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始業式!⑥

南つばさは俺にトロンと座った視線を向けていた。




「扇いで、暑いから」

「は嫌だよ」




南つばさは座った目のまま俺をにらみつける。つか、言ってもチョコレート数個でこんな風になるか……? こいつ多分めっちゃ酒弱いんだろうな……。




「扇ぎなさいよ」

「嫌だって言ってる」




顔の赤くなった南つばさは小さく舌打ちをして、




「あんた本当言う事聞かないわね」

「お前の周りにいる男と一緒にするな」

「……それは……してないわよ」

「……」




予想した反応と異なっており、返そうとした言葉が見当たらなかった。南つばさはとろんとした瞳のまま、



「なに、あんた帰るの」

「帰るって言ってんだろ」

「ちょっと待ってよ」

「なんだよ……」




南つばさは、手ぐしで髪の毛を整えつつ、




「あんた、圭ちゃんと本当に付き合ってないの?」

「付き合ってねぇよ……」

「ほんとに?」

「あぁ、気になるなら圭の奴にでも聞けばいいだろ」

「そんなの……聞かないわよ」




南つばさは真っ赤な顔を少しだけ俯かせた。




「あんたさ……圭ちゃんとどうなりたいの……?」

「質問の意味が分からん。何回も言ってるだろ圭はただの友達だって」

「じゃあ、圭ちゃんから告白されたら……?」

「……」




断るに決まってんだろ、との言葉が脳裏にすらっと浮かんでいるのに、俺の口はなぜか回らなかった。目の前にいるこいつの視線がやけに強張っていたからだ。圭から俺に告白などありえない。そう文字通りありえないのに、そんな些末な事を言うだけなのになぜこんなにも勇気がいるのだろう。いや、冷静になれ。悩んでも意味はない。俺は言った。




「断るに決まってんだろ」

「そう……」

「何が聞きたいんだよお前」

「ううん……。あんたのその気持ち、すごく分かるって思っただけ」

「……」

「分かるわ。好きじゃない人に思いを伝えられても迷惑よね」

「好きじゃないって事はねぇよ……」

「でも、その告白を断ったら、圭ちゃんはもうあんたと友達も続けられないわ」

「……」

「辛すぎるじゃない……そんなの自分が……」




南つばさのその神妙な表情に、真っ赤な頬だけが浮いている。圭の話をしたいのか、分からない。圭の事を心配しているのだろうか。




「だけど……あんたの気持ちも分かるわ……痛いほど……」

「安心しろよ……。圭と俺はお前の心配してる通りにはならねぇよ。ずっと友達のままだ。間違いなく」




南つばさは座った目のまま俺を鋭く見つめる。そして、小さな声で。




「そう……」




綺麗に切りそろえられたボブカットを触りながら、南つばさはそう言った。話も終わりか、俺はそっと立ち上がる。




「じゃあ帰るぞ俺」

「ねぇ蒼井……安心して……。私はあんたのその気持ち……分かるから」

「はぁ? なんでお前にそんな事言われなくちゃならねぇんだよ」

「あんたよりも人生経験が豊富だから」

「あーはいはい」




そして、俺は部屋の扉に手を掛ける。




「蒼井ーー」

「なんだよ」

「私は友達?」



その真っ赤な顔で試すような笑みを浮かべながら、そんな事を南つばさは呟いた。俺はやや呆れながら、



「お前が俺の事友達だって思ってねぇだろそもそも」

「ふふ……。思ってるわよちゃんと。学校で唯一の友達だって」

「嘘くせえ、お前ーー」



すぐに言葉は遮られて、



「ほらまたね、蒼井。今日はありがと」




ニッコリと南つばさは笑いながら、俺に手を振る。なんだか少しだけ小っ恥ずかしくなっていた俺は、それ以上何も言うわけでもなくそのままこいつの部屋を出る事にした。





★☆★☆★☆★☆★





「まじかよ……何もねぇじゃん……」




始業式の翌日。まだ体が夏休みモードから抜けきらない中、なんとか一日の授業を乗り切り且つ、信道とのゲーセンをも終え帰宅した俺は、冷蔵庫の中の状況を見て絶望する。




「仕方ねぇ……買い物行くか……」




着替えるのも面倒だし、制服のままで良いだろう。俺はポケットにある財布と鍵を確認して玄関へと向かう。




「菜月の奴……食べるだけ食べて帰りやがって……」




冷凍食品などの買い溜めもあったはずなのだが、全て綺麗に無くなっていた。俺が食べていないという事から、犯人は自動的に一人しかいない事になる。確かにあいつ、寝る寸前にも冷凍の炒飯とかたい焼きとか食ってたもんな……。そんな事を思いつつ、玄関に着いた俺は靴を履いて外へと出た。




「暑っつ……。あいつ……次は絶対、買い物手伝わせてやる」




9月に入り、少しは日が短くなってきてはいるものの、まだまだ日差しは夏のそれだ。沈み掛けた夕日に目が眩む。




「混んでるよな……」




夕方のピークは過ぎているものの、駅前のスーパーはおそらくかなり混雑しているに違いない。考えただけで少し憂鬱になる中、俺は駅までの道を歩いていく。




「……」




道中、瞬く間に額から汗が噴き出してくると、ついつい最寄りのコンビニで良いかなんて気持ちに駆られてくる。しかし、父親から与えられたクレカを使う都合上、コンビニは間違いなく父から文句を言われる。なんで自炊してないんだとか、そんなんじゃ一人暮らしした時に大変だぞとか。想像しただけでその面倒くささが上回る為、しぶしぶ通り過ぎて行く他ない。





「あら、恭ちゃん」




前方から声が聞こえた。ふと、呼ばれた名前に俺は声の方を向く。黒いTシャツとジーンズ。見るとそこには買い物袋を引き下げた真夏の母親がいた。自然とお互いに立ち止まり、




「久しぶりです」

「なんか少し見ないうちに背伸びたわね」

「そんなに変わってないですよ」

「遊びに行くの?」

「スーパーです」



真夏の母親は少し楽しそうに、



「あ、そうなの? 丁度良かった。久しぶりに家で食べてきなさい」

「え、良いんですか?」

「うん。今日はカツカレーにして、どのみち恭ちゃんにお裾分けしようと思ってたから」




本当なのか、優しさなのか分からないが、この暑さでスーパーまで行く怠さもあるし、見知った真夏の母親でもあるし、素直にその言葉に甘えてしまおうと思った。





「じゃあ、すいません。お言葉に甘えて」

「その代わり、作るのは手伝ってね」

「勿論です」

「ふふ」




真夏と同じく、ポニーテールの髪型が似合うママさんは、両手に持っていたビニール袋の片方を俺に渡してくる。そして俺は踵を返して、真夏の家の方向へと一緒に歩いて行く。




「なっちゃんは寮生活順調なの?」

「どうなんですかね……。楽しそうにはしてますけど」

「楽しそうなら良いじゃない」

「けど、家では相変わらず家事なんて一切しないっすよ」




真夏の母親は俺の冷めた返しに笑った。



「仕方ないわよ。あの子、昔から恭ちゃん大好きだから」

「好きなら、家事やって欲しいっす」

「甘えてるのよ」




俺の態度に真夏の母親は微笑ましそうにする。

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