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俺と私とゆちゃん②

そう、この薄荷の香り……これは南つばさの匂いだ。俺は少しうんざりしつつも顔を上げる。



「なんで、いきなり呼び捨てなんだよ」

「あんたに惚れられない為の対策よ」

「はぁ? なんだそりゃ、てかなんか性格も変わってるし」

「それも、あんたに惚れられない為の対策よ」



程よく着崩した制服のシャツにスカート。ゆるふわなボブカットに大きくやや強気な目元、スッとした鼻筋に陶器の様な白い肌。その人目を引く豊かな胸元の膨らみ。そう、目の前にいるのは確かに南つばさだ。南つばさは、意地の悪そうな笑みを浮かべて俺を見下ろしている。俺はいきなりの状況にやや困りつつも見つめ返して言った。



「えらい自信の持ちようだな、俺がお前に惚れる前提とか。お互い初対面もいいとこだろ、失礼とは思わないのか」

「まぁ確かに……それは悪かったわ。ただこっちも事情があるの、万が一にでもあんたに惚れられたら私が困るから」

「安心しろ。そんな事を思ってる傲慢な女、俺は好きにならない」



俺の言葉に、南つばさはクスッと笑った。その大きく気の強そうな目元がほんのりと優しさに染まる。艶めいたゆるふわなボブカットが風になびく。



「そう、なら安心したわ」

「喋り方も性格も直ってねえぞ」

「こっちの方が多分素に近いのよ、楽なんだから良いじゃない」

「お前の素はなんなんだよ」

「そんなの私にだってちゃんと分からないわ……」



涼しい夏風が間を吹き抜ける中、南つばさは目線を逸らし、少し恥ずかしそうにする。そして俺はなんとなく想像が付いてるが、話を聞く為に言った。



「で、俺に何の用だよ。学校のマドンナこと南つばささん」

「あんたさ、この子の事知ってる?」



南つばさはスマホの画面を見せてくる。そこには案の定、オフ会の時に撮った南つばさ(ゆちゃん)と俺(圭)のプリクラの画像が映し出されていた。




「あぁ、知ってる」

「じゃあ名前は?」

「圭」

「本当だったのね……」




南つばさは感慨深い様子で耽っている。まぁ本当もなにも無いけどな……なにせ両方とも俺なんだから。



「あんた、圭ちゃんのなに?」

「お前こそ圭のなんなんだよ」

「私は……友達……」

「俺も一緒だ」

「あんた、彼女いたわよね、4組の片瀬さん」

「なんだよそれ、真夏はただの幼馴染だ」

「ふーん」

「疑ってるなら本人にでも聞いたら良いだろ」




こうなるとは思っていたが、尋問されてるみたいで疲れるなまじで。



「私が直接聞けたら苦労しないわよ」

「なんでだよ」

「私とあんたが何の面識もないのにいきなり片瀬さんにそんな事聞いたら色々勘繰られちゃうでしょ、少しは私の影響力考えなさいよ」

「人伝いに聞けば良いだろ」

「だから、私が急にあんたの話を出す事自体がおかしいわけ、勘悪いわねあんた」



南つばさは呆れたような視線で見下ろす。


「まぁ良いわ……それは追い追い判断してくとして」

「まだあんのかよ……もう良いだろ」

「ひとつ忠告させてもらおうと思って」



南つばさは冷徹な視線で俺を捕らえる。



「あんた、圭ちゃんの事弄んだら私が許さないから。それだけは覚えておきなさい」

「はぁ?」

「ほら圭ちゃん優しいから、場の雰囲気に流されてあんたみたいなのに食い物にされちゃうかも知れないじゃない」

「いや圭はそんな軽い女じゃねえよ、お前あいつの事をなんか勘違いしてね」

「な……」



善意だとは分かったが俺は圭の事を、つまり自分の事を軽く見られたような気がして少し腹が立った。俺の言葉に南つばさは分かりやすく困惑する。こいつ圭の事となるとすぐに動揺するな。教室で周りに人がいる時とは大違いだ。俺は更に続けて、



「言っておくが、それが善意だと思ってんなら大間違いだぞ、お前は圭を見下してる」

「…………」

「あと、俺の事も。まぁ俺の事は別に良いけどさ……」

「…………」



少し赤面しつつも、南つばさは俺の言葉を黙って聞く。その柔らかいボブカットが風に揺らぐ。



「本当に圭ちゃんと仲良いのね……」

「ただの女友達だっての」



仲良いもなにも、俺自身だからな……。そして何を考えているのか、南つばさは俺の事をじっと見つめ続けている。



「あんた、結構変わった男ね」

「お前は案の定、性格の悪い女だな」




俺の言葉に南つばさはふっといやな笑みを浮かべてみせた。この嫌味な顔を、俺はなんだかクラスの連中に見せてやりたくなった。学校のマドンナ南つばさはこんな人間なんだと。だけど、そうしたところで結局こいつの魔性のカリスマに打ち消されるだけなんだろうな……。



「性格に良いも悪いもないわ。そんなの全て受け手の都合よ」

「なんでお前みたいなのがモテてるか不思議に思えてきた」

「決まってるじゃないそんなの。可愛いから」

「あーはいはい」

「圭ちゃんくらいかしら、私と同じくらい可愛いのは」


南つばさは、手櫛で髪を持ち上げるように整えつつ呟く。また夜もこいつと絡まなければいけないかと考えると少しうんざりしてきた俺は、


「ほら、もう話は終わったろ。早く帰れよ」

「…………」

「聞いてんのか?」

「あんた、昼休みはここにいるの?」

「何でも良いだろ」

「ふーん、まぁ良いわ。今日のところは」



そう言って、南つばさは踵を返し、校舎の方へと戻って行った。足音がだいぶ遠くなった後、風に乗ってあの薄荷のような残り香が俺の鼻腔をくすぐった。

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