バイト!①
「圭ちゃん、ごめんねー」
「ううん……全然大丈夫だよ」
次の日の夜、俺は南つばさと共にバイト先にいた。月の締め業務が間に合わないようで、急遽バイトの要請を受けたのだ。定時も過ぎている為、事務の恵理子さんや営業の楓さんもいないと思ったら普通にいて少し驚いてしまった。また、オフィスを見渡しても社長の姿は見当たらない。取引先との接待だろうか。ちなみに今日の俺の服装は、千鳥柄のタイトな上下セットアップに少し厚底の黒い短靴と少し大人っぽくしてみた。まぁ髪の毛は耳の下で結んだツインテールといつも通りではあるが。ツインテで出来るヘアアレンジでもまた今度調べてみるか。
「ママも人使いが荒いよね。ちゃんと言っておくから」
「ううん。本当に気にしてないし、ママさんに悪いよ」
「本当ごめんねー」
南つばさが申し訳無さそうにする。ちなみに南つばさの方は、Tシャツにスカートとかなりラフな格好である。まぁこいつにとってはここも家みたいなもんだし特段、着飾る所でもないのだろう。
「あっ、圭ちゃん! ちょっと久しぶりじゃない!?」
「お疲れ様です。楓さん」
机に座って準備に取り掛かっていた所、楓さんが俺の方へと近づいてくる。夜なのにスーツもよれてなくメイクも一切崩れていない。南つばさとは異なるボブヘアも相変わらず似合っており可愛い。
「もぉ……全然タイミングが合わないんだもん……。寂しかった」
「ちょっと……楓さん……近いです……」
「あぁ……可愛い圭ちゃん……仕事のストレスが吹き飛ぶー」
楓さんが椅子に座る俺を背中越しに抱きしめてくる。そして俺のうなじの辺りに顔を埋める。恥ずい……。つかこの人普通に可愛いから変な気分になる……。俺の異変を感じ取ったのか、隣にいる南つばさが慌てて、
「ちょっと楓さん! 圭ちゃん嫌がってるから! 離れて下さい!」
「良いじゃんちょっとくらいー! 女の子同士なんだしー。今日中に5件も見積りの積算をまとめなきゃいけなくて滅入ってるんだからさー」
「駄目です。離れて下さい!」
南つばさが強引に俺と楓さんを引き離す。正直、ずっと抱き締められてても良いくらいの気持ちではあったのだが……。いやマジで可愛いだもん楓さん。
「じゃあ、俺も甘えて良いかな。圭ちゃん」
「あ……三上さん……。お疲れ様です……。久しぶりですね……」
コーヒーを片手に現れた三上さん。いつも通りピシッとしたスーツ姿のイケメンだ。こちらも夜なのに髪型が全く崩れておらず、美意識の高さを感じる。相変わらずネクタイもキラキラした奴を着けてるし。
「久しぶり。あれ? てか圭ちゃんカラコン変えた?」
「え、あ……はい。そうですけど……」
うわ……。すげぇなこの人……。イケてる奴は女の子の些細な変化に気付くって言うけど、マジでそれを地でやってる奴がいるとは……。つかカラコンまでいくとさすがに少し気持ち悪いが……。
「可愛いね」
「あ……ありがとうございます……」
俺は苦笑いを浮かべつつ返事をした。すると隣にいる南つばさが案の定。
「はい、三上さんセクハラ。ママに言お」
「ちょい待ち、つばさちゃん。それはつばさちゃんが思ってる以上に大事になるから」
「それくらいの事やってますから」
「違うよ。俺との関係性なら圭ちゃんは不快に感じてないから、ね?」
三上さんは俺にはにかんでくる。まぁ別にこういう性格をしているだけで、本当に他意はないのだろう。それは男同士だからこそ、何となく分かった。俺は南つばさに、
「うん……。つばさ、全然大丈夫だよ。三上さん優しいし面白いし」
「もお……圭ちゃん相変わらず男子に優しいなー」
「俺たち仲良いよね。圭ちゃん」
「はい。あはは……」
「だめだよ圭ちゃん。三上さん本気にするから」
南つばさが俺に注意をしてくる。髪を触ってる辺り、本気で言っているようだ。
「三上さん上手だから少しでも隙を見せたら、圭ちゃんいつの間にか家に連れ込まれちゃうよ」
「いやいや、そんな事しないし。あとつばさちゃん、その発言は圭ちゃんへのリスペクトもないから」
「あ、いや……ごめんね圭ちゃん……。圭ちゃんがっていうか三上さんがチャラ過ぎって話だからこれ……」
悪いと思ったのか、南つばさが俺へと素直に謝ってくる。
「あはは……大丈夫つばさ。ちゃんと分かってるって」
なんか疲れるな……。つか、仕事させてくれよ。
「すみません……。今日、入って貰っちゃって……」
「あ、いえいえ……全然。予定もなかったので……」
もう片方の隣にいる恵理子さんが、申し訳無さそうに俺に呟いてくる。相変わらず大人しく、お堅く着こなした事務服がらしさ全開である。
「学校終わりで疲れてると思うので……これ」
「え、ありがとうございます……」
エナジードリンクを貰った。恵理子さんエナジードリンク飲むんだな……。周りでエナジードリンク飲む人種を、俺は信道以外に知らなかった為、意外であった。
「エナジードリンクですね」
「飲むとシャキッと……します」
「恵理子さん……エナジードリンク好きなんですか?」
「毎日……朝晩必ず飲みます」
おいおい大丈夫かよ……。意外にジャンキーだな恵理子さん……。いやまぁ……学校始まって、月初の業務を殆どお任せしちゃってたから俺も悪いんだけどさ……。そうして人知れずストレスと闘ってたのかこの人……。俺はどこか居た堪れない気持ちになりつつ、
「凄いですね……それ……」
「毎日朝晩はやめた方が良いですよ恵理子さん」
南つばさも話を聞いていたのか、恵理子さんに真顔で釘を刺した。
「やっぱり、そうですよね……」
「休肝日を設けた方が良いと思います」
「そうします……」
肝臓、関係あるのか? まぁない事はないか。南つばさの心配に恵理子さんは少しだけシュンとなっていた。




