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番外編:川島信道の夏休み⑦

「せっかく送別会用のシャンパン買ったのによ。お前シャンパン飲むか?」

「いやいや、高校生すから」




大輔は項垂れつつ歩いていく。頭上には、真っ黒な夜空が広がっている。湿気まじりの夏の夜風に信道は少しだけ涼しく感じた。




「お前、明日どうすんの?」

「明日ってなんすか?」

「お台場の花火大会。行くのか?」

「いや、相手いないっすから」

「つまんねぇな信道ー」

「大輔さん行くんすか?」

「いや、相手がいねぇ」

「一緒じゃないすか」

「はっはは」




スマホをいじりながら、大輔は笑う。前方には駅が見えてきた。



「来年こそはお互い花火大会だな」

「いやー、自分はもっと良い男になってからっす」

「もう十分良い男だろ」

「何にも出ないすよ」

「はは! じゃあな信道。お疲れさん」

「うっすお疲れ様っす」




信道は大輔と別れ、駅の改札へと向かう。そして、懐から乗車券を取り出し改札機へとかざす。頭上の電光掲示板を見ると、次の電車は6分後だった。信道はホームに設置された自販機からコーラを買って、一気に仰いだ。これは信道のバイト終わりの日課である。




「あぁっ……。疲れたなマジで」




喉奥を抜ける炭酸の心地良さに自然と肩の力が抜けていくのを感じる。ホームを見渡しても辺りは閑散としている。




「もう、夏も終わりだな」




後悔のない夏休みにはなったもののやはり少しだけ心残りを感じてしまう。ただ単に8月の終わりがそうさせているのか、それとも純粋に寂しく思っているのか、信道には分からなかった。




「ハルさん……。何してんのかなぁ」




と、そう呟いた後、なんだか自分をダサく感じて、繕うように微笑んだ。




「はは……きっしょ俺……」




まだ、電車が来るまで時間はある。信道は暇つぶしにスマホを取り出して、




「え?」




ホーム画面には、メッセージが一つ。その発信者の名前に信道は息が詰まる。



「ハルさん……」



信道は慌ててメッセージを確認する。



『信道君、明日空いてる?』




急な連絡に信道は少し返答に迷った。しかし、あの日ハルに言った言葉を思い出し、変に駆け引きなんてせずに、




『空いてます』

『良かったら、一緒に花火大会行かない?』




★☆★☆★☆★☆




薄らと空の彼方に夕日の陰が見える中、信道は、駅の出口でハルの姿を待っていた。駅には沢山の浴衣姿の女性が行き来している。




「ドタキャン……はないよな……さすがに」



自分でも心底都合の良い男だと思う。あの日あの場所で、自分の渡したプレゼントを投げ返されて、何故またもこう易々と会おうとしてしまうのか。恭二にバレたらそんな女やめろと怒られてしまいそうだなと思いながら、信道はハルの姿を待っていた。




「……」




信道には今日、心に決めていた事があった。それはたとえどんな結末であっても堂々とする事だ。昨晩ひたすらに考えて辿り着いた、結論だった。信道には最早なんの選択肢も有りはしない。ボールの全てはハルが握っている。どれだけぞんざいな扱いを受けようとハルが好きとの気持ちに信道は一切の変化はなかった。それだけが最大の強みであり弱みであった。それだからあとは運命に任せるのみだと腹を括る事にしたのだ。




「まさかの延長戦か……。恭二……どうするよ俺……」




駅の出入口にはせわしなく、浴衣姿のカップルが行き交う。信道は淡々とその彼らを見つめていた。すると、視線の先に見知った人影が見えた。




「信道くん」

「久しぶりっす」




約束の時間。浴衣姿のハルが信道の面前に現れた。白と紫の花柄デザインは華奢なハルの体型と雰囲気にマッチしている。浴衣に合うよう上げた髪は、以前のデートと同じくポーニーテールにしている。お互いにややぎこちない表情をしつつ、




「ごめんね。急に誘っちゃって」

「全然大丈夫っす。ハルさんと遊びに行けるなんて最高っすから」

「あはは」




互いの表情は少し硬く、気まずさも拭えないが、それでも和やかな雰囲気も流れてはいた。そしてお互い会場である公園の方へ沢山の人波に合わせて歩き出す。日は暮れてはいるもののやはりまだ暑い。信道はTシャツの袖で汗を拭う。




「もう日が沈むのも随分早くなったよね」

「そうっすねぇ。もう8月も終わりっすからね」

「ね。あっという間だった」

「自分はなんか長かったっす」

「え、良いじゃん」





何気ない会話の中、不意にハルが微笑む。ハルが微笑んだからか信道も不意にハルの方へと振り向く。そして信道は、ああいつものハルさんだと感じる。俺の好きな俺の知っているハルさんだと。



「良いんすかね。長く感じるって」

「夏休みなんだから長いほうが得だよ」

「確かにそうっすね」

「でも良いなぁ夏休み。私も夏休みほしい」

「ハルさんも高校生の時、夏休みあったじゃないっすか」

「そんなの忘れたよ。今、もう一回ほしい」

「それは無理じゃないっすか」

「無理か、ふふ……」




そんな他愛もない話をしつつ、人波に沿って進んでいくと会場の砂浜へと出る。花火を待ち侘びる大勢が一気に視界に入り込んでくる。会場を見渡すと信道は出店がある事に気がついた。



「お、ハルさん出店がありますよ」

「へー、意外にちゃんとしてるんだね」

「なんか食べたい物あります? 出しますよ」

「ふふ……じゃあ唐揚げ」

「良いっすね。唐揚げ」

「じゃあ待っててください。すぐ行ってくるんで」

「待ってーー」



行こうとした信道の手がハルから急に掴まれる。華奢なハルのポニーテールが揺れる。ハルの手が、少しだけ冷たいと信道は感じた。



「私も行く。はぐれちゃいそうだし」

「う……うっす」

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