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南つばさとタコパ③

「私と、してみる?」




…………。

何いってんだこいつ。南つばさは髪の毛をいじり続けたままだ。




「いや、いきなりなんだよ……」

「抱きたいでしょ私のこと」

「茶化すんなら、そこまでにしとけ」

「ねぇ」




南つばさは何気なく立ち上がり、俺の隣に来たと思ったら、そのまま床のカーペットに押し倒される。目の前には南つばさの顔が映る。




「私と、してみる?」

「……」



南つばさが顔を近づけてくる。薄荷のような匂いが鼻を抜ける。その透き通る大きな瞳を俺を捉え、痛みのない艶髪が頬に当たる。そのふくよかな胸が俺の体に触れる。南つばさは無表情で俺の唇を見ている。ああ、そうだ。前にもこんな事があった……。



「おい……」

「ほら……静かにして……」



身体がぐっと重なると、南つばさはいつかの時に見たそんな目のまま両手で俺の頬を掴む。


「…………」

「…………」

「……見下してんなお前」

「やっぱり……効かないか」

「マジむかつく……。帰るわ」



南つばさが俺から体を離した為、俺は起き上がる。




「ちょちょ! 冗談よ! さすがに悪かったわ」

「本当お前……まじで……」




南つばさの瞳がまた生き返り、そして乱れた髪の毛を整えつつ笑いながら、




「試したくなっちゃったのよ」

「バカにしやがって……」

「あはは、流れに乗ってきたら、私との縁も切れたのにもったいなかったわね」

「普通に嫌いになりそうだわお前のこと」

「たこ焼き、冷めちゃうわよ」

「お前のせいだろ」





南つばさはテーブルの対面に戻り、何も無かったかのように鉄板のそれを掴む。




「お前、最初からこれが狙いだったんだろ」

「えぇ、あんたならどうするかってね」

「性格悪ぃ……まじで……」

「残念だったわね。私と友達を継続する事になって」

「もう二度と、遊ばねぇお前とは」

「そんな事できると思ってるの? 私の連絡を無視したりすればどうなるかもう知ってるでしょ?」

「……くそっ」





その吐かれる言葉は凶悪だが、南つばさは心底楽しそうにケラケラと笑っている。いや、それがなおさらムカつくのだが。このままで終わるのも癪だったため、俺は言う。




「圭にこの事言いつけてやる」

「ちょっと! それはだめ! 圭ちゃんは関係ないじゃない」

「人を試すような事をして、罰がないなんておかしな話だろ」

「だから悪かったわよ! もうしないから! する必要もないし!」

「絶対だな?」

「うん、絶対」

「ったく」




南つばさは安心したのか、たこ焼きを口に含み、




「んっ〜美味しい!」

「恐ろしいなお前まじで……」

「でもあんた、私にあんな風にされてよく理性が保てたわね。大したもんだわ」

「…………」




いや……圭の格好してる時に、経験してるなんて言えねぇよな……。最初は確かに頭がぼーっとしたが……っていやもう止めよう。俺は疲れて、窓の方へ視線を向けた。窓の外はのんきな様子で夏の日差しが燦々と輝いている。




「男が全員そんな奴だと思うな」

「ふーん。でも堪えてるのは分かったわよ」

「うるせぇ」

「でも、堪えてくれた」

「……」

「あの時、何を考えてたの?」

「教えねぇ」




そう言って俺がたこ焼きを口に含むと、南つばさはテーブルに頬杖を付きながら少し悔しそうにして、




「ねぇちょっと、教えてよ」

「お前が俺をなめてるから無理」

「ちょっと、それはさっきまでよ。良いじゃない」

「別になんにも考えてねぇよ」

「考えてたじゃない」



少し冷めてしまったたこ焼きをやや残念に思いながら俺は言った。




「強いて言えばこいつ演技下手だなぁ……って」

「な……」

「もう少し演技が上手かったら、興ざめしなかったのにな」

「あれかしら……。もっと胸を強く押し当てたほうが良かったか……」

「はい……またなめた」

「ああっ! 今のは冗談よ!」

「なんでこんな奴が学校のマドンナなんだよ……」

「ふふ……」




南つばさは楽しそうに笑いながら、たこ焼きを頬張る。気がつくと半分以上はこいつが食べ尽くしていた。





「ねぇ、蒼井」

「あ?」

「私の事……好きにならないでね。私はあんたとこういう関係を維持していきたいの」

「なんだそれ……」

「ねぇ……お願いね……」

「本当、上からだなお前……」

「ふふ」



南つばさは何故か満足したように視線をそらした。そして、




「あんた、コーラかジンジャエールどっちが良い?」

「ジンジャエール」

「わかってるわね。やっぱ、たこ焼きにはジンジャエールよね」



そう言って、南つばさは立ち上がりキッチンへと歩いていった。




★☆★☆★☆★☆★☆




お盆も過ぎて夏休みも後半に差し掛かる中、俺は圭の格好で浴衣を着て、駅で電車を待っている。白を基調とした、ベタな花柄の浴衣はオークションで買った物ではあるが、案外質が良かった。おそらく売りに出した人も一度くらいしか着ていないのだろう。セットの下駄も、出展者がもう要らないのか、様々な種類の物をサービスとして送ってくれた。




「人多いな……」




俺はスマホのインカメで化粧が崩れていない事を確認して、かつ髪型も乱れていない事を見る。せっかくの浴衣という事で今日は髪の毛を上げてうなじと襟足が見えるまとめ髪のヘアスタイルだ。見よう見まねでやってみたまとめ髪のヘアアレンジだが案外上手く出来た。サイドに入れたゴールドのピンが涼しげで可愛い。




『1号車の一番後ろにいる!』

『はーい!』



ゆちゃんこと南つばさから、集合車両の連絡がきた。今日はゆちゃんと以前から約束していた、お台場の花火大会だ。ちなみに菜月にも一緒に浴衣で参加しようと言われたものの、南つばさと先に約束していた為、断った。日中から家で準備をしていた菜月に話を聞いたところ、菜月は今日、真夏と一緒にお台場で遊んでから二人で花火大会に参加するようだ。ホームの端へと歩いて行くと、かつかつとした下駄の小気味良い音が聞こえる。南つばさは恵比寿で先に電車に乗り、俺が大井町で合流する算段だ。




「靴擦れしそうだな……」




本当に女のおしゃれってのは大変な事が事が多い。人混みを避けながら、ホームの端まで行くと、電車がやってくる。電車が止まり車両の中を見ると、南つばさがいた。そして俺はやや人の多い電車へと乗り込む。




「おはよ圭ちゃん」

「おはよゆちゃん、浴衣可愛いね」

「えへへ、ありがと。圭ちゃんも可愛いよ」

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