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姉貴!③

「なんだよー恭二の奴、バイト先の先輩とカラオケってさー」

「蒼井君も……断れなかったと思うんで……」

「恭二は誘われたら断れない性格してるからねー」




時刻は午後7時を回った所だった。もう外も日が落ちて暗くなっている。あの後結局、姉貴と真夏と三人で女子会みたいな感じでずっとこうして夜まで喋っていた。勿論、恭二としての顔も出せるはずなく、本当の俺についてはバイト先の人と急遽カラオケになったと嘘をついて、場を濁したのだ。




「でも圭ちゃん良い子だなー。可愛いし」

「あはは……咲さんも面白いです……」

「恭二のエピソードならまだまだあるからね!」

「圭ちゃん、時間は大丈夫?」




真夏が気を遣ってか、お開きの言葉を投げてくれた。俺はすぐに乗っかり、




「そうだね……そろそろ……帰ろうかな……」

「うん。私ももう帰るしじゃあお開きだね」

「うん」



真夏がそう言うと、もう割りとベロベロになっている姉貴が、




「えー、恭二とお風呂入ってた頃の面白エピソードとかまだ話してないのにー」

「それは……蒼井君が可哀想なんで……」

「あーなんか前に聞いたかもそれ」




なんだよその話……。俺知らねぇぞ……。真夏も知ってる時点でなんか嫌だし……。




「お姉ちゃん、いつ京都に帰るの?」




真夏が立ち上がりながら、そんな事を聞く。



「んー、三日後かな」

「そうなんだ、短いね」

「忙しいのよ、社会人は!」

「私も京都行きたいなー」

「いつでもおいでよ。同棲しても良いよ? 真夏なら」




真夏は少し伸びをしつつ苦笑しながら、




「お姉ちゃん、家事やらなそうだしお断りしておく」

「まぁ家事はしないかなー」

「ほら」




そして真夏はこっちを見た為、俺も立ち上がり、




「咲さん……今日は……ありがとうございました」

「うん! またいっぱいお喋りしようねー!」



姉貴も見送ってくれるようで、ふらついた足で立ち上がった。




「圭ちゃん、忘れ物」

「え?」




目の前で真夏が指を差して何かを示している。振り返り確認すると、俺の旅行バッグを指し示していた。あーそっかこれ、はたから見れば圭の物なんだよなそういえば……。面倒くせぇ……。普通に家に持って帰ってきただけなのによ……。




「あ……うん、ありがとう」




俺はバッグを担いで、二人と共に玄関へと向かう。




「じゃあね、お姉ちゃん。また連絡して」

「おう! 真夏もちゃんと勉強しなよ」

「お姉ちゃんよりはしてるし」

「あはは! 圭ちゃんもまたね! 恭二と仲良くしてあげて!」

「は、はい……」




満面の笑みでのお見送りを受けた俺と真夏は、扉を開けて外へと出た。成り行きで俺は真夏と共に夜道を並んで歩いていく。




「ごめんね圭ちゃん、色々気を遣わせちゃって」

「ううん全然……。真夏ちゃんと三人で女子会できて楽しかった」

「お姉ちゃんデリカシーないからさー、ああいう下品な事言いがちなんだよね」




真夏が苦笑いして俺を見る。その凛とした切れ長な瞳と痛みのないポニテは夜の空にも映えている。




「あのくらいなら大丈夫だよ。気を遣ってくれてありがと、真夏ちゃん」

「それとなく、お姉ちゃんには注意しておくから」

「多分……言っても無駄……」

「え?」




やべ……。口が滑った……。俺はすぐに笑顔で、




「い……いや、言っても無駄だ……って蒼井君なら言いそうだなぁって……」

「あ、そう言う事ね」




俺たちは線路沿いに出て、街灯の下歩いていく。俺の背よりかは低いものの、比較的背の高い真夏の影が足元に伸びている。つかやっぱり、東京の夜はジメジメするな……。担いだバッグで肩が蒸れる。昨晩の軽井沢とは大違いだ。




「圭ちゃんもこっち? ってごめん……家は秘密だったね」

「うん……コンビニ寄ってから……帰ろうかなって……」

「そうなんだ」




風が吹くと、真夏のポニテがなびかれシャンプーなのか良い匂いがした。女の中では少し低い真夏の声。それが優しく落ち着いており、どこか心地良く感じた。




「そういえば圭ちゃん、恭二と付き合ったんだね」

「えと……」

「ちょっとびっくり」

「うん……」




横目で真夏の方を見ると、真夏は変わらぬ様子でスマホを眺めている。ただ、聞いてくるって事はやっぱり引っかかってたんだな真夏……。まぁそりゃそうか……。俺も真夏に彼氏が出来たってなれば気になるしな……。そして俺たちは並んで線路沿いを歩き、





「圭ちゃんは……恭二の事、好き?」

「う……うん」

「そっか」




真夏はスマホをいじりながら何気なく、




「私も恭二の事が好き」

「え……」




正面切って言われるとは思わなかったセリフに俺は少し反応してしまう。





「でもそっか、付き合ったんだもんね」

「……」

「嘘じゃないもんね」




真夏は淡々とした様子で、独り言とも取れるような声色で俺に話しかける。あれは嘘だったとでも言った方が良いのだろうか。いやそれでも、真夏の中に一度生まれた疑念は払拭されないだろう。真夏にはもう二度も家に入ってる事を知られている。さすがにただの友達だとするには度を超えている。何せ相手は誰よりも距離の近い幼馴染である真夏だ。俺の性格も分かっている事だろう。言葉尻だけで否定するのは簡単だが、ここで変に小細工するのも真夏を困らせるだけな気がした。




「あ、ごめんね。別に怒ってないから」

「うん……」

「でも、私がもし恭二に告白したら?」

「えっと……」

「私の事許せない?」

「ううん……真夏ちゃんは好き」




真夏が俺の顔を見る。何か変な事を言ってしまったのだろうか。するといきなり、クスッと笑って、




「だよね。圭ちゃんは私の事を嫌いになれないだろうなって思った」



何を伝えようとしてるのだろう。真夏はそのまま続けて、




「だって私も今、圭ちゃんの事嫌いになれないもん」

「そう……なんだ……」

「ふふ……圭ちゃんってこないだ会ったばかりなのに、なんかずっと……昔から一緒だったように感じる」

「……」




街灯の灯りに真夏のシュシュが照らされる。二人の靴音が周囲に響き渡る。昔から一緒か……。まぁ確かにずっと一緒と言われれば、そうなのかも知れない。隠しようのない幼馴染の絆みたいな物がこの姿でも出ているのだろうか。




「私さ……圭ちゃんの考えてる事が分かるんだ」

「うん……」

「圭ちゃんは私の事が大好きで、私も圭ちゃんの事が大好き……」



その瞬間。真夏は一歩俺の前に出たと思ったら目の前に立ちはだかり、その凛とした切れ長な瞳で俺を見て、




「ねぇ? だからそういう事で良い?」

「え、そういう事って……?」




真夏は腕を後ろに組んで俺の瞳を覗き込む。




「どっちが勝っても恨みっこなしって事」

「えと……蒼井君?」

「うん。私が我慢するのを圭ちゃんも望んでないから」




その凛とした瞳には一切の迷いは無かった。その目に覗き込まれた俺は自然と、



「それは……うん。確かに……」

「だって私も恭二の事好きだもん。圭ちゃんのその気持ちと同じくらいに」

「そっか……」

「それに、恭二だってまだーー」



と、そう言い掛けると真夏は微笑み、そして俺から離れると、そのまま別れ道を進んでいき、




「良かった。これだけは……はっきりさせられて」




と、微かにそう聞こえた。続けて、立ち止まる俺に真夏は控えめに手を振り、




「じゃあね圭ちゃん。今日はありがと」

「うん。またね真夏ちゃん」




踵を返し真夏は先に歩き出す。そんなあいつの背中を俺は少しだけ見送る。




「圭なんて……いねぇんだよ……。真夏……」

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