真夏の家!①
「荷物ありがとね」
「いえいえ」
俺ん家から5分くらいの所にある真夏の家。真夏ん家は一軒家である。昔はよく泊まりに行っていたが、今はもうご飯を呼ばれる時のみ、こうしてたまに来るだけになった。南つばさの家に比べればかなり控えめで小さな家ではあるが、それでも小綺麗で可愛い家だ。
「リビング、クーラー効いてるから」
「ありがとうございます」
俺は真夏の母親について行き、リビングへと入る。俺ん家のリビングと似た、ダイニングキッチン付きのリビングだ。
「私はもうこのまま、夜ご飯の準備しちゃうけど、恭ちゃん少し休んでても良いわよ」
「いえ、手伝いますよ」
真夏はまだ部活だろうか。玄関にもそれらしい靴はなかった。俺はシンクで手を洗い、
「野菜切ります」
「さすがね、恭ちゃん」
「いつもやってますから」
「そこの引き出しにピーラーと包丁があるから。まな板はそれ使って。私も冷蔵庫に食材入れたら手伝うからね」
「はい」
真夏の母親は楽しそうにして、冷蔵庫に食材を入れている。俺は一通り調理道具を準備して、野菜を洗い、切っていく。
「そういえば、咲ちゃんは?」
「姉貴は京都で働いてます」
「頑張ってるのかしらね」
「どうなんですかね。毎晩酒でも飲んでんじゃないですか」
「ふふ、良いじゃないそれも」
俺はテンポ良く、ジャガイモを切っていく。
「ほら真夏、一人っ子だから小さい頃はお姉ちゃん代わりに、咲ちゃん咲ちゃんってずっと言ってたの恭ちゃん覚えてる?」
「いや、知らないっす……」
「咲ちゃんと同じのが良いーって、よくわがまま言ってたんだから」
「へぇ」
なんか今の真夏からは考えられないな。でも思い返すと確かに真夏は、菜月よりは姉貴の方と仲が良かった気がする。まぁ姉貴は俺らと5つも違うから色々と大人に見えたのだろう。
「あと、恭二のお嫁さんになるーってのもね」
「そんな事言ってましたっけ」
「言ってたわよ。その度にうちの旦那が傷ついてたんだから」
「全然記憶にないっす」
そんな、コテコテな事言ってたんかあいつ。小さい頃は結構、素直な性格してたんだな……あいつも。
「あら、恭ちゃん。本当手際良いわね」
「切るだけなんで」
一通り用意された野菜を切り終えると、真夏の母親はにっこりと笑いながら、
「うちの子も結構手際良いんだけど、それ以上じゃない?」
「真夏の方が出来るんじゃないですか?」
「ううん、恭ちゃんの方が上手。本当に毎日自炊してるのね」
「しないと父親に何言われるか分からないんで」
「ふふ」
楽しそうにしながら、真夏の母親は棚から鍋を取り出して、火にかける。
「じゃあ恭ちゃんは野菜炒めてて」
「分かりました」
★☆★☆★☆★☆
「どう? 出来た?」
「はい」
結局成り行きでカレーに関しては、ほぼほぼ俺が作ってしまった。その間、真夏の母親は横でカツを揚げていたのだ。そして俺の返事に真夏の母親はカレーの味見をして、
「美味しいわね」
「良かったです」
「なんか、隠し味入れた?」
「チキンブイヨンを少し入れました」
「あぁ、なるほどね」
ママさんは納得した様子でうなづく。隣のコンロで揚げているカツの方も、もうそろそろ良い頃合いだろう。
「ただいまー」
玄関から真夏の声が聞こえた。やっとお帰りか。つか部活をやってる奴らは本当にすげぇよな……。
「あ、カレーの匂いって……恭二じゃん」
「お……おう、お疲れ」
涼しげで凛とした切れ長な瞳に真っ直ぐとした鼻筋。制服姿の真夏が少し驚いた様子で俺を見る。部活終わりで少し髪が汗ばんではいるが、綺麗な黒髪のポニテはいつも通りだ。しかし、実際にこうして真夏を見るとやはり少しは意識をしてしまう。
「恭ちゃん。さっき偶然会ってね、久しぶりだし一緒にご飯食べようって誘ったのよ」
「そうだったんだ」
「悪いな、いきなり」
「ううん全然。てか恭二今日、信道君と帰り一緒じゃなかった?」
「あぁよく見てんな」
「カラオケ?」
「ゲーセン」
俺の言葉に真夏は苦笑して、
「相変わらず好きだねー」
「俺はそうでもねぇよ。イベント期間中だからって信道がさ」
「ちょっと前まで、恭二もゲーセン三昧だったじゃん」
「今はもう飽きたよ」
行ってたのは俺が女装を知る前な……。確かにハマってはいたけど……。
「あんまり散財しちゃだめだよ恭二。ただでさえ最近お金使い過ぎてるんだから」
「な……」
なんでそんな事知ってんだよ真夏のやつ……。
「なっちゃんがお兄は最近、ブランド品ばっかり買って調子に乗ってるって言ってたから」
「…………」
菜月の野郎……。ブランド品って言っても、こないだの生配信でのスパチャでデパコスを一つ買っただけで、後は基本的にバイト代でやりくりしてるっつーの……。
「バイト代の範囲で細々とやってるだけだから心配すんなよ」
「まぁ恭二の事だから、そんな心配はしてないけどさ」
「…………」
俺は無心でカレーをかき混ぜる。
「なに? 恭ちゃん? 真夏と喧嘩でもした?」
真夏の母親がいきなり俺に、何の気もないボディブローを打ってきた。真夏も少し驚いた様子だ。俺は平静に、
「いや、全然」
「ふーんそう。真夏が帰ってきたら途端に恭ちゃんよそよそしくなるもんだから」
「ふ……普通っす」
変な勘違いをされない様に落ち着いて返したつもりだが、分からない。真夏の母親にはとても言えないが、こっちにも意識してしまうような事があったんだよ……。絶対に言えないけど……。つか、相変わらず飄々とした真夏の態度も不思議だしよ……。
「そう」
「はい」
「ほら、カツも出来たし。二人ともご飯の準備して」
真夏の母親の掛け声で俺はとろ火でかき混ぜていたカレーの火を止める。
「お母さん、私着替えてくる。すぐ戻ってくるから」
そう言って真夏はリビングを出ていく。俺は棚から人数分の器を取り出して、ご飯を盛り出来立てのカレーを入れていく。そして最後に目玉であるトンカツが真夏の母親の手でカレーの上に盛り付けられた。うん、悪くない。カレーから真っ直ぐに立ち上がる湯気と匂いが食欲を掻き立ててくる。




