああ」
クラスメイトに言われた通り、俺も色んな先生のポスターを適当な所にペタペタと貼っていく。ちなみにうちのクラスの出し物は、モノマネ喫茶だ。モノマネっていっても一般の人が分かるネタではなく、この学校の先生のモノマネであり、一般参加者はまじで意味が分からないものになるだろう。まぁその分、生徒には受けるだろうがよく担任もOKを出したものである。もちろん、発案者は決まってる。信道だ。自分が十八番である数学の先生のモノマネをやりたいからねじ込んだに決まってる。ただ、他のクラスメイトも案外そういうネタを持っていたようで、これに決定した。
「つか蒼井はなんかモノマネ出来んの?」
「いや……ない。普通ないだろ……」
同じく飾り付けを担当しているクラスメイトの男子が俺にそんな事を聞いてきたので、俺は冷めた目で見た。するとクラスメイトは少し苦笑して、
「そっか。いや、チーム信道なら何かあんのかなと思って」
「チーム信道?」
「ずっと一緒にいんじゃん? 信道と蒼井」
「……」
いつのまにかユニット名が組まれていた。俺の知らぬ間にクラスメイトから……。
「信道が高木先生のモノマネやってっから、蒼井もそういうの好きなのかなって」
「あれは完全に信道の趣味だわ。つか今はある程度形になってるけど、最初は大して似てもねぇのに見さされてキツかったっつーの……」
俺が呆れつつそう言うと、クラスメイトは途端に吹き出す。
「はははっ! なんかお前らっていっつも訳わかんねー事してるよなっ!」
「俺じゃなくて信道だっての……」
マジで尋常じゃないくらいずっと同じモノマネばっかやってたからな……。似てないって言っても、めげないし……。
「蒼井君、こっちもポスター貼ってー」
「あぁ」
クラスの女子に言われるがままに、俺はポスターを貼っていく。
「やっほ加奈子!」
「あっつばさ」
最近すっかり聴き馴染んでしまったその声。俺は不意にその方向を見てしまった。ゆるふわなボブカットに大きくやや強気な目元、スッとした鼻筋に陶器の様な白い肌。それに着崩した制服のシャツとスカート。案の定、南つばさだった為、俺は絡まれないよう視線を逸らした。
「見たよ、しおり。3組はモノマネ喫茶やるんだって?」
「そうなの。なんか男子と綾音が盛り上がって」
「え、良いじゃん全然。3組っぽくて」
「私はちょっと恥ずかしいんだけどね」
南つばさがうちのクラスメイトと話している。ちなみにこいつが来た瞬間、クラスの男子が俺は出来る奴だと言わんばかり、キビキビと動き出したのは秘密だ。つか、何しに来たんだよ……。なんの用事もねぇくせによ……。
「あっ……」
手が滑ってしまい、俺は画鋲を落としてしまった。
「あ、良いよ拾うから!」
南つばさの声が聞こえる。うわ、面倒くせぇ……。俺は渋々振り返り、
「はい、蒼井君!」
「ありがと……」
よく見るこいつのよそ向きな笑顔。嘘で塗り固められたこの笑みを見て、俺は少し恐ろしく思いつつ、画鋲を受け取る。
「痛っ!」
「あぁっ! ごめんね!」
瞬間、針が刺さった。いや違うこいつが刺したのだ。
「ごめんね蒼井君」
「いや、良いよ。チクッきただけ」
「本当に? ちょっと見せて」
やってんなこいつ……。南つばさがわざとらしく俺の手の平を握り込んで、確認してくる。執拗なまでに俺の手をにぎにぎして周りに見せつけるかのように。
「いや……良いって。離せよ」
「赤くなってる……ごめんね蒼井君」
周囲の男子が羨ましそうに、あるいは唇を噛み殺しながら、俺の事を見ている。
「血は出てないけど、念のため一緒に保健室行く?」
「行かねえよ……」




