俺と私とゆちゃん①
週明け。強烈な夏の日差しに通学するだけで汗が吹き出してくる。今日も暑いなマジで、本当にうんざりする。俺はネクタイを緩めワイシャツの襟元を引っ張って蒸れた熱気を抜く。そして下駄箱で上履きに履き替えていた所、後ろから声を掛けられた。
「おぅ! 恭二! おはよう!」
「おっす、信道 おはよう」
俺達は揃ってクラスへと歩いていく。
「そういや恭二、そろそろだったよな期末テストの順位発表」
「そうだっけか、全然興味ねぇから分からん」
「強者の余裕だなぁ恭二は」
「80位前後で強者になるんなら、1桁台の奴らはどうなんだよ」
「んー、賢者とか?」
期末テストの結果か、点数から順位を予想するに今回も80位前後だろうか。
「お前はどうなんだよ、信道」
「今回も赤点はないからな、170位ってところか」
「テスト期間中にバイト入らなければ絶対もっと上行けるのにな」
「いやいや恭二、俺レベルになるとバイト入れなくても勉強しないから、分かってねぇなぁ」
「なら、いっそ赤点取っちまえよ」
「赤点取ったら親にバイト禁止って言われてんだよ」
毎度思うが信道には謎の要領の良さがある。おそらく地頭がかなり良いタイプなのだろう。中学の頃は一切勉強しなくてもずっと平均以上だったと自慢してたし。反して俺はテスト期間中はそこそこ頑張って、そこそこの結果と毎回こんな感じである。
「うぃーすみんな! おはよう!」
クラスに入ると同時に信道が大きな声でみんなに挨拶する。はは……朝から元気だよなこいつマジで。壁の時計を見ると、まだ朝のホームルームまでには時間がある。
「おはよ、川島君。相変わらず3組はみんな仲良しだね」
「おーっすって……えぇ! つばさちゃんじゃないっすかっ! 朝から3組にどうしたんすかっ!?」
…………。
何故か、南つばさがうちのクラスにいる。ゆるふわなボブカットに着崩したワイシャツと短くしたスカートに真っ白な足。オフ会の時に見たワンピースと異なる学校での制服姿。なんだろう、うちのクラスの女子達と仲睦まじく喋っていたのか。
「1限目の教科書忘れちゃってさ、加奈子に貸してもらいに来たんだ」
「なんだっそうだったんすね! 自分全教科置き勉してるんで、つばさちゃんならいつでも貸しますよ!!」
「あはは! 面白いね川島君」
「つばさちゃん! 俺の事はどうぞ信道って呼んでください! 信じる道を突き進む! 俺の座右の銘っす!」
嘘つけ……。そんな事今まで一回も言った事ねぇだろ……。しかし、さすがは南つばさ。周りを見渡すと学校のマドンナだけあって、男女問わずクラスメイトが朝から浮ついた感じになっている。すげぇカリスマ性だなこりゃ。なんて事を思っていた矢先、ふと南つばさが俺の方を向いた。嫌な視線だった。まるで俺を見定めてやるかのようなそんな。そして南つばさは案の定、俺に話を振ってきた。
「ふふ面白いね、3組は。信道君はいっつもこんな感じなの? 蒼井君」
「あぁ……女子と絡む時はいつもこう。こいつ女好きだから」
「えー、それはやだなー」
南つばさが不安げな視線を信道に向ける。うわ……慣れてんなこの女。
「ちょちょっ! おい恭二! 違うっす! つばさちゃん! 名前の通り俺は硬派っすから!」
「蒼井君の言葉の方が信じれるなー」
「おい恭二! どうすんだこの感じ!」
「俺は本当の事を言ったまでだ」
俺の言葉に、信道はこの世の終わりみたいな表情をして落胆する。どんだけ傷ついてんだよ……。そんな信道をよそに南つばさは、
「でも、そういう蒼井君も実は遊んでたりして?」
「そうっすつばさちゃん! こいつちょっと前からつぶやき君で可愛い子達と連絡取り合ってんすよ! こいつこそ女好きです!」
「…………」
安直だった……。信道の奴だからどうせ見てないとだろうと気にせず、あっち(圭ちゃん)のアカウントでフォロワーに返事を打ってたら、いつの間にかこいつ変に勘違いしてやがったのか……。
「え、そうなの蒼井君……?」
「ちげぇよ、ただ連絡取ってるだけだ。つーか信道、俺の女っ気のなさならお前が一番分かってるだろ」
「いや、兄弟。最近のお前は怪しい。土曜日も俺とモンキルやってくれなかったし。お前は何かを隠してる」
「隠してねぇよ、なんにも」
「私は信道君の言葉の方が信じれるなー、ほらほらどうするの蒼井君」
信道の奴、さっきから意外に鋭いな……。南つばさが試すような視線でこちらを見ている。くそ。
「本当に何にもねえって……。これ以上掘っても大して面白いオチもねぇぞ信道、分かるだろ」
「まぁ、確かに」
信道は俺から取り出せるものがないと察したのか再度、南つばさに絡みに行く。俺はその隙に乗じて、自分の席へと付いた。着席後もう一度、信道達の方を見た所、すぐに南つばさと目が合ってしまった為、俺は慌てて視線を外し、スマホに逃げ込んだ。あー朝から面倒くせマジで。
★☆★☆★☆
昼休み。購買で買ったパンを頬張りつつ席でスマホを見ていると、つぶやき君の通知が来て確認した所、それはゆちゃんからだった。
『ねぇ、今夜また圭ちゃんち行っても良い?』
早速か……。まぁ、前回ああ言ってしまった手前断れないよな……。俺が良いよと返事をすると速攻で、
『嬉しいʕ•ᴥ•ʔ』
と返事が来た。となると今夜も女装か。若干億劫にも思えるが、相手は大事な友達のゆちゃんでもある。決して誘いを無碍には出来ない。カラコンまた買っとかないと、今後は消費量が増えそうだから。
「暑っつ……」
しかし、今日は特に教室に風が通らないな……。うだるような熱気が教室内に満ちている。こうなったら仕方ない……あそこで涼むとするか。俺がおもむろに立ち上がると、
「どうした? 恭二」
「ちょいと涼んでくるわ」
「んー」
信道もこの暑さにぐったり気味なのか、興味なさげに腕を振るのみだった。クラスメイトの横を通り過ぎ、教室のとば口を抜けようとした所、
「わっ、蒼井君」
入ろうとしてきた南つばさにぶつかりそうになった。マジかよ……。今しがた連絡を取り合ったやつと対面するのが妙に小っ恥ずかしくて俺は、
「悪りぃ」
と、それだけ言い残して、廊下を抜けていく。そして目指すのは、体育館脇の通路だ。あそこは年中日陰でかつ風の通りが抜群に良いし、誰も来ない。しかもそばにはウォータークーラーも備え付けられているオアシスだ。1年の時は教室からも近かった為、夏はよく利用していたが2年からは
階段を下るのが億劫になり、足が遠のいていたが最早そう言ってられる場合じゃない。俺は勢いよく階段を下り、渡り廊下を抜けて体育館脇の通路のへりに腰を降ろした。
「やっぱり全然違うなぁ、ここは」
爽やかな夏風が頬をさらう。額の汗を冷やしてくれる。辺りには誰もいない。日陰の為だろうか、しんとした空気が周囲に降りている。やはり最高の環境だ。
「んんんっー!」
俺は大きく伸びをして適当にスマホを眺める。次はどんな画像をつぶやき君に載せようか考える。先日、ゆちゃんと町を歩いた限り感覚的にだが自分の容姿が現実でも案外イケそうだと感じた。となると、正直もっとコスメや洋服類を充実させたくなる気持ちに駆られる。今まで基本、ネットでプチプラばっかり買い漁ってきたが、デパコスとかはどうなのだろうか、いや予算的に厳しいか。そもそもJKにデパコスとかは早いのだろうか。今度、ゆちゃんにでも聞いてみるか。
「…………」
足音が聞こえる。別に後ろめたい事などないのだけれども何故だか俺は息を殺す。乗ってくる風の中に微かに薄荷のような匂いを感じる。俺はこの香りをどこかで嗅いだ事があった。記憶を遡り思い出したその瞬間、
「いたわね、蒼井」
目の前には、一人の女が腕を組んで佇んでいた。あぁ……そうだ、この薄荷の香り、これは南つばさの匂いだった。
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